砲火 4
鉄蛇がシェルターを出発して数日、今まで一緒にいたものと離れ慣れない日々が続いていた。
起きるかもしれない最悪を夢見て大量の汗をかいたこともあったし、不安で明け方まで寝られないこともある。
そんな疲れから少し横になるだけで意識を失うように寝ていた体を起こすと、最近知り合った人間の声がかかった。
「今日の夕食は何がいいメモリン?」
「……なんで、私の部屋にいる?」
自分以外誰もいないと思っていたメモリは体を硬直させ二人の間に数秒の沈黙が訪れる。
強制的に食事に呼ばれ規則正しい時間に起こされた。
メモリの生活のリズムを崩す存在はソファーのそばで体を起こすのを待つ。
「そりゃここに来ないと話ができないからじゃん。なに驚いてるの」
「……昼寝から目が覚めて私の横に座っていられたら、驚くのは普通な反応ではないか?」
「別にどうでもいいじゃん、それで夕飯は何がいい?」
「任せる、どうせその辺で買ってきた弁当だろう? 私はここで食べるコトハも買い物を済ませたら帰って構わないぞ」
ソファーから立ち上がり、机の横に持ってきた大きなラジオをつける。
相変わらず人の声など一切聞こえない、不規則な連打音しか聞こえないがメモリはその音に意識を向けた。
「兄さんたちは無事?」
「戦闘の報告はあっても、ほかの鉄蛇が対処してD・サーペントは戦闘に巻き込まれていないようだ。きっと暇な時間が多くてトレーニングでもして、時間をつぶしているのではないかな」
「ご飯が出て布団があって居場所があって、衣食住そろってるからそれらで困ることはないんだろうけど。兄さん鉄蛇乗るの嫌がってたからなぁ、ギンといっしょになれて心細くはないんだろうけど、大丈夫かな初日の戦闘とかちゃんと戦えたかなぁ……怖いとか言って逃げ出したりしてないだろうか」
「脱走兵の報告はないからそれはないとは思うが、世界蛇の中破は大きかったな。新兵たちのメンタルに結構な負荷がかかったそうで、特に世界蛇に乗っていた新兵はまとめて精神系の診療所に贈られたそうだ」
ラジオから聞こえてくる暗号化された通信を聞いているメモリは、情報統制で紙面には乗らない詳細まで知っている。
それを解読できるメモリはコトハが難癖つけて頻繁に会いに来る理由の一つでもあった。
「新聞には詳しいこと書いてなかったけど、その鉄蛇では何があったの?」
「体当たりを受け装甲を破壊し侵入、入ってきたのが小型や中型ではなく大型だから大パニックだ。鉄壁の装甲は安全だと信じ込まされたものがその日のうちに……いやそれからすぐに嘘だと分かったのだからな、上官の指示もエクエリの攻撃力も何も信じられなくなったのだろう」
初日で心に大きな傷を負った新兵をかわいそうにとは思うが、自分の知り合いでもない限りそこまで親身になって考えることもできず、そういうことがあったという認識でしか受け止めることができなかった。
「言っちゃ悪いけど、兄さんの乗ったやつじゃなくてよかった……さて、じゃあ買い物に行ってくるね、何か食べモノ以外に必要なものはある? あるなら一緒に買ってくるけど」
「いいやない、大丈夫だ」
買い物に行こうと立ち上がりコトハが部屋の外へ向かう。
彼女がドアノブに手をかけたとき、メモリは明日の予定を思い出し部屋から出ていこうとする彼女の背中に向かって言った。
「ああそうそう、明日は朝から来なくていいぞ、医者に足を見せに行くからな」
「あれ、外に出るってことは車いすが必要じゃないの?」
「もう松葉杖にも慣れた、歩くのは遅いが車いすがなくても十分歩ける」
「受付は一人でできる?」
「問題ない、おせっかいはいいって言っただろう。自分のことぐらい自分で何とかしないと、帰ってきたとき合わせる顔がない。彼は戦いに出た、私も少しは成長しないといけないんだ。帰ってきたときがっかりされてみろ、私に愛想をつかしてそのまま鉄蛇に乗り込んで一般兵として過ごし始めたら……」
事件のあった時進んで囮をかって出たり、メモリを置いて逃げることもできたのに最後まで一緒に逃げ切ったあきらめのなさに、このまま一般兵として生きほとんど会えなくなってしまうのではないかと彼女は不安に感じていた。
「それなら料理の一つでもできるようになったほうがいいんじゃない?」
「りょうり? 私がそんな器用なことできると思っているのか」
「何はともかくやってみないと、じゃあ今日のご飯はメモリンに作ってもらうね。大丈夫、私も手伝うし手軽で簡単な奴にするから」
「……わかった考えておく。でも、失敗したとき用にお弁当を買ってきてくれよ」
軽く返事を返すと軽快な足取りでコトハは書斎から出て行った。
「やっと出て行ったか、これでやっと心穏やかに静かに過ごせる。……この間の大型がただのまぐれで現れたならいいが……。いかんいかん悪いほうに考えが行ってしまう、私にできることは待つことだけだ……」
悪い考えを頭の中から追い出しメモリは机の上に積まれた本を手に取った。