読解することと思い込み
こんにちは。
またまたやって参りました。
こちらエッセイは、「つづれが普段つらつらと考えていることなどをぽろぽろ書いていこう!」という趣旨のものであるため、主題は気のおもむくまま、多岐にわたります。
web小説というものを書き始めて、「小説家になろう」で連載を始めてから七年とちょっとが過ぎましたが、始めて一か月ほどで某SNSも始めました。当初はおもに、作品の宣伝を打つのが目的でした。
でも、最近はそちらもやるにはやるんですが、どちらかというと書き手さんや絵師さんとの交流の場みたいになっております。あ、あと、学校司書さんとも交流しておりますね。
今やほとんど雑多垢みたいになってしまっております(笑)。
ああいうSNSって、自分が苦手な話題ばかりする人はミュート(こちらに見えないようにする機能)にもできますし、逆に興味を持って反応した投稿があれば、それに関連するほかの投稿が優先的に表示されるようです。
というわけで、私のところでは最近、創作や司書の仕事以外にも、結婚、子育て、教育などのトピックも優先的に見える状態になっております。
世の中には、こんなに子育てに協力しないダンナさんや、DV夫、モラ夫があふれているのか……と、時々暗澹たる気持ちになっております。
いえもちろん、そんなの全体からしたらごく一部のことなのですけれどね。
さてさて。
それで、最近特に気になっているのが、特定の女性たちと、男性たちとの争いやもめごと。
たとえばこれは最近あったんですが、とある女性が「女性はいろんな身支度を整えることを普通に求められる。ダイエットや日焼け止め、スキンケア、脱毛など。それにストレスを感じる」といった内容の書き込みをしたんですね(文章は変えてあります)。
私自身は「ああなるほど、確かにそう。男性が同じことをやっても、大体は『個人の趣味』のくくりなのに、女性に対しては『普通の身だしなみ』と見做されることが多い。むしろ、やっていなければ揶揄までされる。確かに息苦しいなあ」と思いました。
そして実際、そんなようなことを書きこんだのですが。
もとの書き込みに同意する女性の意見は多かったのですが、それ以上に多かったのが、男性らしき人からの激しい反発、または小馬鹿にしたかのような書き込みでした。
詳しく書けませんが、要するに「そんなのは男も普通にやってるだろ」とか「男にはその代わりに『ハゲるな』とか『年収六百万以上』とかいろいろ求められてる。女ばかりがしんどいんじゃない」とか「女はすぐそうやって『私は可哀想』って言い出すんだから」といったような内容でした。
主要なものは、反論、侮蔑、そして嘲笑。
しばらくそういう反応を拝見していて、だんだん「なんか変だな?」と私は考え込みはじめました。
なぜそんな風に、急に攻撃的になるのでしょう。
最初に書きこみをした方の文章のどこを見ても、「女はしんどい、それに対して男は楽をしている」という意味は読み取れないのです。ただ単に「女ってめんどうな身支度が多すぎるよね。それを普通に求められるってしんどい」と言っただけです。男性のことなど「だ」の字もあがっていないのです。
それなのに、急に「男だって大変なんだ! 自分たちばかり可哀想だと思うな!」という反応がくるのは、普通に考えてもちょっと極端すぎるように思います。
かれらは恐らく、最初の書き込みを読んだ途端に「女がまた自分を可哀想がっている書き込みをしてる!」と考え、もとの文章に書かれてもいない「それにひきかえ男は楽でいいよね」という行間を勝手に読み取ったつもりになり、「この文章の言いたいこと(主題)はそれだ!」と決めつけて反応を返してしまっている。そんな風に見えました。
SNSには一度に書きこめる分量、つまり字数制限があります。たとえばツイッターなら140字までと決まっています。その中で、文章のプロでもない人が、過不足なく言いたいことを伝えるのはかなり難しいことです。
だからこそ、勝手な憶測で相手の意図を「こうにちがいない」と決めつけ、思い込みでいきなり反応しないほうがいいのではないか……と思うわけです。
これは別にSNSの書き込みだけに言えることではないですよね。たとえば、こちらの小説サイトなどでも言えることです。
特に感想欄を拝見していると、たまに、本文のどこにも書かれていないことを、読者が勝手に想像し、決めつけて、それを作者に「感想」として投げ返しているものがあります。
web小説のような、書き手と読み手の距離がとても近い媒体ですと、非常に起こりやすい事態だと言えます。だからこそトラブルにもなりやすいのでしょう。
ただまあ小説は、読者がなにをどのように受け取ろうと自由な媒体です。基本的に、提示されたものを読み手が好きなように読み、好きに解釈してよいものです。そういう読者側の自由さがあるというところが、小説の良さでもあります。
ただそこで沸き起こった感情、特に負の感情を、反射的に作者に投げ返してしまうのは頂けません。
少し時間を置いて、ほかの読み方はできないか、もしかして自分が思い込みでそう解釈しただけではないかを考える。可能なら他の人の意見も聞いてみて、それから初めて作者(発話者)に対して返答(感想)を送る。そのほうがより安全に、平和に作者と交流できるのではないかと思います。
さきほど例に挙げた「女性と男性」の話については、私は個人的に「程度の差こそあれ、男性も女性もともに窮屈でめんどうな思いをしている」が正解だろうと思います。窮屈に感じている分野が異なっているだけの話です。
そうしたある種の被害妄想に取りつかれている人は、どうしても何かを見聞きした際に「これは自分への攻撃!」とみなしがちになるようです。
当然ながらなにより自戒をこめて、今後も気をつけていきたいものです。