悪 3
行きはキンウに先導され、セーギは自分一人では帰り道がわからないため三人のヒナを先頭に緑の壁の迷路を進む。
その途中何が起きたのかをホマレに聞きながらセーギはキンウが攫われた場所まで走って来た。
「ここで攫われたのか」
「うん、そう。その扉の向こうに連れてかれちゃって」
セーギが扉を勢いよく開け、三人のヒナたちは長く分厚い黒ナイフを抜き取り飛びかかれるように構える。
しかし、当然のことながらそこには誰もいなかった。
「……いない? なんで?」
扉が完全に開かれると3人のヒナたちは扉の裏、廃車の陰を警戒し慎重に足を進めホマレは暗闇の中を進む。
「いや、普通なら逃げてるだろ。キンウが狙いだったならここで待ち伏せる理由がないんだから」
キンウが目の前で攫われたのがよほどショックだったのか大きな手袋をはめた手は震え、ホマレは焦りから他のヒナたちからも離れ一人で奥へと進んでいく。
二人のヒナの後に暗闇に目が慣れてきたセーギも奥へ進み、目が慣れてなお先の見えない闇に向かって目を凝らす。
辛うじて見える範囲にセーギたちが乗って来た軽装甲車は無事で暗闇の奥にとまっており、その横に大きなタイヤ痕が残されていた。
「心配じゃないの? 仲間なんでしょ!」
ホマレの怒鳴る声はトンネルを何度も反響した。
「そうはいっても、居場所がわからない以上追いかけようがないだろ」
「なんでそんなに冷静なんだよ!」
「心配じゃないの!」
トンネルの奥のまで探しに行ったホマレのほかにセーギの横にいたヒナたちも騒ぎ出したため、鬱陶しいとその場から離れ車へと移動しようとしたがニット帽のヒナにマフラーをつかまれた。
「うるせえなぁ、誰かが冷静じゃないと収拾がつかなくなるだろ。三人とも焦ってばかりでキンウがどこ行ったのかわかってんのか?」
セーギの言葉に何も言い返せないヒナたちは黙り込む。
ぐずり出したホマレに変わりニット帽のヒナがセーギの元へと向かう。
「とりあえず、このタイヤ痕の跡追いかけない? 速度出せば追いつけるかも」
「そ、そうだね。早くいこ」
「運転はアンタでいいよな! 俺たちは運転できないから任せるしかない」
ファーのついたダウンのヒナがホマレを連れて車へと向かってくる。
「ああそうだな、とりあえずお前たちは邪魔だから帰れ」
「何で! 一緒に探させてよ! つよいよ」
「そうだよ、アンタより私たちの方が強いよ!」
「だったら自分たちでやれ。俺にかかわるな鬱陶しい、保護者代わりの教師がいるだろあいつと探しに行けよ!」
「何でそんなひどいこと言うの! こっちは藁にも縋る思いで頼んでやっているのに!」
「センセイは巣立った人の面倒は見てくれないの、だから私たちが何とかしないと!」
「いいから俺たちを連れてけよ!」
「乗っていくにもこの車はなぁ荷物が多くて乗れないだろうが、よく見ろ」
鍵のかかっていない車のドアを開け、荷物で埋まった後部座席を見せる。
空になったトランクを捨てるなんてもったいないとキンウが持ち帰るといったものの、それを下ろすことなくここに来たため、荷物の量はここを出て資料を探しに行った時と変わりはない。
緊急時だからとおいていき紛失したら助けた矢先に怒られるだろう、命には代えられないのだがそもそもセーギはヒナを連れていく気ががなかったので、今この場で使わない荷物を下すことも片づけることをしなかった。
「これどかして乗れたら連れてってくれるの?」
「ああ、めんどいからもし乗れたらな連れってってやるよ。だが、乗れなかったら三人ともあきらめろよ。三人ともだからな。荷物は降ろすなよ、何かなくなってるとキンウが騒ぐ」
ヒナたちが無理難題に挑んでいる間にセーギはキンウを誘拐した目的を考えた。
ーー金目的で、決済カードを狙ったか? だとしてもなんでこの場所が分かった? 居場所がわかっていたんならここに来る前にだって襲えたはずなのに、それに……。
「わかった、」
「よし、早くみんな奥に押し込めて乗ろうよ」
「うん」
荷台に無理やり荷物を押し込め二人分座れるようにスペースを作る。
助手席にファーのついたダウンのヒナが、後部座席にホマレとニット帽のヒナが抱き着くような感じになったが荷物をどけて作ったスペースに乗りこんだ。
「これで乗れるね」
「狭いけどね、それに重い。ホマ太った?」
「ユメひどい! そんなことないもん、重ね着してたこともあるけど、きっとただの成長期だから」
「さてねー」
エンジンをかけ発進しようとしていると、後部座席のヒナたちが騒ぎ出し押しやった荷物が二人のヒナの上に崩れる。
「少し黙ってろよ。遊びに行くんじゃないんだから」
長い暗闇を抜け軽装甲車両は日の下に出る。
暗くなってきた空は再び雲の厚さを増し、車内に冷たい隙間風が吹く。
「ところで、どうしてこうここの道は細かい石が多いんだ」
砂利道を離れ大通りへと出る。
暖を取るための火を囲む人影は増えており、こちらに興味を表し軽装甲車を目で追う者もいた。
「ここはもともと駅だったんだよ。ハギ中央区画直通線」
「レールや車両は金属として売られたからとっくにないし、枕木は木のやつは薪としてコンクリートとのやつはかまどを作るブロック的な使用方法で使うみたいで持ってかれてた」
「電車見たことある? でんしゃ」
「あるよ馬鹿にすんな。俺だってシェルターに暮らしてたんだから見たことも乗ったこともある」
「何それ、見たことも乗ったこともない私たちに対する嫌み?」
「ああそうさ、ここには何にもないさ」
「どうせ捨てられたシェルターに住む捨て子ですよー」
「めんどくせーな、お前ら。キンウが攫われたんだからもう少し慌てろよ、心配なんだろ?」
「よく考えてみたら、あの人がそう簡単につかまるなんてないし」
「俺達よりいろんな修羅場潜り抜けてきてるんだから。大丈夫だとおもう」
「知ってる? あの人は……」
落ち着きがあったりなかったり好き勝手喋るヒナたちだったが、思い出したかのように崩れた荷物の下で後部座席にいるホマレが叫ぶ。
「あ、そういえば、攫ったやつが防壁の壁の壊れた場所で待ってるって言ってた!」
「先に言えよ」
そういうと車は壊れた防壁の方へと進路を変える。
「だってあんたが意地悪言うんだもん」
「ねぇ暖房つけない? 寒いんだけど」
「こんな車で生体兵器と戦えるのか?」
「ああ、もう。一斉にごちゃごちゃ言うな。暖房は壊れてるからつけられない、この軽装甲車は人と物をちょろっと運ぶだけのものだからこれで戦いはしない。たまに上部に大型のエクエリつけられる奴があるけど自衛用だ、生体兵器と戦うなら戦車とかだ」
自分がもともと一般兵だったこともあり少し得意げに話したが、外の様子を興味深げに見るヒナたちは誰一人聞いていなかった。