鎧
作戦と運用、それを成功させる要因、それはなにか?
「姫様。どうだ?」
「少し窮屈だわ」
マリアはそう言いながらガイウスの前に姿を現す。
白塗りの甲冑を着て、だ。
マリア達がまず始めたことは、マリアの鎧の調整だ。
それはガイウスが言い出したことだ。
「姫様はまず鎧と武術を身につけてもらわなければならない」
「鎧が始めにやることなの?」
ガイウスは頷いた。
「普通ならば、それはあとでもいいのだが、姫さまにはまず必要だ。命を守るだけが鎧ではない。立派な鎧を着れば、それがそのままその武士の印象になる。勇敢な鎧を着れば、着用者も勇敢に見えるというわけだ」
「なるほど。私が兵の信用を得るためにはまず形からというわけね」
マリアは頷いた。
「姫専用に調整する必要があるだろう、そこは腕のいい職人に頼むとしよう」
「でもこんなに派手な必要あるの?」
マリアは疑問を口にし自らの体を見た。
ゴツゴツの鎧には、白く汚れ一つない。
「将にはそれくらいが必要だ。とくに姫ならな。実際コーネリア様は赤塗の鎧を着ていらっしゃる」
「ふーん」
マリアは派手の理由を聞いても半信半疑だった。
本当にこれで目立つのだろうか?
将ならば命令を届かせるために、注意をこちらに向ける必要がある。
たしかにそれはわかるが、逆に目立ってしまっては集中攻撃されるだろう。
私に生き延びることができるのだろうか?
「まぁいいわ。それで?これからどうするの?」
「うむ。姫にはこのまま剣術の稽古をしよう。鎧に慣れるために必要だ」
「慣れる為って言っても、私がこの鎧に頼る状況になるってことは、負けそうなほど追い詰められているってことじゃない?」
「確かのそうだが、でも無いよりいい筈だ。剣術も多少なりとも生還率は上がるだろう」
「なるほどね。そのへんはよろしく頼むわ」
「うむ。それで剣の経験はあるのか?」
「全然」
「・・・・・」
ガイウスは呆れ顔になった。
「なら、一から教えるが、十までは教えられないな。基本だけだ」
「基本ね。役に立つの?」
「何を言うか。基本が全てぞ。それに一しか知らなくても、状況では中堅すら超えられる可能性がある」
「それは凄いわね」
「姫に教えるのは剣の握り方や振り方と、イニシアティブの取り方だな」
「イニシアティブ?」
「そう。こちらが攻撃で相手の行動を制限する。これには経験が多くないと出来ないことだが、定石はあるものだ」
「なるほど」
マリアは頷く。
確かに付け焼刃でもそれが出来るようになるならば、多少はマシだ。
「よろしく頼むわ」
「うむ。しばらくの情報収集は俺がやっておく。だから姫もやるべきことをやれ」
マリアは頷いた。
そして剣術をガイウスに習い始めた・・・・・
◆
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
「はぁ~」
マリアは鎧姿のまま自室に戻った。
時間はガイウスの個人レッスンを終えたあとで数時間やっていたことになる。
しばらく動かしていなかった体が軋んでいる。
足はまるで棒で、腕は筋肉が痛い。
それでも、自室までは自力で歩いてたどり着き、椅子に座った。
そして溜息を付いた。
「はぁ~。ガイウスは手加減がないなぁ」
マリアはそう呟き先ほどの光景を思い出す。
訓練は庭でやった。
リリィが手入れした木々に囲まれ、マリアとガイウスは木刀を握って向かい合っていた。
「遅い!!それでは奇襲でも先手をとられるぞ!!」
ガイウスは終始叱責をしていた。
「はぁ、はぁ」
マリアは後半になると呼吸を乱して声も出ない。
それでも体だけでもガイウスに付いて行こうと必死だ。
「来い!!」
「うおぉぉぉぉ!!」
マリアは木刀を振り上げてガイウスに向かっていった。
それに対して、ガイウスは冷静にマリアの木刀を振り払い、その後はタックルか平手で攻撃をつないだ。
「うぐぅ!!」
姫はその度に吹き飛ばされる。
「顔は・・・やめてよね・・・」
マリアは顔はやめて欲しいと願った。
交渉でも挨拶でも顔が傷だらけだならば不審に思われ、話す言葉に支障まで出る。
それはこれからマリアがやろうとしていることに対しては障害になる。
だが、ガイウスはそれに構わない。
「顔を叩かれたくなければ俺に打ち込んでみろ!!」
それを聞いてマリアは握る木刀に力を込めた。
何度吹き飛ばされようが、何度でも立ち上がりガイウスに向かっていった。
そして数時間、マリアは結局ガイウスに攻撃できなかった。
そのあとで稽古によってバキバキになった体を引きずって、自室に戻った。
「まったく、いきなり打ち込んでこいだもの。驚いたわ」
マリアは1人で呟く。
だが、一度も打ち込めなかったのは悔しかった。
ガイウスが熟練の兵であっても、だ。
「私はもうちょっと出来るとでも思っていたのかしら?」
甘い考えを持っているということは、自分に自信があるということだ。
ジャクリーンに鍛えられていた頃は急いで仕事を終わらせるために歩き回っていた。
そのため体力はそれなりに付いていると思った。
だが、今回の訓練で直ぐへばった。
自分の甘さを実感せざる追えなかった。
「でも、楽しかったわね」
剣術なんて初めてやった。
敵を出し抜き一刀を入れる。
それは難しいことで、全く出来なかった。
だが、マリアは楽しさを感じていた。
知っていけることがである。
今まで触れていなかった物に触れる感覚は好きだと思う。
例えそれが痛みを伴うことであっても。
「ふふっ。私も変な正確している?それともこれが普通の人間の感情なのかしら?」
目指すということの喜び。
それはこの世界に来るまで思ったこともなかった。
前は、何事も上から抑えこまれて、好きなように振る舞えなかった。
今もしがらみはある。
だが、それでも伸び伸びやらせてもらえる。
それが目指す喜びに繋がっているかもしれない。
そう思うと、この世界に来たことも悪くなかったかもしれない。
マリアはそっと微笑んだ。




