表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暴走生命の世界 バイオロジカルウェポンズ  作者: 七夜月 文
3章 幽霊たちの日常 ‐‐捨てられた場所で揺らめく光り‐‐
108/798

取引 1

 話をしていれば注射を打たないという約束を守り、カガリはキンウの話を聞いていた。

 キンウは質問に正直に答え、その褒美として約束は守られ注射は打たれずそれだけではなく、カガリに携帯食料を食べさせてもらっている。


「そういえば、外、雪降って来てましたよ」

「そうなんですか? この辺りは積雪が少ないですけど、最近寒いしこの間もうっすら積もりましたもんね、積もっても多くて踝より少し多い程度です」


 話をふられればなるべく相手の機嫌を損なわないように丁寧な口調で返事を返す。

 動けないキンウにとってカガリに反抗しないことが自らの身を守る最前の手段だった。


「そうですか、王都とあまり変わりませんね。むしろ少ないくらい、もっと降るものだと思ってましたがそれはそれでいい誤算です。魔都があるこっちまで来たことはありませんからね、いろいろと準備してきましたが無駄となりましたね」


 そこへ助手が入ってきてカガリのそばによる。


「カガリ様、ご報告が」

「なんですか?」


 残りの携帯食料をキンウの口に押し込みカガリは助手から話を聞いた。


「こちらに向かってくる反応が二つ。暗くて私が持って来たドローンでは、はっきりとしたものはわかりませんが」

「やっと来ましたね、でも二つとは?」


「おそらくはカガリ様が待っているのはどちらかで、もう一つの反応はたまたまここを通り過ぎた一般人かと、なにぶん雪や長居した場合を考えて準備してきたものですから、生体兵器と戦う用意はちっとも、ドローンも失っても問題のないしょぼいのを持って来ていたものですから」

「まぁ、二つとも一般人ではないことを祈りましょう。えっと。あなたのお名前なんでしたっけキンウさん」


 名前を呼ばれピクリと反応を返すキンウ。


「……え、なまえ、いま」


 かダリたちの話を盗み聞き何者かがこちらに向かってくるという話に助かるかもという希望を持たず、このままカガリに弄ばれていつかは死ぬのだと次の注射がいつ来るのか怯えていた彼女は反応が遅れた。


「偽名なのでしょう? 本名ですよ。はい罰ゲーム」


 罰ゲームの意味を理解し半笑いで泣き出すキンウ、カガリは優しい笑みを浮かべベルを鳴らしながら注射器をさした。



 夜になり気温が下がりさらには雪が降り始めた様々な元部品工場が並ぶ防壁付近。

 高い壁に日光を遮られ日当たりが悪いのと、防壁を破壊した生体兵器侵入の際の被害を低くするため防壁の周りに民家は基本的にはない。


 工業シェルターだけあり建物の規模は大きい、隠れる場所などいくらでもあった。

 生体兵器が入って来た場所だけあってこの辺りは崩れた建物や防壁の破片など大小さまざまな瓦礫が多い。


 車が通れるように一部の道は瓦礫がどけられているが、セーギたちの乗ってきた車はその道から大きく離れた場所にとまっていた。


「この辺りだ、お前たちは降りろ」


 中古のいろいろの部分が壊れた軽装甲車両の存在を隠し、ついこの間までこの廃シェルターハギを移動する際に半年間乗っていて、最後に乗ったのはキンウが直した温泉に入ったとき、帰りに酔わそうとして自分が酔った思い出のある車で防壁付近に向かってきていた。


「ひどくない、この雪が降る中私たちは外にいるの!?」

「ここまで来て何で最後まで、こんな変なところにおろすの!」

「連れてってくれるんじゃなかったのかよ」


 外は日が落ち厚い雲で暗く明かりを持たないと足元すら危うい、そして先ほどからちらほらと雪が降り始める。


 空から次々と落ちてくる大粒のボタン雪はあっという間に濡れていない瓦礫などの上に積り初め、時期に濡れた地面にも積もり始めるだろう、下手をしたらかなり積もるかもしれない。


「ちがうちがう。お前らは俺が攫ったやつらと話しているうちに、死角から回り込んでキンウを救出しろ。なんもなく普通にキンウが帰って来るならいいけど、そんなことはないだろ。交換条件とか金とか言われるだろうし、そんなこと言われてもこっちにはなんもないから気を反らしているうちに救い出せって」


「……そういうことなら、まぁ」

「わかったけど早くしてよ、風邪ひいちゃう」

「うまく引き付けておけよ、俺らまで捕まったらヤバいからな」


「ああ、準備ができたら呼んでやるから、それまではちゃんと隠れてろよ」


 それぞれ気怠そうに返事し自分たちの防寒具を今一度雪や冷たい風が入ってこないように直したヒナたちは外に出ると、目の前に見える大きな防壁の亀裂の方へと雪を避けるため使われなくなった工場の中を通って歩いていった。


 セーギはヒナたちが暗闇に消えるのを見送る。


 キンウを攫った理由が助けに来たヒナたちを捕らえることかもしれないと、ここに来る途中でそんなことを考えわき道に入り今に至る。


 ーーキンウが自力で逃げられないのだから、相手は相当ヤバいのかそれとも大がかりな俺に対する嫌がらせのグルなのか……攫われたって言ってたけどヒナが俺をだますためについた嘘なのかもなそもそも攫われたにしてはタイミング良すぎるだろ、しかも武装したヒナもいたテリトリー内で。あいつ人をイラつかせるの好きだからどっちもありえて嫌なんだよなぁ……くそ、一度痛い目に合えばいいのに。


 静かになった車内でため息をつくと車を元の瓦礫のどかされた道に戻し防壁へ向かって走らせた。




 セーギがすぐそばまで迫り、カガリはマフラーを巻き防寒着を着て外に出る準備をしていた。

 カガリが準備を終えると唐突にキンウをつないでいた鎖が外される。


「ほら、あなたも服を着て準備しなさい迎えが来ましたよ」


 解放され自由になりキンウは起き上がる。

 カガリなど一撃で倒せる実力を持っているはずなのだが、体が委縮し動くことができなかった。


 カガリを倒せば注射を打つものなどこの場にいないにもかかわらず、注射を打たれたくないから下手に動かないとキンウの思考は彼女の手によって完全にマヒしていた。


 今キンウの頭にあるのは、ただ、カガリの言うことに従えば痛い目に合わないということだけ。

 カガリの気が変わらないうちにキンウは素直に着替えを始めた。




 防壁の前までくると明かりのついた大きな車両が目に入る。

 通れるように瓦礫をどかした道をふさぐようにして止まっているのは、10輪の大きなトラックだった。


 重装甲な大型の装甲車にも見えたが、それは車体の半分ほどのところで構造が変わっていた。

 前半分はそれこそ装甲車のような武装や追加装甲など複雑な形をしているが、後ろ半分はシンプルに長方形のコンテナが載せられている。


 そのトラックのドアが開き人影が動いている、どうやらこちらの接近に気が付いていたようだとセーギはエクエリを腰に隠し、廃工場の陰に車を止め車を降りた。

 トラックから降りたのは髪の長い女性一人だけ、ヒナの話ではまだほかに仲間がいるはず、暗闇での視力がよくないセーギは物音に注意しながら女性の方へ向かう。


 彼女は傘をさして暗い場所を目を凝らしてセーギを見ていた。


「こんな暗い道をライトも付けずに走るなんて危なくないのですか?」


 こっそりと血被いていたはずなのだがあっさりと位置がばれそれでもセーギはゆっくりとトラックの方へと進む、人は撃ちたくはないが一応は護身用にエクエリを持って来ていた。


 これはあくまで生体兵器を撃つためのもので人を撃つものではない、それは一般兵時代に習うもので普通の人からして人を殺したいとは思わない犯罪に使えばシェルターを追放される可能性もある危険な行為、一歩一歩進むたびにセーギは自分がシェルターに住んでいた時に教わったことを思い出していた。


 ーー蟷螂との戦闘後バッテリーの残量を確認していないが、持ってるだけで多少の脅しくらいにはなるだろう。人を撃たなければ万々歳だけどな。


 人を殺したことのないセーギはエクエリを人に向かって撃つかもしれない最悪の事態を考え握った拳に汗が溜まる。

 湿っぽくなった手をズボンで拭き話しかけてきた女性に返事を返す。


「悪いがここは安全なシェルターの外だ、ライトなんかつけて走ってたら生体兵器にも人にも嫌でも居場所がばれるだろ、それぐらいわかるだろ。見たところアンタ精鋭か何かなんだろ? 護衛車両もなしにこんなところにいるなんてよ」


「確かに! ええ、流石元一般兵の方ですね。お気づきの通り私は精鋭ですよ、戦闘が専門ではありませんが」


 ライトなんかつけていれば闇に対して目のよくない生体兵器だって見つけることができるというのに、一般兵でも知っているような常識だが相手は初めて知ったような反応を見せる。


 集まってきた生体兵器を倒すだけに実力があり片っ端から排除しながらここまで来たのだろうか、なんにしろ未知数なため深く考えるのをやめてセーギはある程度の距離を取って止まる。


「まぁ、んなことどうでもいいけが。なんの目的で攫ったかわからないが、おとなしくキンウを返してもらおうか」


 ある程度のところまでくると相手の顔がはっきりと見えてきた。


 わずかな光でもキラキラを反射する艶のある髪質、整った顔立ちの綺麗な美女、出会った場所が廃シェルターではなく普通のシェルター内であったなら惚れていたかもしれないほどの妖艶さを持った女性。


 寒さからではなく彼女の放つ独特の雰囲気にセーギはゾクリと身を震わせた、本能的に危険を察知したのかもしれない。


「まぁ、かっこいい。質問に答えていただいたらその話に移るとしましょう。その前にまず自己紹介を、私は王都直属の第一班、シュゴウベニ直属対生体兵器技術開発者のツタウルシ・カガリです。ではでは、あなたと彼女との関係は? どのようか関係でどういった理由で助けに? 一人でここに来るのは危険だと思いましたよね、それでも助けに来た、その理由は?」


 カガリはまるで自分が助けに来てもらったかのように喜んでいるが、しかしセーギの答えにそのテンションが一気に下がる。


「あいつがいないと俺はこのシェルターでまともに生きていけないから」

「……家事をすべて任せっきりな夫みたいな理由ですね、それだけですか?」


「ああ」


 その反応を見てカガリは少しばかり慌てる。


「えっ、あれ、もっと何かないのですか? 心配で心配で慌ててきたのだとか」

「何かってなんだよ、攫ったってことは何か目的があるんだろ? 攫ってすぐに殺すわけでもないだろうし何が欲しいのだかわからないが、良くてあいつが勝手に交渉して、悪くてあいつが何かして尋問程度だろ」


「ゲームと違って本物の人の心って難しいですね……普通攫われたら血相を変えて着の身着のまま、装備も不十分に助けに来るもんじゃないんですか?」


 独り言をつぶやきがっくりと肩を落としカガリはトラックのドアを叩いた、するとトラックから彼女の仲間が現れる。


「連れて来てください」

「はい」


 数度やり取りをするとカガリの仲間に連れられてキンウがトラックから降りてくる。


 キンウは自分が繋がれていた時にできた手首のあざを気にしていて、カガリに肩をたたかれ顔を上げ暗闇に立つセーギを見つけた。


「せーぎ? あぁ……せーぎぃ」


 ついに殺される時が来たのかもと絶望していたキンウは愛おしそうに名前を呼びセーギに向かって歩き出す。


 キンウが離れていくのでカガリはリンと取り出した小さなベルを鳴らす、すると彼女の体は硬直し動けなくなる。


「成功ですね。このベルの音を聞かせながら投薬することで、この音を聞いただけで薬が撃たれると体が覚えたのです。どうですか? 薬を打たれていないのに痛くなったりしませんか?」


 魔法にでもかけられたかのようにキンウは立ち止まり、ゆっくり後ろを振り返る。


「さぁこちらへ来なさい、キンウ。大丈夫私の言うことを聞けば痛くしないから」


 キンウ迷うことなくカガリの元へと戻っていく。


「よしよし、いい子ね」


 逃げだそうとしたことを涙声で謝りそれをカガリは優しくなだめた。


「キンウに何をした? お前なら走ってだろうが体術だろうがなんかして逃げられるだろ、早くこっちへ来い」


 暗くてセーギのことがわからないのか名前を呼ぶがキンウはカガリに寄り添うように立ち離れない。

 それでもキンウはそっとセーギの方を見てそしてカガリの顔色を窺った。


「逃げたら、また痛い思いをすることになりますよ?」

「ひぃ!」


「いい子ね、大丈夫。言うことさえ聞いていればあなたに何もしないから」


 怖い夢を見た子供をあやすようにカガリは優しくキンウの頭を撫でた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ