防衛線 5
メモリが着替えてコトハとともに表に出ると霧がいつもより濃い濃度で散布されていて、人々が慌てて地下にある避難区画に押し寄せ町のあちこちで混乱が発生していた。
霧の中を走るコトハと、祭りの時の男装をしたメモリ。
「……次からは定期的にシェルター全体での避難訓練をするようにとでも、今度意見文章でも書こうかな」
「っつぁ、なんか今日の霧目に染みる……それで、本当にいいのメモリン?」
高層の住人の避難にきた迎えを拒否してメモリはシェルターに残った。
「構わないさ。ほら行くぞ、それとも来ないのかコトハは?」
「今夜のメモリンがなんかかっこいい」
父も友人も高層の人間でないため、自分だけ逃げるというのができなかった。
運動不足でコトハ以上に息を切らしながらでもメモリは走る。
「これだけのパニックでも、普通に乗ることはできそうにないからな」
駅に到着すると避難区画に逃げなかった人々が、鉄蛇で外へと逃がせと押し寄せていて対処する一般兵との間で暴動寸前となっていた。
動ける一般兵はみな動かせる鉄蛇に乗っての出撃命令が出たが、事務や警備を担当としてきたシェルターの内側勤務の一般兵はパニックを起こしたりして足を引っ張るとして残された。
「普通に正面からは入れそうにないな」
「どうしようか……」
「線路の方へ行こう、ここはどうやっても通してもらえない」
避難する人々を横目にコトハが弱気な声で喋る、シェルターが危険ということはその生体兵器と戦っている鉄蛇の乗員はもっと危険な場所にいるのだ。
「兄さん死んでないよね? 無事だよね?」
「ギンセツも君の兄もきっと無事だ、そのために私たちは迎えに行くんだろ」
力強くうなづくコトハをつれ線路に回り込む。
夜と霧の濃さでわからないが駅には二両鉄蛇の種類は停車していた。
そのうちの一両は大きさからして通常の鉄蛇より大きめのほうは野槌と思われ、戦闘用の車両を連結していないため車両交換で時間を取られていたのだろう。
「いたいた、それでこの後は?」
「何とかして駅にもぐりこむ」
ギンセツ達を見送った金網まで来る。
一か月がたち腕も足も動かせるようになったがほとんど動かしていたなかったためうまく歩く感覚が戻らずコトハに支えられながら金網まで近づくと、持ってきた工具で金網を切り非力で時間がかかったが人の通れるくらいの穴をあけると二人は線路の内へと入り込んだ。
「身を低く、見つかると大変だからな」
濃い霧に紛れて駅へと近づくと建物の陰からそっと駅の中を覗き込む。
駅では手や足をケガした者たちが大型のエクエリを担いで一人ずつ残った鉄蛇に乗っていくのが見えた。
「あれって怪我人? 自力での非難は無理そうだからこっちで避難させるの?」
「たぶん違う、引き金さえ引ければエクエリが撃てるから戦場へ連れていくのだろうな」
発車のベルが鳴りメモリたちから見て手前の鉄蛇が動き出す。
「動き出した、走って間に合うかな」
「大丈夫もう一両いる」
動き出した鉄蛇に慌てて駆け出そうとしたコトハを止めると、メモリは残ったほうの鉄蛇を指さす。
「あれを逃したら次はないな……止めておいてなんだが急がないと」
二人は駅の中に入る。
広い空間だったがだれもホームの下など見る余裕などなく、二人は誰にも見つかることなくホームの下までたどり着く。
「どうするの、さすがに一般兵の服は持ってないし私たちが一般人だって一発でばれるんじゃ?」
「そのことなら問題はない。よく見てみろ、鉄蛇に乗り込んでいく一般兵の服装を。緊急の呼び出しで着替える時間がなかったんだろう寝巻のものまでいる。大丈夫しれっとしてればばれない」
鉄蛇の機関車両まで来ると土埃で汚れた白蛇だとわかる。
二人は身を低くして駅まで向かう、修理中で途中までしか直っていないホームは人と荷物でごった返していた。
いつ発車するかするかわからない鉄蛇を前にソワソワするコトハ。
裏へ回り一番ホームから離れた列車の扉の下へとたどり着く。
「よしよし、バレずにここまでこれたな。コトハ、先に列車に乗ってくれ」
「メモリンは?」
「私は……背が小さくて自力じゃ登れないから、上から引っ張ってほしい」
コトハが身軽に列車に上ると上から手を伸ばしてメモリの腕をつかんだ。
「それでメモリン、この後は?」
「バレたらすぐに降ろされる。私たちは一般兵ではないからな。車内に入って出発するまでバレずに隠れきれれば、私たちの勝ちだ。流石に走っている鉄蛇から投げ下ろされることはないだろうからな」
メモリを足場に引き上げるとコトハは扉に手を伸ばす。
だが取っ手に手をかけ開けようとすると彼女が力を入れるより先に扉が勝手に開いた。
散布塔の一つ、彼女は多くのモニターに囲まれそれを順に見ながらマウスを操作しキーボードをたたく。
本来は散布塔一つにつき一つの計算機をかき集め、シェルターを囲む何本もの散布塔の濃度や量の計算でその部屋は書類と電気コードで足の踏み場のなくなっていた。
部下や迎えに来た一般兵に避難するように何度も促されるが、彼女はモニターに集中し声をかける者に振り替えることなく答える。
「私は別にどうだっていい、次のデータを頂戴」
連絡用の電話が絶え間なく鳴り、生体兵器接近による警報と混ざり合う。
彼女がまとめたデータを部下のたちがそれぞれの通信手段でほかの散布塔へと送る。
「大丈夫、私はこのシェルターで何年働いてると思っているの。ここの防衛能力の高さなら王都の次くらいだと思っているのだから。それに私の旦那が戦っているのだから」
理由があって籍を入れていないためザンキが負傷した連絡は家族でない彼女には届いていない、その連絡があれば彼女の選択はまた変わったものになったかもしれない。
霧が出ている間シェルターに進むことのできないため溜まりつつある生体兵器に取りつかれた鉄蛇で、ギンセツとジガクはほかの一般兵と固まって行動していた。
たとえ小さいやつ一匹でも一発ではあたらない、複数名で一斉に撃ち左右への逃げ場をなくす。
「天井からも装甲が剥がす音が聞こえてきたぞ、屋根の奴らはやられちまったのか!?」
「知らないよ、それより次が来るよジガク」
一メートル前後のものから四メートルのほどまで大きさがまばらなそれらは鉄蛇の装甲を剥がし列車内へと入り込んできていた。
それらを数の力で押し返す。
「上がやられたってことは、下の精鋭もやばいんじゃないのか!」
「知らないってば!」
ジガクの言っていたとおり天井に穴が開き、黄色と黒の大きめの百足が落ちてきた。
そのあとに天井を伝って足の細い蜘蛛が向かってくる。
「でかいのだ!」
全員の視線が上に行った一瞬をついて、赤黒い蜘蛛が飛び掛かり距離を詰め一般兵の集団を分断する。
生体兵器から逃げることだけを考え、交わした結果ギンセツとジガクは大きな集団から離れてしまう、戻ろうとしても生体兵器がそこへ割り込み一般兵の集団との距離が離れていく。
「四人やられた、上からまだ落ちてくるぞ!」
「それよりも僕たちあっちと離れ離れになったことを心配してください!」
二人が生体兵器に追い立てられ掃除用具入れまで後退させられると、さっきまで同じ場所で戦っていた一般兵の集団との距離は絶望的なまでに広がっていた。
掃除用具入れに入ってもジガクがカギをかけても扉は簡単に破壊される。
「あの百足、俺たちを狙ってるんだろうな? そうだよな!?」
「他にこっち向いている理由があったら教えてください」
低出力用のスロットを入れておいてよかった、出力が大きいと一発撃つたびにエネルギーの充電で時間がかかるところだったがその時間が短くて済む。
二人の足元にあるバケツの中にはこの間の甲虫がまだ入っていた。
「今の俺ら、このバケツに入った虫みたいに俺ら逃げ場がないよな」
「どのみち逃げられないんですって、ジガク少しは落ち着いて」
初日遠くから一方的に攻撃するだけですら震えていたジガクからすれば生体兵器が目と鼻の先にいる今、掃除用具入れに入ってこないように牽制できているだけ十分な成長なのだろうそれでもこの状況ではもっと成長してもらわないと生き延びることができそうにない。
「ジガク、あとエネルギーどれくらい残ってます」
「え、えっ、あと、23%、ギンセツは」
「15%、このままここでとどまってたんじゃ持ちそうになさそう。何とかしてばってーり補給して集団に戻らないと」
「ギンセツ、あの整備士からもらった弾は。使うとしたら今しかないぞ」
追加武装で背の低い眼鏡に取り付けてもらい弾も装填済み、使用許可を取っていないがあとは引き金を引くだけでメモリからもらった弾を発射できる。
出力を落とした弾なら数発なら当たってもダメージは少ないと大きな百足が盾となり掃除用具入れに入ってきた。
「ギンセツ!?」
絶叫を上げるジガクの横でギンセツが弾の種類を切り替え高出力で百足の頭を吹き飛ばす。
「使います、爆炎とか破片とか飛ばす奴だと危ないんでなんかの陰に隠れて……いきますよ、これでしょうもないものだったらシヤさん怒りますからね!」
引き金を引く、一発きりの弾頭はまっすぐと飛んでいき頭を失っても動き回る百足に当たると、直後着弾地点で煙幕が発生する。
「ただの煙幕……」
「くそ、こんな状況まで大切に持ってる必要はなかったわけかよ。畜生涙が出てきやがった」
いろんな場所に穴が開きそこから吹く風で流れてきた霧でジガクがむせた、いや、ギンセツも目に痛みを感じのどの違和感を感じる。
「なんだこれ、いてぇ!」
「ジガク、酸素ボンベあったこれで呼吸を」
しかし、ギンセツには覚えのある痛み。
あの時はこれよりひどかった。
「これは……散布塔の霧だ……なんでこんなものが!?」
「霧ってあの霧か!? 散布塔の? でもあれはこんな痛みなんかないぞ? それに霧って製造方法秘密じゃないのかよ」
煙の奥で何かが激しくぶつかる音が複数重なる。
風で次第に煙が四散してきたが目の痛みで涙がにじみ、掃除用具入れの外がどうなっているかわからない。
「何の音でしょう」
「霧で生体兵器が怒ったのか?」
目が開けられる程度に煙が薄くなるとそこに動くものの姿はなかった。