もふもふは正義である
あの毛並みとかを堪能する時は至福の時間だと思います。
……その時の自分の顔がどうなっているかは想像したくないですがね。
何ということだ。
燎次の口の衝撃発言に開いた口がふさがらない。
もう一度言おう、何ということだ。
「ち、厨二病……」
燎次は厨二病だったのか……!
風兎の言葉に燎次は箱から顔を上げた。
「あ?ちゅーにびょー?何だそれ?」
燎次の質問に風兎は淀みなくすらすらと答えた。
「……厨二病と言うのは思春期の子供特有の病で、思春期にありがちな自意識過剰やコンプレックスから発する、一部の言語傾向を揶揄した俗語。
例を言えば「くっ、俺の封印されし右腕が!やばい、暴走する!!!」みたいな端から見ると痛々しいこの上ない発言をしたりする。
これが後に本人にとっての黒歴史になる」
「別に俺はちゅーにびょーじゃないからな!?」
「ふ、厨二病患者は自身が厨二病とは気付いていない、故に過ちを犯す」
「だからちげーって」
「…………」
「何だその『はいはい、分かった。そう言うことにしといてやろう』って顔は!
腹立つなこいつ!!!」
地団駄を踏む燎次を生暖かい目で見る風兎。
内心はもうすぐ20歳になるであろう人間がないわーである。
「いいか!良く聞け!
俺はちゅーにびょーじゃない!大体、お前も同類じゃないか!!」
「はぁ?」
何を言い出すんだこいつはと訝しむ。
「はぁ?じゃねぇよ、そんだけ妖気だしてたら誰だって気付くだろうが!」
「ようき?」
容器、陽気、妖気、容疑、どれだ?
「妖気!あやかしの気!
お前だってかなりの妖気持ってるだろうが、言おう言おうと思ってたが今言わせて貰う。
本性何かは知らんがちったぁ妖気押さえろ、そんなんだから座の全員と仲良くなれないんだ」
「いやいや、今度はマジで意味分からない」
なんで勝手に人外認定されているんだ自分?
「いや、だからお前妖怪だろ?」
「いや、普通に人間だけど?」
「え?」
「え?」
唖然。
ポカーンと口を開けた燎次の表情はまさにそれだ。
対する風兎はいつもと変わらない無表情だが、困惑の雰囲気を醸し出している。
「にん、げん?」
「yes、人間。
妖怪?」
「いえす、妖怪」
気まずそうな表情の燎次だが、風兎はどういった反応を返せば良いのか悩んでいる。
どうすれば厨二病患者に勝手に授けられた設定を退けられる?
もういっそのこと設定に乗っかろうか?
いや無理、後から思い出したら悶死すること間違いなし。
しばらく脳内会議を開いた結果。
「…………」
優しく微笑んで燎次の肩を叩いてその場を移動する。
「……て、ちょっと待てぃ!!」
後ろから瞬時にツッコミが入れられた。
そろそろ対応するのが面倒くさくなってきたが仕方なく振り返り対峙する。
「お前、信じていないな?」
「信じるも何も燎次にとってはそれが真実なんだろう?」
「俺じゃなくてお前にもってああああ!面倒くさい!!」
周囲をキョロキョロと見渡してから燎次は風兎を衝立の陰に引っ張った。
「ちょっと見ろ!」
そう言った途端燎次の背後にうぞぞぞぞと何かが現れた。
「!?」
思わず身構える風兎。
現れた何か、それは九つにわかれて燎次の背後に垂れ下がっている。
一つ一つが白い毛に覆われ、もふもふとした、立派な……尻尾だ。
「尻尾っ!?」
「おう、耳もあるぞ」
その言葉に姿勢を上に上げると燎次の黒い頭にはこれまた白い獣耳が鎮座している。
「おおぅ!」
「これで信じたか?」
「信じる、信じるよこれは……じゅるり」
「…………おい?」
燎次の言葉に上の空で返答する風兎、その目は燎次の尻尾に釘付けである。
「……も」
「も?」
小さく呟いた風兎の言葉を聞き取ろうと燎次が身を屈めた。
「もふもふじゃあ!!」
「!?」
風兎の叫び声に思わず燎次が獣耳を伏せて硬直した。
風兎は瞬時に燎次の背後に回り込むと、無造作に尻尾を一本掴んだ。
「ふわっ!」
「もふもふ!」
「ちょっ、待っ!うっ、止め……!」
制止しようとした燎次だが、風兎の行動はそれより早かく手が動き始める。
そして何も考えずにもふりまくった。
「風兎ちゃーん?どこー?」
劇が終わり風兎を探し回る二三に座員の一人が話しかける。
「風兎さんならさっき衝立の裏に引きずり込まれてたぜ?」
「引きずっ、誰に!?」
「燎次。お盛んだよな」
「あのヘタレの燎次が!?」
「おぅ、ヘタレの燎次がだ」
「……無理矢理だったらあいつの男としての人生終わらせてやるわっ!!」
「いや、冗談だぞ?」
「……分かってるわよ?」
「いや、目が本気だったんだが」
軽口を叩いて衝立へと向かう二三。
「風兎ちゃーん、そろそろ商談の準備を……」
何気なく衝立の陰を覗いた二三は硬直した。
そこには確かに風兎と燎次がいた。
胸元がはだけた着物、そこから桃色に染まった肌が覗く。
上気した頬、潤んだ瞳、荒い呼吸。
力なくしゃがみこんでいるその姿は正に
「襲われた生娘?」
「違うっ!」
襲われた生娘姿の燎次が叫んだ。
風兎は燎次の後ろで恍惚とした表情で尻尾の束を抱き締め、頬擦りしている。
いつもの無表情とはえらい違いである。
普段の風兎は燎次に、と言うか他人には決してこんな表情を見せない。
それが尻尾一つ、というか9本でこの表情だ。
尻尾に負けたのか、と思わず爆笑する二三であった。




