中央 3
建物の奥へと進んでいき一つの扉の前でとまると、キンウはノックをしてから扉を開ける。
開かれた扉から暖かい熱が漏れ、部屋にはいるとキンウは部屋の中を見回し駆け出していった。
「やぁ、よく来た! ヒナから聞いてアンタが来たことは知ってたよ」
「うん、ただいま」
廊下まで響く大きな声に負けないくらい元気なキンウの返事。
後を追ってセーギが部屋に入ると元々は食堂だったようなだだっ広い部屋、奥に暖炉がありどこかの家だったであろう建物が細かく割られ薪として燃えている。
そこに数人子供たちが木の長机に道具を広げ椅子に座って勉強していたが突然の来訪者に驚いていた。
扉を開け駆け出したキンウは子供たちに勉強を教えていた女性教師に抱き着く。
セーギは教師を見た時彼女の性別がわからなかったが、高い声と男性にはない胸のふくらみを見て女性だと判断した。
顔にはいくつもの傷が重なり合い刺青のようにも見え、体はがっしりとしていて太い二の腕はセーギより筋肉の量が多そうで防寒着の重ね着の着ぶくれと合わさり、巨大なぬいぐるみのような印象を受けた。
一応は成人女性のキンウが飛びつきぶら下がっているにもかかわらず、根を張った木のように教師はびくともしないで片腕でキンウを持ち上げている。
「久しいねぇ、元気だったか? 連絡がないからみんな心配してたよ」
「あはは、ごめんなさい。ちょっと私にもいろいろと事情があってね」
「まぁいいさ、奥で話そうか」
教師は今日の勉強はおしまいと子供たちにむかって言うと、子供たちははしゃぎながら机に物を置いたまま入口で棒立ちしているセーギの避けて部屋から出ていった。
「そこの隈のひどい兄ちゃんもおいで、奥で何か食べながら話をしようじゃないか」
太い腕を振って部屋の入口に立つセーギを呼ぶ教師。
「セーギ。ほら、行くよ。センセーを待たせちゃダメなんだから」
教師から離れるとキンウはセーギの手を取って力強く引っ張って部屋の奥に進んでいき、食堂の別の出口から廊下に出てさらに屋敷を移動する。
この建物はいったい何部屋あるのか気に何ながらもとりあえず教師の後を追う。
屋敷はひび割れたりしているものの大きく壊れているなく、代わりに廊下のいたるところに子供の落書きや廃材で作った工作などが並べてあった。
「ここはなんだ? あの人がお前の親なのか?」
「ん~、育ての親だね。私の両親は城塞シェルターのヒバチで死んじゃって、このシェルターに住んでた親戚に預かってもらってたんだけど、ここがハギが襲撃されたときおいていかれちゃったんだよね」
普段は喋ろうともしない自分の過去の話を浮かれているのかすらすらと話すキンウ。
「それであの人に拾ってもらったと」
「も少し複雑。シェルター内で暴れる生体兵器を追って来た精鋭の人に、一人で町をふらふらしている私は保護されて。んでその人たちと一緒に生体兵器をやっつけに行ってた,私は戦ってないけどね」
「お前連れたままでか?」
「移動は車だからね、積み荷扱い。運転席の横から震えながらその戦い見てたよ。ひどいよね、私泣き叫んでるのに面白がってるんだよ、あの人」
「あの人が多くてわからん。全部今先を歩いてる人でいいのか」
「違うよ、全然違う。センセーはそだててくれた人。私が今言ってたのは精鋭の隊長だったヒバリさん。城塞シェルターで独りぼっちだった私を助けてくれた人。ここのシェルターハギの防衛の時に死んじゃったんだけどね」
キンウは明るく話すものの最後の言葉に少し影があるように思え、セーギはそれ以上彼女のことを聞くのをやめる。
「悪い」
「ううん、別にいいよ。どっかで話そうとしてたし、私の事も」
二人の前を歩いていた教師が部屋の前でとまった。
他の部屋と変わりない普通の扉だったが、変形して扉の立て付けが悪いのか地面をこする大きな音を立てながら、教師はその太い腕の力押しでその扉を開けた。
「ついたよ。さぁ、二人とも入っとくれ」
セーギは薄暗い部屋に入るのをためらったがキンウに背中を押され仕方なく部屋の中に入る。
そして教師が入りまた大きな音を立てて扉を閉めた。
「埃っぽいな、何の部屋だここ」
「たぶん掃除用具入れみたいな小さな倉庫だったんだと思うよ。昔のことでもともとこの部屋が何だったかなんて覚えてないけど」
薄暗い理由はこの部屋には窓がなく天井付近に小さな通気口だけがあり、そこから光が差し込んでいるだけだった。
狭い部屋の中には椅子と机しかあらず、正確には破けた絨毯やガラス製や木製の多少の小物があるのだが棚やタンス等はなく目につく大きめの家具はそれらしかなかった。
「金になるモンは売っちまったよ」
セーギがこの部屋に連れてこられた理由を考え警戒しながら部屋を見渡していると、教師は大きなろうそくに火をつけながら部屋の奥から戻ってくる。
何も言われる前にキンウが椅子に座る。
物置も机と椅子だけがおいてあると独房のようだなと感じつつセーギもとりあえずキンウの隣の椅子に腰かけた。
「こんな暗いところで何すんだ?」
「まぁ、お金の話。セーギはあの報酬のお金私にくれるってことでいいんだよね?」
「どうせ渡す気ないんだろ、言ったって無駄じゃんか」
「あははは……ありがと」
自分で奪っておきながら申し訳なさそうに頭を掻きながら笑うキンウ。
机を挟んで向かい側に教師が座った。
「話は済んだかい? んじゃこちらからこれでも飲みながら事情を説明しようか」
机の上に乱暴に瓶とコップが置かれ、瓶の中身を注いで二人の前に渡す。
コップの中身からはアルコールのにおいがした。
「酒か?」
「そうさ、酒だよ放っておいても凍らないからね、でも体はあったまる。ここじゃ貴重さ、まぁ本でも蠟燭でもなんでも貴重なんだけどね。まずはここの紹介でもするかね、その様子じゃこのこから説明を受けてないんだろ? ここはシェルターが放棄されたときに親と離れ離れになって孤児になった子供をまとめて預かって育ててる場所さ。私はボスグマとかマッスルマザーとかセンセイとか呼ばれてる。まぁ子供たちのつけた愛称さ、ここじゃ物騒なもめ事が多いから偽名が当たり前だろ。まぁこの子は用心深いから、普段はそういうところに行かないんだろうけどさ」
話しながら教師は二杯目の酒を飲み干す。
外にいたヒナと呼ばれた子供やキンウもこの教師にここで育てられ暮らしていた、この教師は血のつながらない家族なのだろう。
キンウの懐き具合や今までその存在を隠して暮らしてきたのだから、その秘密を打ち明け連れてこられたセーギは黙って話を聞く。
「はい。まぁ一応仕事の情報収集とかで警戒しながら安全時間帯だけ、そういうところに行ってますが、たまにいますね。私をつけ狙うやつが、大体は近くのシェルターから逃げてきたヘタレな一般兵が私の強さも知らず襲おうとするんだけどさ」
笑って話すキンウだがセーギは彼女の脇を突く。
「おい、たまにどっか言ってると思ったらそんなところに」
「心配してくれるの? 驚いた。大丈夫、私は人相手なら強いから」
セーギとキンウが喋っているうちに教師はコップに注がれた酒をまた飲み干しお代わりを注いでいた。
「んじゃ、このままただ喋ってるのも何だし話を進めよう。さぁ、例のものを渡してくれるかい。ここに来たってことは多かれ少なかれあるんだろう?」
「はい、あります」
返事と同時にキンウは教師に黒い決済カードを差し出す。
「これです」
結局触れることすらできなかったカードを横目にセーギは酒に口をつける。
「ふーん。で、今回はいくら?」
「細かいのを端折って、1億ほどだった気がします」
セーギは口に含んだ分をすべて噴き出してむせかえった。
「汚い、ちょっとこぼさないでよ!」
「なんだい? あんた酒は飲んだことなかったのかい?」
「違うそっちじゃない。億だと!? おいおい、なんだその金額!」
「セーギ、ちょっと声が大きい。密室だからって声が漏れないわけじゃないんだから静かにしてよ」
小さなカードな中身に思わずむせ返りながらも声が大きくなるセーギをキンウが背中をさすりながらなだめる。
「あはっははは。今回はまたずいぶんと気がふれた金額じゃないか、あんた何してきたんだい」
「放棄された前線基地に何かの資料を取ってきてほしいと、それを届けたらこんな金額を」
特定危険種級の生体兵器のいるような場所に行かされたとしてもこんな大金が手に入るということはない。
それだけキンウの持ち帰った資料に価値があったということになる。
しかし資料の中身を読んでいないためその資料に何が書かれていたかは知らず、その大金の金額を聞いてセーギに多少の不安が残った。
「そうかい。まぁ、シェルターで暮らしていない私らにあまったく関係ないね」
「そうですね。何であろうと私たちの暮らしがどうなるとかじゃないですもんね。お金さえもらえりゃいい。……どしたのセーギ、肺にでも入った?」