防衛線 7
外の様子を確認してきた精鋭からウォーカーが山を登り始めたという報告があり、一般兵たちは不安げな声があちこちから聞こえる。
災害種のそばにはまだ従属する大きめの生体兵器がかなりの数いるらしい。
そして話を聞く限り今まで相手をしていたのは二人が頭を吹き飛ばした百足以外、生体兵器としてカウントされない幼体ばかりだという。
「まだ戦いは続くのか、もう勘弁してくれよ……」
「今のうちに少しでも身を休めておかないと」
無傷や大したことのないかすり傷など戦える人間は一回目の戦闘が終わった時点で、全体の約2割ほどとなっており残った動ける人間もけが人などの看病などでさらに人手がとられていた。
この状況で戦闘があれば、けが人たちは皆殺しにあうだろう。
しかし現状逃げる先はない、シェルターに戻っても結局はそこになだれ込むことになるし戦闘地域の外へ逃げて鉄蛇から降りても、そこから先の移動手段となる車などはなく生体兵器がうようよいる中を歩いてほかのシェルターまで逃げなければならない。
「やれやれ、私まで戦うことになるとは……扱いは知っているが一度たりとも撃ったことなんかないんだがね」
今までどこかで身を隠していたであろう眼鏡の男は、エクエリの動作確認をするとため息をついた。
「あんた今までどこにいたんだよ」
「年上に対しての言葉遣いがなっていないね。私はここに来ることが決まったのが急だったから自分の分のエクエリはもらっていないのだよ、だから戦力にはならなかった。今持っているこれは、誰かの使っていたものを借りただけに過ぎない。それにこんなことになるだなんてのも思ってもみなかったがね」
戦闘不能となった一般兵のエクエリが余っているし、それから回収されたバッテリーも残った彼らには余るほどある。
一人でも戦力がほしい今非戦闘員もエクエリを持たされ戦わされようとしていた。
鉄蛇の屋根を見てきた精鋭の隊長が返ってくると無事な一般兵を集め始めた。
当然隅のほうで座っていたギンセツ達にも声をかけられる。
「俺はミイラみたいになってるのに、ギンセツなんでお前は無傷なんだよ!」
「ジガクあっちに集合だって、置いていきますよ」
肩や腕などの怪我は数センチ単位の切り傷がいくつもあったが、どれも浅く見た目ほどではないようで治療後上半身のほとんどに包帯を巻かれたジガクはギンセツを追いかける。
集まった一般兵を精鋭はざっと見まわす。
「これで全部か……少ないな、まぁいいや」
集まってきた一般兵を見ながらそういうことをつぶやくと、全員に聞こえるように声を張り彼女は説明を始めた。
「私は精鋭鈴蘭隊のケンジョウ・シロヒメ。これから、私たちは最後尾車両まで移動する。当初は壁として鉄蛇は役目を果たす予定だったが、災害種はその車両を投げ飛ばす力を持っているということでシェルターの……あれ、ねぇ、あの塔なんだっけ?」
そっと鈴蘭隊の彼女部下がシロヒメに耳打ちする。
「……うんうん、あ、そうそう、散布塔めがけ投げ飛ばされると塔の破壊、霧が消えてしまう恐れがあるため私の命令で鉄蛇には撤退してもらった。一般兵諸君らは地面に降りて戦ってもらうことになる」
当然そんなことできるかと不満から抗議の声が出始めるが、怪我人を餌に戦う手もあるがそういうのは私が好きじゃないし、ここにいる無事な戦力を減らすのはもったいないと、背筋の凍るような酷く暗く冷たい声で言うと彼女を取り囲む彼女よりも年上の一般兵たちが黙り込む。
「騒ぐなよ、時間がないんだあきらめろよ。どのみちここで最後まで戦うのはシェルターからの指示だから、鉄蛇を返しただけの私に言うのは間違ってるんだけど……まぁ、ここにいるあなたたちの死は確定したようなものだし覚悟を決めてついてこい」
それだけ言うと最後尾まで行くためのルートと一般兵の部隊再編制の指示を部下に任せその場から離れると、彼女は拾った炭酸飲料を飲もうとして水浸しになっていた。
再編成が終わると機嫌の悪いシロヒメを先頭に移動を開始した。
これから死ぬと言われ嬉しそうにする人間はいない、一般兵たちは不安と恐怖の入り混じった顔でエクエリを構え最後尾の車両へと向かう。
途中隠れていた生体兵器を鈴蘭隊は緊張感も真剣さもなく排除すると、彼女たちのあとに続く一般兵たちに希望の光が見え始める。
自分たちが涙や汗を流し怪我をし命懸けで戦う相手をこれだけ簡単に蹴散らすのだ、彼女らとともに行動すれば生きて帰られるのかもしれないと。
その希望はすぐに砕かれることになるが。
精鋭が持つ小型の携帯端末で隊員の一人が誰かと会話していたかと思うとすぐに隊長に耳打ちする、彼女の舌打ちはギンセツ達にも聞こえていた。
はじめは無視していたが部下に再度催促されシロヒメは仕方なく携帯端末を手に取り連絡を受ける。
「あ? ああ、それで? なんで、いや、しってるけど? そっちのことなんか知らない、そっちで何とかして! 五月蠅いなぁ、わかったわかった、そっち行けばいいんでしょ!」
周囲にも聞こえるような声で会話すると彼女は乱暴に通信を切り鈴蘭隊の仲間を集める。
何やらもめているようでそこへギンセツが近づいていく。
「どうかしたんですか」
「ああ、さっきの無事だった二人のお前か……これから私たちは別の鉄蛇の助けに行くことになった。A・八岐大蛇だ、鉄蛇に関しちゃお前たちのほうが詳しいんじゃないの」
他に集まってきて同じことを聞かれても面倒だとギンセツの質問にシロヒメは周囲にも聞こえるように答えた。
「別の、ここはどうするですか?」
「放っておけとのことだ。なんでもこの下で戦ってた新型が同じように生体兵器に取りつかれ戦闘してたけど、その戦いでレールが変形し脱線してまったく動けないって。新型は最新設備が多いと自慢し壊されるとイメージが悪くなるから率先して守れってさ。ふざけた指示だ、それでここを抜かれてシェルターにいかれたら終わりだってのに」
「ここだって戦闘中で、あなたたちがここから離れるのは……」
「仕方ないだろう、私たちがシェルターにいる時は命令はシェルターが出す。それに従わないと王都に呼び出しを受けて精鋭を除隊、死ぬまで何もかも手に入る苦痛も喜びもない怠惰な暮らしをさせられる羽目になるぞ。くそっ……これだからシェルターは嫌いなんだ。……んじゃこっちは頑張ってね」
その後すぐにバッテリーを入れ替え荷物を持ち支度を整えて鈴蘭隊は近場の出口から飛び降りていった。
暗くなった外で白い制服はみるみる小さくなっていく。
「……行っちまったぞ? え、俺ら……どうすんの!?」
「そうですね……精鋭がいなくなってしまいました……けど……」
キョトンとするギンセツその後ろから罵声が飛ぶ。
「ふざけんなよ、いい加減だろ!」
「精鋭が逃げたぞ! 人でなし」
「俺らを見殺しにするのか!」
「所詮はシェルター不適合者だな!」
ジガクが怒鳴ろうとほかの一般兵が罵倒しようと坂を下りる彼女たちは振り返ることはなかった。