前線基地、10
三日目の午前。
昨日あらかたのことはしたので全体会議までの間、朝顔隊は部屋でダラダラと過ごしていた。
「コリュウに買ってもらったこの笛で、生体兵器を操ったりできないかな?」
ツバメとコリュウに見えるようにイグサは細かい装飾の入った赤銅色の笛をかざす。
「幼体の時から調教すれば行けるんじゃね」
ココアをすすりイグサの方を見るツバメ。
「生体兵器ってどうやって調教すんの?」
「甘噛みでも腕が持ってかれそうな気がするんですけど」
二人が少し興味深げに聞いてくるが詳しいことはツバメもよくわからない、どこかでそういう話を聞いたことがあるってだけ。
「そこまでは知らないよ、そういう話があったってだけ。ところでそれどんな音がするの? イグサちょっと吹かせて」
吹き口を軽くふいてからイグサは笛をツバメに渡す。
「はい」
ツバメに笛を渡すとイグサは部屋の隅まで距離を取り耳をふさぐ。
この後どうなるかわかっているため。
「どこ行くのイグサ」
笛を受け取るとそのままイグサは去っていったので不思議そうにその背中を見送るツバメ。
「音がちょっとばかし大きいので」
悪戯じみた笑顔で笑うイグサに呆れ顔でコリュウが止める。
「ものすごい音がするから、やめた方がいいですよ隊長」
コリュウの静止を聞かず、ツバメはその笛に息を吹き込んだ。
昨日と同じ音が鳴りツバメがふらつく、コリュウも耳をふさいで険しい表情をしている。
そしてイグサも耳をふさいでいるにもかかわらず、笛はかなりの音がして彼女自身も耳にダメージを受けていた。
「ほんとだ、耳が変な感覚する」
受け取りに戻って来たイグサを見ると笛を返す前にツバメは耳をいじる。
「ほんとだじゃないですよ、俺止めたでしょ」
「ツバメ五月蠅い」
なぜか被害者なのに攻められるのでツバメは少し機嫌を悪くした。
「逃げ出しておいて何を言うか!」
ツバメに文句を言ったあとコリュウはイグサにも続けて文句を言う。
「イグサも昨日はこんなんだったからな、うう、耳がじんじんする」
昨日と同じように首を振るコリュウ。
「ほんとに?」
「ほんとに」
少し恥ずかしそうにするイグサにコリュウは同じセリフを逆の意味を込めておうむ返しする。
そしてツバメから笛を受け取りイグサはそれを胸ポケットに戻す。
「うっそだぁ~」
「いやいや、注目集めて恥ずかしさで顔真っ赤にしてたじゃん」
少しごまかそうとしたイグサに昨日のことを思い出させるようなことを言う。
「そういえばココアあったよね、あれ持っていけば向こうで飲めるよね」
「無視すんなー、イグサー」
逃げるようにイグサはコリュウから離れていった。
彼の話を遮ってツバメはイグサに話しかける。
「だったらここで作って持っていけばいいんじゃない」
ココアの入った袋を自分のカバンに入れようとするイグサ。
何とか隙間を作りそこに入れようとする。
「そうするとお湯が冷めちゃうじゃん、向こうでお湯を沸かすの」
「ああ、スティックシュガーも貰ったし、いいねそうするか」
ツバメとイグサの会話にコリュウが加わった。
「向こうでお湯、どうやって沸かすのですか?」
いまだに耳に違和感を覚えながらもコリュウはココアを詰め込んだイグサを見る。
「向こう付けば、誰かが火持ってるでしょ。借りればいいんだよ、そんなもの」
水筒も入っているので水は問題ないと言いながら、イグサはカバンから取り出した水筒に水を入れに行く。
そんなのんびりとした会話をしていると机に置いてあったツバメの携帯端末が鳴る。
といっても机の上で振動しているだけだが。
「おや、こんな時間にだれだ?」
面倒くさそうに携帯端末を見るツバメ。
「全体会議じゃないんですか?」
「ああ、それかも。ちょっと出るね」
ツバメが携帯端末片手に歩き出し、奥の寝室へと向かう。
ちらっと見えた彼女の横顔は精鋭の隊長としての顔つきとなる。
戦場に出てもたまにしか見ないけどとても凛々しくピリッとした空気をまとっていた。
そんな彼女を目で追いイグサはコリュウの隣に座る。
「いよいよだね」
「やっぱ敵は戦場跡地だろうな」
奥で話しているツバメに姿を見ているとコリュウの隣にイグサがやってきた。
「夕食は豪華かな」
「もう勝った気でいるんだなお前」
そして手にした水筒をしまいにイグサは自分のカバンのある所へと戻っていく。
「当たり前じゃん、生体兵器なんかに私たちは負けないよ」
携帯端末をポケットにしまいながらツバメが帰って来た。
「二人とも移動だ、荷物を持ってついてこーい」
「はーい」
「はい!」
ツバメの呼びかけに二人とも気持ちを切り替えて返事を返した。
荷物を詰め込んだカバンを持ち、時間が余って新品同様に磨いたエクエリをバックにしまう。
会議室は参加者全員が入る食堂で行われるため、場所は知っており道の迷うことなく真っすぐ向かう。
会議室として使われる食堂は入り口付近が、多くの一般兵たちによってすし詰め状態になっていた。
元々食堂に置いてあったほとんどの机と椅子は表に運び出されており、大きな空間となっていたはずなのだが、一般兵の体格のいい大人たちが密集し床が見えない。
「結構いっぱい人がいますね、これ……私たち突っ切るんですよね」
「向こう側までな」
普段眠そうなイグサの目が絶望的な色をする。
彼女も隊長も背が低いため人間の森と化したこの場所に入るのを少しためらっていた。
「私の後ろをついてきてくれ。あんまり離れるとイグサは背が低いから発見できなくなるからしっかりコリュウにつかまっていろよ」
そういって隊長らしく先頭を切って歩き出すツバメ。
「そうだねっていうか私、ツバメとあんまり背丈変わらないよね。まぁいいや、私孤立したらここ突破できる気しないし、コリュウてつなごうよ」
そういってイグサは腕を伸ばしてコリュウの手を握ると彼も握り返してきた。
暖かい体温と彼の畑仕事の名残の硬い手の伝わってきて心拍数が上がる。
彼女の彼に対する動揺を個人の中を突っ切る不安と勘違いしたコリュウは彼女を守り包み込むようにして人ごみの中に入った。
それが彼女の心拍数をさらに上げると知らずに。
肩と肩がぶつかり足を踏み足を踏まれるそんな中を、常に誰かとぶつかりながらも朝顔隊は自分たちの席へと向かう。
背の低いツバメもコリュウを盾にして、守られているイグサの後ろを離れないようについてくる。
そいってもツバメは強く、彼女は押されたら倍の力で押し返す踏まれたら踏み返すそんな勢いだが。
ようやく一般兵の間を通り抜けた先は、精鋭は一般兵たちの後ろに用意されたテーブル席。
その先に周囲とは違う気配を放つ人たちがいた。
彼ら彼女らはデザインや服装は違うが朝顔隊と同じ強化繊維で出来た制服を着ている。
精鋭だ。
朝顔隊が最後の到着のようで集まっていた他の精鋭たちは椅子に座ってくつろいでいる。
一般兵たちの間を通り過ぎたらコリュウが恥ずかしいから手を放そうといってきたのでしぶしぶ手を放す。
もう少し握ってたかったのにと名残惜しくイグサも手を放した。
「ういーす、来たな、暗雲のアオゾラ。今回の作戦くれぐれも手柄欲しさに突っ走らないようにお願いしますよ、本当に」
七三の分けの髪に細い赤淵の眼鏡をかけた男性が、ニタニタと嫌な笑みを浮かべながらこちらを見ている。
鬼胡桃隊、メンバー5人のうち2人がイグサと同じ大型のエクエリを持ち火力で生体兵器を押し返す戦い方を得意としている。
その大型のエクエリはテーブルの横に立てかけあり型の違う大型のエクエリをイグサは物珍しそうに見ていた。
「今回はしっかり本隊の指示通りに動いてくれよ。勝手なことをされてこっちにとばっちり飛ばされるのはこりごりだぜ」
細目の丸坊主の筋肉ダルマがため息交じりにそういうと、ジョッキに入ったオレンジジュースを呷った。
山茶花隊、メンバー4人の全員が、コリュウやツバメと同じ小型のエクエリで、チームワークと状況対応能力が高いだけでなく、精鋭の隊長と同じくらいの実力者が複数名いるエリートの隊だ。
両チームともコリュウとイグサは面識はなかったがツバメはヘラヘラと笑いながらその横を通り過ぎていく。
テーブル席はもう一つあったが、椅子が机の上に置いてあり使わないらしい。
もう一隊精鋭が来る予定なのだろう、朝顔隊は開いているテーブル席に座る。
「ツバメ、ひどいな言われよう」
「まぁね、前科が前科だから」
慣れた様子で気にする様子もなくさらっと流すツバメ。
「今回は挽回できるように頑張りましょう」
コリュウは内心気にしているのではと気を使ってみた。
「え、いいよ。戦ってくれるなら他の隊に任せるよ、昔無茶してでも手柄が欲しかったのは隊長になりたかっただけでもう叶ったし」
「まぁ、わたしも戦勝パーティーに参加できれば問題ないです」
「ああ、そう……」
思った以上にやる気を出さなかったのでコリュウは逆に落ち込んだ。
席についてすぐ、入口の方からこの基地の責任者や一般兵の隊長たちが入ってくる。
後から軍刀を持ち勲章を沢山つけた女性が入って来た。
戦場の女性指揮官。
強い意志を持った目に一般兵より戦士らしい空気をまとった彼女は食堂を見回すと思わず背筋を正してしまうような攻撃的な声で話し始める。
「時間だ、全員そろったな。皆静かに、これから作戦の概要を説明する。どうしても騒ぎたいなら、私がもう声を出したくないってくらい拷問にかけて、たっぷり一生分の悲鳴を出させてやるぞ!」
彼女は人一倍大きな声を出すと食堂をにぎわせていただんだんと兵たちの声のボリュームが落ちていき、そして食堂は静まり返る。