防衛線 3
空が赤紫色になるころ、サーペントは戦闘区域を離脱して速度を上げた。
「もう一周するんだよな?」
「ええ、この様子からするとまだ戦いは終わらないかもしれません」
見える限り最後の動く物体にエクエリを撃つとその場にへたり込む。
額を伝う汗を拭きとり力なくジガクは仰向けに倒れた。
「帰れるんだよな?」
「これが終われば」
「勝てるよな?」
「僕に聞かないでください」
戦場を離れ壁が閉まると一般兵たちはいっせいに自販機やシャワー室へと移動を開始する。
この間に気持ちをリセットし数時間後にまた来る、生体兵器たちとの戦闘に備えて行動していた。
「乗り切ったな」
「私はまだ生きた心地がしないがね」
「今のうちにバッテリーの替えをとってきます、ジガクのほうのバッテリーは大丈夫ですか?」
線路のポイントが切り替わりD・サーペントは線路の一つ内側を走る。
大きな丸を描いて何重にも走る線路は当然インコースのほうが一周するの早い、戦闘が終了していればゆっくり走っていられるが戦闘はまだ終わっていないため度の鉄蛇も急いで戦場に戻るため短い距離で線路を一周する必要があった。
『E・アジ・ダハーカ、C・青龍が到着、戦闘を開始しました』
スピーカーから聞こえてくるほかの鉄蛇の戦闘の戦闘の様子を聞きながらギンセツが返ってくるのを待つ。
「ジガクくんだっけ……君は」
「え、ええ、はい」
「私はどうも、先日起こした事件であの子に嫌われているらしいのだがね」
「はぁ、事件って駅を壊したっていうやつですか?」
「どこまで情報が公開されているかわからないがそれだろうね、あの駅にいた子供二人と知り合いのようで私を目の敵にするんだ。頭に血が上ったとはいえ、子供二人のうち片方に大怪我をさせたのが悪かったのは反省しているのだがね」
「ギンセツと一緒にいた車いすのあの子が怪我してたのも、あんたが理由か」
鉄蛇はさらにポイント切り替えでまた一つ内側の線路に入る。
「どんどん内側に入っていくな」
「外側を走って大回りするより移動が速いからね……さて、私も今のうちに水でも買っておこうかね」
ジガクの元へ戻る途中、ギンセツはどこから出てきたのか小型のエクエリを持った一般兵の姿を見た。
小型のエクエリをメモリが駅でプロトに向かって使っていたのを思い出す。
「シアさんは大丈夫かな……」
最悪鉄蛇内に生体兵器が入り込んでの戦いになるかもしれないと、ギンセツは手にしたバッテリーを強く握りジガクの元へ戻る。
バッテリーをもらいに行ったついでに炭酸飲料を買って戻ってきたギンセツが、ジガクに飲み物と機械の部品を差し出す。
「これは?」
「これ、あっちで指揮官から渡された大型エクエリの低出力用のスロット。バッテリーの補給が受けられないからエネルギー節約用にって。今のうちに大型のエクエリに取りつけておけってさ、連射もできるらしいです」
「へーでも、つけるったってどうやって? 俺コトハがいないとこれのことなんてわからないぞ」
二人の会話に割ってはいってくるように眼鏡の男がわざとらしく咳ばらいをした。
「私は一応ここでは整備士なのだがね」
ギンセツが意識して相手にしていなかった男のほうを見た。
下唇を噛みこぶしを握る頼りたくなんかはなかったと態度で示していたが、しばらく睨んでから大きく深呼吸しギンセツはゆっくりを頭を下げた。
「……すみません整備頼めますか」
「お、俺のもお願いしてもいいですか」
眼鏡の男にスロットをつけてもらっているうちに戦闘区域に近づき再び戦闘用に壁が開く、外のから入ってくる風には焦げ臭いにおいがした。
森を抜けたそこには緩やかな斜面が見え、鉄蛇はその斜面を登っていく。
斜面を登りだした違和感を最初に口にしたのはジガク。
「おいおい、なんでここ? 山だろ、もうすぐシェルターじゃないか? 戻るのか?」
「もう、そこまで進行して来ているのでは」
「嘘だろ? 他の鉄蛇は何してんだよ!」
「知りませんよ!」
上ってくる生体兵器に撃ち下ろしができる傾斜、斜面を登り始めると戦闘区域と思われる場所で炎とエクエリの光の弾丸が見える。
脱線し行動不能に陥っている鉄蛇はミズチやナーガを含め6両、どこかで盛大に汽笛を上げシェルターへと向かう生体兵器の気を引こうとしているものもいるらしく、各自生きている限り死に物狂いで戦っている。
一般兵では対処できず精鋭か前線基地の装備をフルで使わないと倒せない敵で、ものによっては前線基地では対処できず、複数隊の精鋭やシェルターの防壁で何とかしのげるもの特定危険種。
その特定危険種を統率し、あるいは単体で複数の精鋭を退けシェルターをも破壊する存在、災害種。
利害関係がない限り本来の生き物では違う生物同士は共闘など組まないが、人が犬を飼うようにほかの生体兵器を飼うことさえできれば種族の壁は簡単に超えられる。
シェルターへと歩を進める生体兵器たちのはるか後方にそれはいた。
Y字の大型生体兵器が小さく見える、20メートルクラスの超大型生体兵器。
過去にシェルターを一つ潰している災害種、ウォーカー。
頭に上に反り返る角が一本、胸に背中側から下に反る角が二本伸び、何より巨体のあちこちに刻まれた無数の攻撃跡がその防御能力を物語っている。
遠目から出こそその巨体の全体を比較的冷静に見ることができたが、まじかからそれを見たらその姿を確認しているような余裕はないだろう。
「あれが……災害種。束になっても一般兵では勝てないとされている特定危険種の上の存在」
「あれを、倒すのかおれたち? あんな怪物を?」
進路上にいた鉄蛇の車両にゆっくりと頭の角を刺すとそれを勢いよく持ち上げる。
弾けるように連結部がちぎれ、自身の重さで金属が悲鳴のような音を上げながらたわみ軋み、列車はくの時に折れ曲がっていく。
完全に折れてしまう前に地上から完全に浮いたその車両を放り投げた。
装甲の切れ端、黒煙、張り付いていた生体兵器を宙にぶちまけながら放物線を描き、生体兵器を引き付けていた汽笛を鳴らしていた別の鉄蛇の機関車両に衝突、爆発、轟音を上げ大炎上した。
眼下で起こった眩い爆発に混乱するD・サーペントの乗員たち。
そこでさらに乗員の精神を追い詰めることが起こる。
「無理だろ、精鋭にでも任せないと……なんだ?」
戦闘区域から離脱し装備を整えるためにもう一周回っている時間はないため、D・サーペントが速度を落として群れを成す生体兵器の進行方向の真正面に止まった。