防衛線 6
霧が徐々に薄まって視界がよくなってきたので二人は掃除用具入れから顔を出し外の様子をうかがう。
目も前にあるのは味方同士で殺しあったような折り重なった死に方をした生体兵器の死骸と丸まって死んでいる頭のない百足。
「生体兵器が消えた? 霧で逃げ出したのか」
「だとしたら今のうちにあっちと集団と合流しないと」
人にとって多少の痛みを感じる程度の霧でも、生体兵器には死ぬほどに強烈で霧から逃れようとして味方やら壁やらをわけもわからず力任せに引きはがそうとした後。
人体に影響が出ない程度に薄められた程度の霧でも生体兵器はシェルターに近寄れないのだ、濃度が濃くなればそれだけ効果が強くなる。
霧が生体兵器にもたらす影響を全く理解できていない二人は、足元で死んでいる生体兵器がどこかのタイミングで誰かが倒したものくらいでしか思っていはいない。
剥がれた装甲、虫の死骸、絶命した味方それらをよけて、ギンセツ達は通路の反対側に追いやられた味方と合流しようと走る。
すると進行方向正面から白い制服の女性の精鋭が、足元に転がっている生体兵器が本当に死んでいるかその辺で拾った工具でつついて確認しながら歩いてきた。
彼女は二人を一瞬だけ顔を上げ見ると、また足元の生体兵器の死を確認しながら話しかけた。
「生きているのはあなたたちだけ?」
その質問に驚く二人。
今まさに生きている仲間と合流しようとしてたのだから。
「そっちでまだ戦っていたはずですが……」
歩いてきた方向を振り帰る精鋭。
小さくため息をつくと小さな声でこの様子なら上は絶望的かなと独り言をつぶやいて背後のものを指さす。
「そう……この階で煙が上がる少し前に、あれが突っ込んできた」
風に散り霧がほぼなくなるとそこには大型のY字の角の生えた生体兵器が突き刺さっていた。
「突っ込んできた通路からそれた誰かの部屋で籠城していたおかげで死人はいなかったけど、ほとんどが大怪我で戦線復帰は難しいかな。火力を集中させようと一塊になってたのが裏目に出たんだと思う。まぁ、一般兵としては一カ所に固まって戦っているのが普通か。それで、戦力的に生きているのは君たちだけ?」
大勢が固まっていたほうが大怪我で、戦力的に不利な状況にいた自分たちが無傷だということに戸惑いながらギンセツは答えた。
「この階では、そうだと思います」
「そう、私は上を見てくる。下で一般兵が合流してるからあんたらも合流しなさい。生存者確認とかもあるだろうし」
それだけ言うと彼女は二人の頭を軽くなでて生体兵器の死を確かめるため歩き出す。
彼女のその白い制服にはブーツ以外に生体兵器の体液などはついていなかった。
「あの……」
「何?」
屋根に出る梯子を上ろうとする彼女を引き留めジガクが恐る恐る質問する。
彼女は足元の生体兵器の死の確認作業を止めず答えた。
「下にいた生体兵器は?」
「倒したけど、どうかしたの?」
精鋭と別れて下の階に降りる、壁は閉じてあり床には多くの生体兵器の死骸が転がっていた。
「一心不乱で戦ってましたけど、かなりの数がいたんですね」
「これだけ倒してもまだ外に入るんだろ?」
「たぶん、あの親玉みたいな大きいやつもまだ生きているかも」
「まだ、生きた心地がしないな……」
「そうですね……っと、ジガク!」
発光部位を揺らめかせ天井からジガクめがけて降ってくる、深緑色の足の長い蜘蛛。
とっさに大型のエクエリを頭の上に掲げたことで、落下してくる細見剣のような足が彼の頭を突き抜けることはなかったがジガクの肩や腕に血がにじむ。
「このっ!」
ギンセツがエクエリを振り回しジガクの傷を増やす蜘蛛を弾き飛ばす。
ザンキのことがあり足で踏みつぶすことを躊躇し、再び襲い掛かってくる蜘蛛をエクエリでその頭を吹き飛ばした。
「ジガク大丈夫?」
「あ、ああ。すまねえ、油断してた」
「僕もです、天井の穴や壁に注意していきましょう」
戦うことに夢中で数など数えていないが二階だけでも大小合わせて50匹前後ほどの死骸があった、しかしここはその倍以上あるように見えた。
「ギンセツ……精鋭って本当に人間なのか……一人でこの数を相手にしたんだろ……? 昔、電気屋のテレビで特集されてたけど、あれ茶番か合成映像だと思ってた……」
「これ光景を見ると、僕たちの必死に戦った苦労が……小さく馬鹿らしく見えますね」
集まってきた一般兵が死骸を端に積み上げ床をモップで掃除すると、二階のあちこちの部屋から持ってきた布団でけが人たちを寝かせる。
「いうなよ……悲しくなるだろ。精鋭は人間離れしてんだよ、きっと人造人間だ」
「そんなこと言ってるとこ聞かれたら怒られちゃいますよ」
二人が生体兵器の死骸を端のほうへ蹴りやり、地面に座り込むと倒れた自販機から転がる炭酸飲料をギンセツが拾い上げると体液などかかかっていないか確認して無事な奴をジガクに一本渡した。
『みんなおつかれ、ひとまずといった具合だが群れを追い払うことはできた。次が来る前に残存戦力の確認をする、無事な列車は機関車両まで報告に来るように』
天井のスピーカーから疲れ切った声が聞こえ、怪我をしていない一般兵が点呼を取り始める。
「とりあえず今は安全ってことでいいんだな。ふぅ、いまは生きていることに乾杯しとかないとな。次きたらどうかわからないからな」
「縁起でもない、シェルターを守って生きて帰る。大丈夫、こんなに強い精鋭がいるんだ何とかなるでしょう、乾杯」
そう言って同時に炭酸飲料を開けると、二人は勢いよく顔に甘い水飛沫を浴びた。