電子手帳と電子辞書の違いがいまいちよく分からないけど、まあいいか。
「うーん、まぁぎりぎり合格ってとこだな」
「あ、ありがとう、ござい、した……」
風兎は燎次の言葉にいきたえだえになりながら礼を言った。
風兎が隻翁に入座した次の日、さっそく練習が始まった。
何でも、町に入ったら直ぐに公演をするらしく私が客に見せられる段階に至るまで町に入らないらしい。
何とも申し訳ない。
そのためにオルゴールをより珍しく見せるには、オルゴールの音がより良く聞こえには、より観客の関心を集めるにはなどを踏まえての演出の練習をする。
『どんな三文芝居でも演出で一流に見せる事ができる』
が隻翁のモットー、つまり信条なのだとか。
それならば隻翁の芝居は三文芝居なのかと聞いたら。
『三文芝居の中の一流』
らしい。
良いのか悪いのか良く分からない風兎である。
そんなこんなで演出指導役に奇術師の燎次が抜擢された。
なるほど、奇術は手品だし演出が命だからか。
と風兎は思った。
黒い肩に付きそうな長い髪をした端整な顔立ちの青年だ。
大人しそうな雰囲気がある。
だが、その印象は彼の放った第一声でぶち壊された。
「座長、このチビに教えればいいんですか?というか何で俺が教えるんです?他にもいるでしょうが」
風兎を見て、鼻で笑い燎次は言った。
チビ!?
その言葉に風兎ば衝撃を受ける。
よりにもよって微妙に気にしている所をピンポイントで狙い撃ちされたからだ。
風兎の現在の身長は156センチ。
周りの女性陣を見ると平均身長は150センチ位だと判断し、自分は高い部類なのだと少し嬉しかっただけにショックは大きい。
言われるのもそのはず、風兎はどうせ一食だけの関係だと思い、一々性別に対して訂正を入れるのが面倒くさくなったために放置した。
その結果彼女は一座の人間全てから男だと思われている。
しかも本人は訂正を入れなかった事を忘れているので、いつになったら本当の性別が周りの人に知られるのか不明だ。
当たり前の事だが女性陣より男性陣の方が身長は高い。
平均身長は165センチ。
そのため風兎男としてのは平均身長よりかなり低い事になる。
一方、燎次は他の男性陣より飛び抜けて身長があり、推定すると180センチ位はある。
二人の身長差は約30センチ、燎次が風兎を男だと思っているのでなおさら低く思えるのである。
ズーンと落ち込んでいる風兎を余所に座長である伯田呉汰と燎次は言葉を交わしている。
「まぁまぁ、演出に関してわし皆ももお前には一目置いとるからのぅ、頼めるのはお前しかおらんのじゃ。今後のためにもここは一つ頼めないかの?」
伯田の言葉に燎次はそっぽを向き、ボソリと言った。
「ま、まぁ、そういうことなら……仕方ない、な」
「そうかいそうかい、引き受けてくれるのかい!いやぁ、助かったよ!」
「仕方なくだからな、べ、別に頼まれて嬉しかったからじゃねぇよ」
「おうおう、分かっとる分かっとる。じゃあ、頼んだぞい」
風兎をその場に放置して伯田は居なくなった。
そして二人きりになった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………おい」
「……なんでしょう」
沈黙に耐えきれなくなった燎次は風兎に話しかける。
「あー、えっと、まぁ、あれだ…………練習始めるぞ」
特に言うことが思いつかなかったのかそう言った。
「よろしくお願いします」
一応風兎は頭を下げた。
そこからが長かった。
まず、オルゴールの音色が何処まで聞こえるのか、どんな状況が一番良く聞こえるのかを調べるところから始まって、オルゴールを観客に紹介するにあたっての関心の引きかた。
珍しさや外装の美しさの強調の仕方、仕草など細かい所からビシバシ駄目だしを食らわされる。
「笑え!表情を動かせ!」「おい、声が小さい!」「もっと大袈裟に!」「だから笑えって、能面か貴様は!」「そんなんで客が喜ぶと思ってんのか?あ゛?」「チビなんだからもっと大きく見せるよう頑張れよ」「とりあえず笑顔みせろ」
この過程で、マイクとスクリーンの必要性をひしひしと感じた風兎だった。
ステージに立って、新開発した物や新発見を発表する事は何度もあり、正直に言って公演なんか楽勝だと思っていたが甘かった。
いつもはマイクで喋るため、活舌はともかく声の大きさは気にしていなかった。
自分では割と大きな声だと思っていても燎次にしてはまだまだらしい。
と言うかあれだよね、大きな声を張り上げるのってちょっと恥ずかしいよね。
自棄になって大声を張り上げれば、
「でかい声出せば良いってもんじゃねぇぞ!なめてんのかてめえ」
なんて言われる。
それでも、何度も繰り返す事に罵声は少なくなり、ちょくちょく誉め言葉も言われるようになった。
…………表情について以外は。
「なぁ、何で笑わないの?なめてんのか?なめてるよな?」
「いや、至って本気ですが」
「じゃあ、喧嘩売ってんのか?そうなんだな?そうなんだろう」
「そんなもん売って無いですよ」
私が売るのは菓子とオルゴールの音色だけだ。
「じゃあとっとと笑え」
「はい」
風兎は笑顔を浮かべた。
「………………おい」
「何でしょう」
「俺の言葉が聞こえなかったのか?」
「笑え、ですよね。
笑ってますよ?」
「…………お前の表情筋は一体どうなっているんだ?」
燎次は可哀想なものを見る目で風兎を見ている。
風兎はだんだん面倒くさくなってきた。
「昔から誰がどうしようが私は笑えた試しが無いんで」
「……何で?」
「人生には色々あるんです」
風兎が含みを持たせて言うと燎次は黙り込み、もう笑顔については何も言わなくなった。
練習は朝から始まり、昼食を挟んで夕方にやっと終わった。
ずっと声を張り上げていたため、喉が痛い。
水を貰って飲んでみたが今一だったので、のど飴を嘗めることにした。
うん、やっぱり現代のお菓子最高。
喉の痛みが和らいだ。
そして何より美味しい。 キシリトール凄い。
一通りのど飴を賛称する。
夕食後、片付けを手伝っていると燎次に呼ばれた。
他の人に後をまかせて燎次の傍に行く。
「どうしました?」
「……あー、その、大丈夫か?」
大丈夫かと聞かれても何が大丈夫なのか分からない。
「あれだ、喉はどうだ」
その言葉にやっと理解がいった。
「あぁ、喉は大分良くなりました」
のど飴食べたし。
と心中で付け足す。
「そ、そうか、なら良かった……」
話は終わった気がするが何か言いたげな雰囲気を醸し出している。
「何か?」
「へっ!?」
肩をビクリっと震わせた。
あれ?気のせいだったか?
「すみません、気のせいならいいんです」
「あ、いや、いいんだ。……やる」
何かを手に押し付けられた。
視線を落とすと、白い固まりが数個紙に包まれている。
何だろう、これ。
風兎が訝しげな視線を向けるとあわあわと言葉を続ける燎次。
「あんだけ、練習したんだ、明日変な声になっても知らねえぞ……それ舐めとけ、喉に良いぞ」
どうやら、気遣ってくれたらしいと気付いた。
「ありがとうございます」
微笑んでお礼を言う。
笑えないと言った風兎だが、この時確かに笑顔を浮かべていた。
「!?
わ、笑っ……!?」
「?
どうかしましたか?」
「あ……」
何故か残念そうな顔をされた。
「いやべ、別にお前のためじゃないからな。勘違いするな」
私に渡したのに私のためじゃないって……。
心中で思わず苦笑する。
ツンデレって何処の時代にもあるんだなぁ
と思った。
ん?時代?
そういえば、タイムトリップと思っていたが、今は何時代なのだろうか。
「あの、一つ聞いて良いですか?」
「何だ?」
「今って何時代ですか?」
「時代?」
「えぇっと、今の年号を教えて下さい」
「今か?今は天慶二年だ」
「てんぎょう?」
親切にも地面に字を書いて教えてくれた。
何か、平成よりもカッコイイ感じがする。
ってそれどころじゃない!
天慶二年って言われても何時代か分からないじゃないか!
「えぇっと、最近、何か大きな事件はありましたか?」
「大きな事件……?あぁ、そう言えば五日程前に俘囚が反乱を起こしたって聞いたな」
「ふしゅう……?」
何か難しい単語が出てきた。
「そんな事も知らねぇのか!?」
「はぁ、学が無いもんで」
ポリポリと顔をかく。
「しょうがねぇなぁ、教えてやるから有り難く思え。
俘囚ってのはなぁ、朝廷の支配に属するようになった物の事だ。まあ、要するに奴隷やその土地の事だな」
「つまりは植民地みたいな物ですか?」
「しょくみんち?何だそれ?」
なるほど、まだ植民地という概念が無いようだ。
風兎は作業着のポケットからある物を取り出す。
昨日、寝る前に自分の所持品を確認した所、ポケットの一つからこれが出てきたのだ。
普段はメモ変わりにしか使わなかったけれど、もしかしたら今はこの上ない強い味方になるかも知れないと風兎は密かに期待している。
「ん?何だそれ?」
風兎の手にある物を見て燎次が聞いてきた。
それに対して意気揚々と返答した。
「頼れる味方、電子手帳!!!」