無名の戦場、1
雨雲は去り空に浮かぶ満月の周りを雲が形を変えながら流れていて、その空の下は朽ちた家々が見渡す限りどこまでも広がっている。
いくつか傾きながらも原形をとどめようとしている建物があることから、昔この辺りに町があったのだろうが今は人の気配などまるでない。
そんな壊れた街並みで原形をいまだに保っている建物の中の一つ。
二階建てだが天井は半分以上腐り崩れ落ちていて二階には上がれず、床も穴だらけで雨宿りもできそうにない歪んだ木造の家屋。
かろうじて崩れずに建っているだけの廃屋はおよそ人が住める状態ではなかったが、その一階大きくひび割れ穴の開いた壁から彼は外の様子をうかがう。
本来ならば彼らはこんな場所にいるはずではなかったのだが目的地への移動中乗っていた車がとある事情で破壊されてしまい、歩いて目的地へと向かっている所で仕方なく今晩はこの廃屋で野宿をしていた。
真っすぐこちらに向かってくる黒い影。
流れのはやい雲間から除く月明かりに照らされているが逆光となり、その姿をはっきりと見ることはできない。
「生体兵器発見、数二、獣型。俺らには気づいていません」
ひび割れた壁から外の様子を窺う男性、サカキ・コリュウは自分たちの隊服である強化繊維で出来たブレザーの肩をつかみ、足元で寝息を立てている女性をゆすり起す。
この女性と一緒に夜の間、建物の周囲の警戒をしているはずだったが気が付いたら彼女は寝ていた。
このまま何もなければ彼女はこのまま寝かしておいても問題ないと思ったのだが、案の定こういう時に限って問題が起きる。
「……ん、んん。せいぶつへいき? こんな時間にか……もう夜明けも近いのに……」
ゆすられ起こされた朝顔隊の隊長、アオゾラ・ツバメは体を起こすと寝癖なのかわからないボサボサ髪に着いた埃を払った。
そして気怠そうに起き上がるとコリュウと同じひび割れた壁から外の様子をうかがう。
廃屋の外には黒い影が二つ、距離が離れているため大きさはわからないが真っすぐ彼らのいる廃屋に向かって来ていた。
「奴らがこのまま真っすぐ来ると、隠れているこの場所が奴らの嗅覚でばれそうです」
声を抑えて報告を続けるコリュウ。
「もしかしたら、もうばれてるのかもな……ていうか私寝ていたのか、起こせよ……寝てる間に変なこととか……していないだろうな?」
「してませんよ」
ツバメは服の埃を払うとコリュウを疑いの目で見たが、彼は興味なさげに答えた。
目をこすり大きな欠伸と伸びをすると、ツバメは自分の太ももをつねり強制的に自分の睡魔を追い出しもう一度伸びをした。
「よし、起きた。コリュウ、奥で寝ているイグサを起こしてきて。私は寝起きで体調が悪い、あの子には悪いけど、万全を期して3人で仕留めよう」
「……わかりました、イグサを起こしてきます」
返事をするとコリュウは立ち上がり廃屋の中を移動する。
腐った木が多く床を踏み抜いたり倒れた家具や天井の瓦礫などの何かに躓いたりしないよう、足元を気にしながら奥へと進む。
入れ替わるようにツバメは、大きな穴の開いている先ほどまでコリュウの座っていた方へと移動していた。
建物のあちこちに穴が開いているとはいえ奥に進むと薄暗くなっていき、さらに月がまた雲に隠れたらしく視界が急に暗くなる。
廃屋を進み明りの届かない暗い場所、荷物置きにしていたその場所で少女が丸くなって、車が故障した際に無理に引っ張り出してきたボロ布をかぶって眠っていた。
彼女はついさっきコリュウと見張りを交代したばかりで、今の状況を知らずに安らかな顔で寝息をたてている。
--機嫌悪くなるだろうなぁイグサは。時間もないし起こすか、隊長に怒られるのも嫌だし。
眠ったばかりの彼女を起こすのは気が引けたがこちらも命がかかっている、それに隊長の命令だと彼は自分に言い聞かせ手を伸ばしそっと肩をゆすった。
「起きろ、イグサ。生体兵器だ」
「……せーたい……こりゅ……ん、んん。よりにもよって今ぁ? ……ったくぅ眠いなぁ、んで、数は?」
彼女は寝ぼけながらも荒い声で若干のいら立ちを見せる。
起こされた彼女、アモリ・イグサは起きていても少し眠そうな半開きの目をこすり周囲を見渡す。
彼女は自身の服がスカートにタイツだということ忘れているのかハの字に足を広げ座り、自然とコリュウは視線が下に行ってしまい彼女が顔を上げると急いで目を反らした。
「数は2匹、もうすぐ来る。隊長の余裕さからたぶん二人で倒せなくもないんだろうけど、万全を期してって言ってた。忘れずにエクエリ持って来いよ」
「……すぐ行く。私が行くまで倒さないでよ」
イグサはゆっくりと起き上がり膝にかかったボロ布をたたんで隅に投げ捨て不機嫌そうにそういうとまだ眠そうな目でコリュウを見た。
「もうちょっとだけ時間ある? タオルで顔だけ洗ってく……コリュウは先に戻ってて」
「早く来いよ、隊長が怒る前に」
眠そうな目で見つめたまま無言で頷くのを見て、彼女を起こしたコリュウは来た時と同じように音を立てないようにしてツバメの元へと戻る。