商談、冗談?
ちょっと血迷った感のあるサブタイトルです。
「うぅ……しっぽ…!」
名残惜しげに燎次の尻尾に向かって手を伸ばす風兎を二三がずりずりと引きずり去っていく。
「ほらほら、商談が上手くまとまったら好きなだけ尻尾触っていいから」
「よし行こう!さぁ行こう!!さっさとこの商談をまとめてやる」
俄然やる気が沸いてきた。
「あぁ、ちょぉっと待った」
直ぐに殿様のいる部屋に入ろうとする風兎を二三は制止して鏡の前に立たせる。
「ほらぁ、あんなに擦り付けるから紅が取れちゃってるじゃない。
塗ってあげるからジッとしてね。
あぁ、あぁ、こんなに顔を燎次のまみれにしちゃって」
「ぶふぅっ!」
「なぁに、燎次。いきなり吹き出してぇ」
「い、いや……別に」
紅を塗って貰いながら鏡越しに見ると顔を赤くした燎次がいた。
一体どうしたんだろうか。
「よぉし、できた。
じゃあ、算盤持った?」
「持った」
二三の言葉に懐から算盤を取り出す。
「帳簿は持った?」
「持った」
二三の言葉に懐から帳簿を取り出す。
「陣内矢立は持った?」
「持った」
二三の言葉に懐から陣内矢立と言われる筆と墨壷が一緒になった、筆ペンの元祖みたいな物を取り出す。
「手拭いとちりかみは持った?」
「持った」
二三の言葉に(以下同文)
「他には……」
「まだあるのか!?」
燎次からツッコミが入れられた。
「やぁねぇ、勝負所で手を抜く何て愚策にも程があるじゃない」
「いや、まぁそうだけどなかったら直ぐにこっちから持っていけるしいいんじゃないか?」
「それも作戦に組み込まれているから大丈夫よ」
「…………もう何も言うまい」
燎次は呆れた表情を浮かべる。
「合言葉は?」
「女は度胸」
「何だそれ!?」
「燎次、黙ってなさい」
「燎次、うるさい」
風兎と二三のダブルコンボにより燎次は撃沈した。
「そうそう風兎ちゃん、もし殿様が『これの製作者はお主か』って言ってきたらぁ『いいえ、私の知人の男性が作っております』って答えるのよぅ?」
「?、分かったが何故だ?」
「才ある女の肝は美味……てね、詳しい話は座に戻ってからするわぁ」
「分かった」
良く言っている意味が分からなかったが後で説明してくれると言っているしまぁ良いかと意識を商談用に切り換える。
あの殿様に出来るだけ金を出させるのだ、現代の経験と燎次に教わった話術、そして二三に教わった手管を全力で駆使する。
「じゃあ行くわよぅ?」
「あぁ」
二三と二人で殿様の待ち構えている部屋に踏み込んだ。
結果
扇風機三台を計金75両でお買い上げいただいた。
現代で換算すると約372万円。
わぁお、日給372万ってこの時代では中々無いのではなかろうか。
あの手この手で値段を吊り上げたかいがあったと緩みそうな頬を抑えて退室する。
これを後で風兎と六、座長の三人で分前として分配するがそれでも100万は堅い。
二三の言ったとおり製作者を聞かれたのでアドバイスに従ったら残念そうな顔を浮かべていた。
打ち合わせで扇風機の側面に家紋や模様を彫る事が決まったので帰ったら早速彫る作業に入るつもりだ。
お金は扇風機が出来てから受け取る手筈だが、手に入れたお金で何をしようかと皮算用を始めた風兎。
考え事に集中していたためその背後に忍び寄る陰に気付くのが遅れた。
「捕まえたあ!」
「うわぁ!」
逃げられないように幾本の腕で素早く拘束される。
我が身を拘束している者を首だけ振り返って見た。
「……お化粧係さんがた」
「逃がさないわよ、帰りは衣装を交換しても良いけど化粧はばっちりさせて貰うから」
「こっちには人質で風兎ちゃんの服があるわよ」
「逃げきれると思わない事ね」
たらり、と汗が頬を伝う風兎は悪あがきをする。
「いや、あれに化粧は似合わないかと」
「そこは腕の見せ所ってやつね」
「私らの腕にかかれば絶世の美青年にしてあげるから」
「び、美青年?」
何か性別が違うぞ。
「少しばかり背は足りないけど、風兎ちゃんの顔は男でも女でもいける顔だもの」
「腕がなるわぁ」
「立派な二枚目にして上げるから期待しててね」
「少なくとも燎次よりは上にするから安心してね」
「はぁ……」
女物の化粧で無いのならまぁ良いかと風兎は現状に流される事にした。
これが後に『幻の美青年』と事情を知らない者により噂になるがそれはまた別の話。




