祭り
食材と部品,重たい荷物を持って家に帰ると珍しく一階に電気がついていた。
――シアさん休憩かな?
部品は後で上に届けるとして食材だけ持ってギンセツは廊下を進み、電気のついているリビングを覗き込む。
メモリが本を読んでいた、彼女はギンセツが顔を出すと本を閉じ向き直る。
「お帰り、ギンセツ。今日の夕飯は何かな?」
「今日は一緒にご飯食べられるんですか?」
「ああ、ひと段落したからな。今日は君の顔でも見ながら一緒に食べようじゃないか。後は頼んだ部品さえあれば、ほとんど直ったようなものだ。ピッカピカだぞ」
「まだ夕飯まで時間がありますけど、シヤさんはお腹すいてますよね。すぐ作りますんで、待っていてください」
「ああ、軽食程度でいい夕飯は君と一緒に食べるよ」
ギンセツが台所向かうとそのあとをメモリが付いてくる。
また何か悪戯を仕掛けてくるのかと身構えたが、メモリは何もせずただ後ろに立っていた。
「食後に話があるのだが、いいか?」
「え、ええ。なんですか改まって」
「君の一般兵としての今後の話だ」
食後後片付けが終わりメモリと面と向かって座ると差し出された一通の郵便物。
宛先にギンセツの名前が書かれている。
「悪いが先に読ませてもらった、特に大したことは書いて無かったよ。健康診断の日にちと入隊手続きのあれこれ、希望の鉄蛇があれば記入する欄と訓練所に集合する日時が書かれているくらいだ」
「そうですか」
複雑の表情のメモリ。
いつか来るとわかっていても一緒に暮らしてきた自分がいなくなるのは寂しい、あるいは今後の夕食がどうなるのか考えてるのかもしれないとギンセツの心中も複雑だった。
「今日、散歩に出る。君も当然ついてくるんだ、いいね」
「はい……どこか行かれるんですか?」
「君は知っているかな、夕方から霧の散布時刻まで広場で男は女装、女は男装する男女逆転祭が行われている」
「一応は……買い物途中にも気の早い人が何人か買い物に来てましたから……ってまさか」
「私たちも参加する」
「嫌です女装だなんて! 僕は行きませんよ!」
この間に続きメモリが珍しく自分から外出するというのを喜ぶことができず、嫌がるギンセツだったがひとつ彼女の弱点を思い出す。
「それよりシアさん人見知りは大丈夫なんですか? 毎年人いっぱい参加してますよね」
「フフン、帽子を目深にかぶれば人を見ないで済むだろう」
弱点は意外な方法で克服された。
「でも。服は! 服が無ければ女装も男装もできませんよ、いくら僕とシアさんの年が近いって言っても身長は僕の方が高いんですからきつきつの服なんて……」
「そうだな、君の服は私が着れてもさすがにその逆はできんか。服が伸びてしまうからな」
「じゃあ……」
ほっと胸をなでおろし安心したギンセツだったが、君に似合うかわいい服をお母様に頼んでおいてそれがさっき届いた、と言われ顔から血の気が失せた。
そして全力で自室に逃げようと席を立つ。
しかし日ごろどこに隠していたのか走り出したギンセツに追いつき、自室に逃げ込む前につかまえメモリは彼を押さえつけると馬乗りになる。
「嫌ですよ……ぼくは……」
嫌がるギンセツを嫌々立たせ二階へと連れていくメモリ。
「あんしんしたまえ、カツラもあるしパッドもある。化粧は……時間がかかるしいらないか。中世的な顔立ちだからきっと似合うぞ! さぁ外へ出る準備を始めようじゃないか」
心のこもっていない返事を返し笑い泣きしながらギンセツはメモリの寝室に連行された。
最初は抵抗したが最終的に命令され逆らえずメモリにされるがまま女装させられたギンセツ。
まだメモリにしか見られていなのだが、恥ずかしさから顔は真っ赤に目に涙を浮かべ彼女が着替え終わるまで寝室の前でぐっとスカートを握りしめていた。
なかなかメモリが出てこないのでギンセツは玄関にある大鏡で改めて自分の姿を見る。
長い髪の茶髪のカツラに幾何学模様のカチューシャ、大小さまざまなフリルの多い洋服に植物の刺繍が入ったひらひらした長いスカート。
上層の家庭だけあって質のいいその服は、メモリがいつも来ていた服よりもいいようなものに見えた。
そして鏡に映った自分の姿を見てまた顔を赤くした。
しばらくして階段を下りてくる足音が聞こえ振り返るとメモリがいた。
「外は冷えるだろうから防寒着だ、君に普段私の使っているポンチョ持って来たぞ」
「着替えだけなのに随分と遅かったですね、もうとっくに始まってますよ……シアさん!」
その姿を見てギンセツは驚いた。
腰まで伸びる長い髪をバッサリと切り落とし、肩にかかるかかからないかまでに切りそろえた灰色の長袖と幾何学模様の刺繍の入った黒い長ズボンのボーイッシュな少女。
「軽くなった軽くなった、どうだ? 自分で切ったのだがなかなかうまくいったぞ、かわいいだろう。さぁ、カメラもある写真を撮ろう!」
「シヤさん髪切っちゃったんですか」
短い髪を自慢していたメモリだったが、その一言で彼女も大鏡に映る自分の姿を見る。
「ん? 長い髪が好みだったか……ふむ……じゃあまた伸ばすとしよう、先に言ってくれよ。また伸ばせばいいか、君が喜ぶようにな。あ、帽子を忘れた取ってくるから……待って居ろ、ギャム!」
ギンセツの反応に少しショックを受け動揺していたのか階段の最初の段を踏み外し、メモリは恥ずかしそうに駆け上がっていった。
帽子を取って来たメモリとともに広場を目指す、道中ギンセツは知り合いに会わないようにメモリ以上に周囲に意識を向けていて無言で歩く。
「待ってくれ、ギンセツ」
緊張から裏返った返事を返し後ろを振り返る、ギンセツは辺りを気にしすぎ早歩きでメモリを置いて行ってしまっていた,
彼女は早歩きで追いかけ息を切らせてやってくる。
「私を置いていくな。まったく、いくらかわいくなったからと言ってうきうきするな」
「浮かれてるんじゃないです! ……すみません。うっかりしてまして、どうもスカートが慣れなくて足がスース―するんです」
履きなれたらだめだろうとメモリは脳内で突っ込みを入れた。
「私の選んだそれは随分と丈の長いやつだと思うんだが、それでもだめか」
「それでもです、スカート嫌です」
にやにやしながらギンセツのスカートをめくろうとするメモリから慌てて距離をとった。
「タイツでも履かせればよかったか」
「僕帰ったらすぐ着替えますからね」
「じゃあ、しばらくは無理だなこれから数時間はこの姿のままだ。さぁ、休憩も終わった広場へ向かおうか」
「もう帰りたいです」
「楽しみにしていたまえ、広場にはまだついてすらいないのだから」
恥ずかしさから手汗をかく手に人見知りで強張る手が伸び、二人は手を握って広場へと向かった。
屋台には異形の行列、広場には個性あふれる人々、広場の付近には多くの男女逆転祭で本来の性別着る服とは違う服を着た市民であふれかえっていた。
「女装男装にもピンキリだな。薄着の男性服で色気があがっていたり、化粧が濃すぎて道化のようなだったり。それと……あれ、髭にリボンをつけるのは女装なのか?」
「シアさん。みんな遊びのレベルで、僕みたいにここまで徹底した女装なんていないじゃないですか」
「私たちの優勝だな」
周りの空気になれギンセツが人目を気にしなくなってメモリと話していると、正面からジガクとコトハが歩いてくる。
ジガクたちは二人の服を取り換えっこしただけのシンプルなものだった。
あの程度の服の取り換えっ子でよかったのにと思いながら、二人に先に気が付いたギンセツは見つかってはまずいと咄嗟にメモリの後ろに隠れた。
「どうした、なぜ隠れる? 背後からいきなり抱き着かれるかと思ってドキリとしてではないか」
「ちょっと事情がありまして隠れさせてください」
不思議がりギンセツの視線の先を目で追ってメモリは彼の隠れた理由を分析した。
「あの年の近そうな二人は君の知り合いか、なるほど」
クスクスと笑い背中に隠れているギンセツを連れてメモリはワザと二人の元へ向かおうとするが、それを慌てて両手を握って彼女を引き留める。
「ダメですって、引き返しましょう。お願いですから」
「大丈夫、君の女装はもはや元が誰だかわからないくらいの変装だ、声を聴かれない限りは気か付きはしないさ。それに君のそういう反応は……もう、本当にかわいいな!」