居場所
戦争に臨むマリアたち。その周りにいるものはどう動くか?
マリアは自室の窓から月光の下の山々を眺めていた。
銀色の光が降り注ぎ、山は仄かな藍色の光を放つ。
その光景の中でマリアが思うのは今日のこと。
今日は忙しかった。
レクスとの顔合わせ、ガイウスとアルマンとの作戦会議、剣術の稽古。
それぞれが手の抜けないものばかりだ。
明日も忙しい筈だ。
この忙しさは戦争が無事に終わるまで続くだろう。
だから今は頑張り時だ。
「リリィの為にもね・・・」
庭師のリリィはマリアの友人だ。
リリィ自身は姫を姫としか見ていないが、マリアにとっては気の許せる数少ない人間だ。
それは素朴という空気を彼女が漂わせているからだ。
それは権謀術策の世界に身を置くマリアにとって涼しい風となり心に吹く。
そのリリィと昼にお茶を飲んで休憩していた時のことだ。
「リリィ。一つ聞いていいかしら?」
「ハイ。なんでしょう。姫様」
リリィは楽しそうに笑っている。
この少女はいつも笑ってこちらの言葉を聞いて、相槌を打つ。
その会話の中で、マリアが切り出した。
地図とリリィの話を聞いて導き出した推論をリリィに話す。
「今度の戦で最も戦場に近い村って、もしかして・・・?」
リリィはその言葉を聞いて目を見開いた。
そして俯く。
それを見たマリアは確信した。
「やはり・・・そうなのね」
その言葉にリリィは小さな声で返事をした。
「・・・はい」
今までの嬉しそうな顔とは一変して悲しそうな顔になる。
「リリィは村のこと・・・心配?」
悲しそうなリリィに向かって質問した。
「どうでしょうか・・・。でも、普通は心配しなければならないんですよね」
彼女はそう言った。
「別に私にはそういう気遣いいらないわ」
「すみません。私・・・」
「ん?どうしたの?」
マリアはリリィの様子を見ながら質問していく。
リリィは振り絞るように言った。
「私は村では役立たずと言われていました。羊の世話も出来ず、毛をかるのも遅く不器用で、それでいて末っ子だったので期待もされず、ただ植物を弄るのは好きだったからここに来たような物です」
「それは謝ることではないわ。貴方は庭を綺麗にしているじゃない」
「姫様はお強いのですね。でも私は・・・正直自分の家族が苦手です。役立たずと言われるのは別に構いません。実際その通りですし。ただ、ここまで育ててくれて、何も返せてないという罪悪感が少しあります。合わせる顔がないとも」
マリアは頷いた。
自分の家族が得意でないという気持ちを持つ人間は少なからずいるだろう。
自分もそうだとマリアは思った。
マリアがまだミヤビだったころの、そしてこの世界に来る前はそう思っていた。
自分は本当に必要な存在なのだろうか・・・?
そういう事を考えてしまう。
そして、その想いを口に出さず過ごしていたら、心は歪んでしまうのだろうと思う。
誰にも甘えられず、誰とも繋がらず、そうして心を閉ざすのだ。
だからマリアは言いたくなった。
「リリィ。貴女がその気持ちでいるのならそれでも良いと私は思う。でもいつかは向い合って欲しいわ。貴女が貴女らしく生きるために」
「はい・・・姫様」
「私としては優秀な庭師を失いたくないわね。だから貴女はここに居ていいのよ。気が済むまでね」
リリィはその言葉を聞いて顔を上げた。
その顔には驚きの表情が浮かんでいる。
「姫様・・・!!」
そしてリリィは驚いた表情で瞳をうるませた。
「・・・・・・」
昼間のことを思い出しマリアは、屋敷の庭を見下ろした。
そこには綺麗に整った植物たちが、月の光で照らされている。
それをみてマリアは微笑んだ。
私はもう母と和解するチャンスもないだろう。
それはそれでいい。
こっちで様々な人と出会えたからだ。
母はどう思っているか分からない。
確かめようもない。
だが、リリィは違う。
まだ健在だし、会おうと思えば会えるのだ。
「私は偉そうなこと言ってたわね・・・」
そう思ってマリアはため息を付いた。
そこに声をかける人がいた。
「騎侯士は偉そうにするのも仕事のうちさ」
マリアはその声の方向を見らずに返答した。
「あなたっていつも夜にしか現れないのね」
「そりゃそうさ。これが私のライフワークなんだからね」
「そう・・・。この前はありがとうね。アルマンの情報。助かったわ」
「そりゃ良かった。まぁお代は頂いてるから、礼を言われる筋合いなんて無いんだけどね」
「それは違うわ。お金は礼を言って払うものよ」
「ふーん。そんなもんかい?よくわからない」
シオンは気の抜けた返事をした。
本当によく分かっていない風だ。
この雰囲気もシオンは演出として出しているのだろうか?
女でアサシンをやっているのなら可能性のある話だとマリアは思った。
「ふふ。まぁ私の考えだからね。シオン今日はどうしたの?」
「いやね?また情報がいるかなぁって思ってたのさ」
「何か耳寄りなのはあるの?」
「まぁ基本的なことさね。次の戦の敵将はレオニールというらしい。猛将で有名って話さ」
「レオニール・・・。知らないわ。今度誰かに聞いてみないとね」
シオンは呆れたような声を出した。
「相手の将軍の情報も集めてないのかい?」
「うん。うちの優秀な騎士たちだったら集めているとは思うけど、確定できないから私に言ってないんじゃないかしら?」
「そりゃあまぁ、頼りになる姫様だことで・・・」
そういってシオンはため息を付いた。
マリアは窓の外から目をそらし、シオンの方向を振り向く。
するとシオンと目が合う。
「ねぇシオン」
「なんだい。姫様?」
「頼みがあるんだけどいいかしら?」
「金次第だわね。情報集めも暗殺もなんでもやるよ?」
マリアはそれを聞いて笑みを浮かべた。
「それは良かった。シオン。ちょっと今回の戦で隊長やってくれないかしら?」
マリアは笑みのままそう言った。
対してシオンはその言葉をすぐには理解できなかった。
「は?」
「今回だけでいいわ」
一旦置いて、シオンはマリアが何を言い出したか理解した。
だが、どういう意味かはわからない。
「いやいや私はアサシンだよ?隠れて働く、騎士や兵とはまるで違うさ」
「だからこそ頼みたいの。奇襲に秀でた人間がいるの」
それを聞いてシオンはある程度は納得した。
敵が強いことはマリアは十分理解している。
それでも寡兵で挑まなければならない戦いなのだろう。
だからこそ、策を練っているのだ。
勝つために。
「そりゃあ、姫様にならサービスしたいと思ってるさ。だけどいきなりそれじゃあ兵が納得しないさ」
「それは大丈夫。寄せ集めで隊長など元からいないから」
「そんな隊を任されて、私に死ねっていうのかい?」
「いいえ。任せるのは弓兵で、一撃離脱させて欲しいの。それが上手くいくには逃げるとか隠れるとかのいろはを知っている人がベストなの」
「なるほど。言いたいことはわかるけどさ」
シオンは考えた。
自分はこの姫を気に入っている。
懸命に働き、そしてなによりアサシンに対して偏見がまるでない。
アサシンというのはどこでも忌み嫌われるものだ。
特に騎士や兵などからすれば嫌いというレベルでなく憎んでさえいる者もいるだろう。
だから、姫を気に入っていて、それで力になってやりたいと思う。
だが、いきなり隊の長とは・・・。
この姫にはいつも驚かせられる。
「もちろん報酬は払うわ。要相談ね」
「そりゃ当然さ。報酬が無かったら断るよ。常識だろう?」
「その常識がない人間もたまにはいるのよ。ただ今回はお金だけではねぇ。あ、男でも紹介しようか?」
「姫様がその道に詳しいわけがないから遠慮しておくよ。そうさねぇ」
シオンは考えた。
姫の要求を飲んでもいいと思う。
そういう気分だ。
だが、欲しいものがあるかと言われれば少々微妙だ。
金はしばらくは遊んで暮らせるほど貰っている。
そこでシオンは思いついた。
「そうだ。私に兵をくれよ。今回が終わってもずっと私の配下にいる兵を。数名でいいからさ」
「うーん。分かったわ。ちょっと調整してみるわ?希望は?」
「私が選ばせてくれよ。なにせ数名でちょっと騒ぎたいしさ」
「騒ぎたい?」
「そうさ」
シオンは自分の後継を作っていいだろうと考えていた。
自分の技を継いだ人間、そして叶うならば私の補助を出来るやつを。
「それは難しいわね。貴女が名目上だけでも私の配下に入るならできなくもないけど」
「はは。この機会に私を引きこもうって魂胆かい?それでもいいさ」
それを聞いたマリアは笑って頷いた。
「うん。じゃあよろしくね。シオン」
「命令形でいいんじゃないのかい?もう配下なんだろう?」
「でも友だちじゃない。家臣になったら友達ではいられないのよ」
「はは。そう言うもんかい?」
「ふふ。そういうものよ」
2人は暗闇の中で笑いあった。




