95 車椅子の観客と映画館について
こんにちは。
今回もまた、ここしばらくSNSで燃えていた話題。
障碍者に関するお話であり、かなりセンシティブでもあって、話の流れを観察しつつしばらく考えていたのですけれどもね。
ここまででわかった状況をご紹介しつつ、少し語ってみようかなと。
少し前に、車椅子を日常的にお使いの障碍者である女性がSNSにとある投稿をしました。
ちなみにこの方、某国営放送で放送されている障碍を持つ方やマイノリティをとりあげる番組にも登場されたことがあるそうです。アイドルとしての活動などもされ、自称「車椅子インフルエンサー」という風にも言っているかた。
映画はお好きで、かなりの頻度で映画館を訪れているとのこと。
仮に、ここではNさんとおよびすることにします。
さてさて。
今回、Nさんはとある映画を観に映画館を訪れました。もちろん車椅子で、介助者をつけずにお一人でです。
この方、ここまでその映画館には何度か行っており、毎回ひとりで、事前に連絡もせずに行っていました。
たまたまかもしれませんがその箱には車椅子専用のスペースがなく、比較的ちいさな部屋となっていたようです。その席のうち、一般的な席ではなくいわゆるプレミアム席のような、特別にお金のかかる席を選んで映画鑑賞されていました。
その席はリクライニングができ、足の部分も伸ばしてねそべることができる特別な席であり、車椅子に座って鑑賞するよりずっと楽に映画が楽しめるとのこと。
敢えて「そこで観たい」という気持ちは理解できますよね。
ところが、です。
その方は毎度、映画館に対して事前になんの連絡も入れず、いきなりその「プレミア席」をとって当日映画館に出向いていました。
そのうえで、映画館のスタッフ(しかも女性)二人にお願いして、プレミア席に至るまでの階段を、車椅子を抱えて持ち上げ運んでもらっていた、というのです。
うーん。
この時点でわたくし、頭をひねる。
数年前、あることで骨折したことが原因で、わたしもほんのわずかの期間、院内で車椅子を使っていました。もちろんデザインにもよるとは思うのですが、車椅子ってかなり重い。そこに人間の体重も加わると、相当な重さになる。重労働もええとこ。
それを女性二人に持ち上げさせるって、かなり無茶なことを要求している気がする。
それに、ほかの方々の、とくに介護職のかた、医療関係者の方のご意見をみていて多かったのが「それは危険すぎる。本来やってはいけないこと」というもの。
介護職の資格を持っている人ならいざしらず、学生アルバイトもけっこうおられるようにお見受けする映画館のスタッフに、いきなり「私ごと車椅子を運び上げて」と要求するのはちょっと……度が過ぎていやしないか。
少なくとも私がそれをするとなったら、あっというまに腰やら足やら痛めて大惨事になってしまいそうや。お客様のためでなく、映画館スタッフのために救急車が呼ばれてまうがな。
私でなくとも、いま大学生であるうちのほっそほそで非力なムスメがやらされることも想像してみましたが……
「アカン。むり。いや大惨事。ぜったいに誰かが大けがするか死ぬ」
という結論になりましたね……。
さて。その後の顛末を。
実はNさんは4回目にして、映画鑑賞のあと、支配人らしき人が現れてこう告げられた、と自分のSNSで訴えました。
以下はそのSNSからの転記です。
『この劇場はご覧の通り段差があって危なくて、お手伝いできるスタッフもそこまで時間があるわけではないので、今後はこの劇場以外で見てもらえるとお互いいい気分でいられると思うのですがいかがでしょうか。』
Nさんはこの支配人(?)の説明について非常に感情を害して悲しく、悔しくなってこの投稿に至った、という経緯のようです。
「なんでいきなりダメになるの!」と憤慨されているらしい。
その後、当該の映画館からは支配人さんの言葉に関してのみ、対応がまずかったとして謝罪文が公開されました。
大事なのは、「対応のまずさ」のみであって、「障碍のあるかたの車椅子を今後も我々スタッフで運び上げます」とは言ってないことですな。
ん~。
もちろん、今の日本の状況がまだまだ車椅子ユーザーにとって暮らしにくい、移動しにくい状況なのは事実でしょう。もっともっと、利用しやすいデザインに変えていく必要は当然あるでしょう。
でも、今回に関しては、私はやっぱりこのNさんが無茶をやりすぎたのではないかなと思います。
ほかの車椅子ユーザーがおっしゃっていたのですが、確かに現在の日本の映画館での「車椅子専用スペース」は一番前にあったりして、首が痛くなるなど映画が見にくかったりすることが多い。だから、もっとゆっくり見やすい席で観たい、という希望については理解できます。私も映画好きですから、一番前の席だとしんどいのはよくわかるし。
でも、何より優先されなくてはいけないのは観客の安全です。映画を観ている最中に、火災や地震など災害や事故が起こらないという保証はどこにもない。いざそうなってしまったときに、車椅子のお客さんをどのように安全に、素早く非難させるのかということは一番しっかり考えておかねばならないことです。
車椅子から降りた状態で、階段を上り下りしなくてはならない席に座っているお客を、災害などでパニックになっているほかのお客さんたちもいる中、うまく誘導できるのかどうか……?
運営側は、当然そういうことも考えていろんなことを決めていかなくてはならない。
今回は、「以前、映画スタッフに撮ってもらった」という写真も流されていたのですが、Nさんはそのプレミア席に寝そべり、その脇に、通路にはみ出す形で車椅子が置かれた状態でした。
いざ災害、避難、となったときにそこに車椅子があることの危険性も、また考えなくてはならないことでしょう。慌てたほかのお客さんが逃げようとして、車椅子を蹴り落としてしまったら……? 考えられることは山ほどあるはず。
あとは、そもそもNさんが一人で出かけるのではなく、みずから介助者を連れていくことにしていたらこんな問題にはならなかった、というのもありますね。
身体障碍のあるかたは映画の割引があるそうですが、介助者についても割引、あるいは無料で入ることができるようになっているとのこと。
もちろん、介助者を雇うのは金銭的にも大変だろうなとは思うのですが(プライベートでつける場合は保険適用がなく、かなり高額になってしまう)、その仕事を、なんの資格も知識もない映画館スタッフにいきなり負わせるのは考えものです。
重労働なうえ、もし万が一客を落としてしまうなどしてケガをさせたりすれば、いったい誰がその責任を負うのでしょうか。
Nさんについては、申しわけないんですがそこまで様々な角度からものを考える、常識的な面が欠けているように思いました。
もちろん彼女としては、まだまだバリアの多いこの世界に対して「もっともっと、障碍者が暮らしやすいバリアフリーの世界に」と望んでの発信だったろうなと、好意的に考えるようにはしておりますけれどもね。
SNSではいまだに「障碍者差別だ」といったような激しい論調の人もいますが、今回に関しては障碍者うんぬんよりも、カスタマーハラスメントに近いものに感じております。
つまり客が、通常妥当であると思われる以上のサービスを一方的に要求してさわいだ……という流れがまさに「カスハラ」。今回は、そのうえで断られ、そこに納得がいかずに映画館の名前までしっかり出してSNSで拡散してしまっている。だいぶ悪質な感じを受けます。
ここまでやってしまうと、常識的に行動されているほかの車椅子ユーザーの方にとっても迷惑になってしまいます(実際、「迷惑だ」と発言しているアカウントもいくつも観ました)。
日本のバリアフリー化がまだまだ発展途上なのは事実ですが、こうしていきなり「健常者と障碍者」のような対立構造を生み、分断させてしまうのは悪手としか言いようがないです。
本来、お互いにきちんと事実を見極めあいつつ、感情的にならずに話し合い、より暮らしていきやすい環境を作り上げるために手を取り合わなければならないというのに。
今回のことでは、いろんな意味で残念な思いでおります。
ではでは、今回はこのあたりで。




