白球に恋した日
歓声歓声、人混み人混み。
ジリジリと肌を焼く太陽の下で、こんな夏に何をしているのかと問われれば簡単。
全校応援というやつ。
「結城くーん!頑張ってぇぇぇ!!」
「結城せんぱーい!!」
後ろから飛んできた甲高い声に肩が跳ねる。
横にいた友達はそんな私を見て笑う。
野球なんて興味ないのに、と不貞腐れれば、まぁまぁ、と友人が結城、と呼ばれた人を指し示す。
遠くからでも分かる、野球部には不釣り合いの金に近い長めの茶髪。
友人が教えてくれたが名前は相馬 結城というらしい。
「結城って苗字じゃないの?!」と言えば、後ろから殺気やら今更かよみたいな視線やら気配やらが飛んできたので口を噤む。
他には一年生の頃から一軍だったとか、あの見た目でスポーツ推薦で入学したとか。
一個上ってだけなのに何でそんなにも違う生物みたいなんだろう。
未だに女の子の声援を浴びる結城先輩は、女の子達に緩く手を振っていた。
「因みにあの人も二年生で、一年生の頃から一軍の人」
あの人、と友人が指し示したのは短い黒髪の人。
鷹みたいな目が印象的で、短く切り揃えられた黒髪は正しく野球部、と感じてしまう。
結城先輩の幼馴染みの鷹見 夏という名前だと聞いた時、鷹……と思ってしまうのは私だけじゃないはず。
見た目通り堅物らしく何だか一周回って天然だと、友達が楽しそうに語った。
それにしても一年生の頃から一軍の人が、二年生ではこうして全校応援ができるレベルのところまで勝ち上がって、尚且つレギュラーだなんてスゴイな。
感心した。
私にはスポーツは向いていなくて、球技をやれば顔面に当たり、陸上競技をやればすっ転ぶ。
だからあんな風に身軽に動けて、結果を出している人は素直に尊敬してしまう。
「あ、卯佐美」
前の席に座る人がポツリと呟いた。
バッターボックスに向かう人の名前らしく、その人はじっとそちらを見ている。
前の席だからその人の顔は見えないから、先輩だろうということは分かるけれど、誰なのかまでは当然分からない。
「卯佐美先輩」
友達が今まさにバッターボックスにたった人の名前を教えてくれた。
卯佐美 涼先輩。
やっぱり結城先輩と鷹見先輩の幼馴染みで、一年生の頃から一軍で現在のレギュラーメンバー。
一応今が二年生だとしても、三年生を差し置いてレギュラーメンバーに入っているなんて。
そう思っても仕方がない気がする。
三年生、悔しい思いしたんだろうな、なんて関係ないことを考えながら卯佐美先輩を見ると、ぞわり、と鳥肌が立った。
ギンッ、と音の付きそうな感じでスタンドを睨んでいるのだ。
卯佐美先輩が。
何で、そう思った瞬間には「かっとばせー、卯佐美!」という声がいくつも重なり合って響く。
太陽の熱を含んだ空気が揺れて、ビリビリと響くその感覚に何故かワクワクした。
「あ」と誰かの呟く声がして、その瞬間にカキーンッ、と清々しいくらいの音。
雲ひとつない青空を切り裂くような白球。
まるで飛行機雲だ。
そう思ったら「おおぉぉぉぉ!!」と響く歓声と、白球と同じ色のホームをダイヤ型に踏んで行くうちの学校の選手達。
ホームランだ。
「うっしゃあぁぁぁぁぁぁ!!!!」
卯佐美先輩が吠えた。
その瞬間に私は落ちる。
周りが手を取り合って喜ぶ中、私の心の中には青空に打ち上がった白球が落ちたのだ。
「カッコイイ」と呟いた私の声は、隣に座っていた友達にもしっかりと聞こえていたらしく、太陽に負けんばかりの輝かしい笑顔で私の背中を叩いた。