牛乳の歴史
牛乳は物によって味や甘味が全然違うので面白いと思います。
前回、武蔵国が出てきましたが平安時代に呼ばれていたのかは知りません。
私の予想では戦国時代から呼ばれていそうな気がします。
無理心中野郎への怒りを抑えるのにしばらく時間が要った。
まぁ、なにはともあれトリップ?してしまったのだから今は原因について考えても仕方がないと風兎は開き直る事にした。
問題は「帰れるのか?」だがこれも今考えても何か有効な解決策が思いつくとも思えないし、何より帰れないかもしれないというネガティブ思考になりそうな予感が薄々するので考えないことにする。
いつ元の世界に戻れるか分からないが今、さしあたっての問題は当面の生活についてだ。
食事については菓子類が腐るほど、でもないが大量にポケットに入っているからそれがあれば何か十日位なら生きられる無意味な自信はある。
寝る場所も、昨日みたいにすればまぁしばらくは大丈夫だろう。
だが、菓子類などが無くなったら?
まだ肌寒いこの季節、外で寝ていて風邪をひいたりしたら?
自分は今は無一文の状態だ。
春とは言えまだ木の実がなっている訳でもないから食べる物は少ないはずだし、風邪は放っといたら治ることもあるが、万病のもととも言い拗らせたら自分で治すはことはできない。
ロボットならともかく人間は専門外なのだから。
このままだとすぐに野たれ死ぬことになること間違いなし。
発明以外に何か取り柄があるのかと聞かれたら風兎は自信を持ってこう答えられる。
「そんなもの無い!!」
手品とか隠し芸みたいな事ができたら大道芸人として生きていけそうな気はするが、無いものは無い。
これではあまりにも先行き不安だ。
さて、どうしようか。
何気なく辺りを見渡した時、道の端に藁で編んだ布みたいな物を地面に敷いて物を売っている人がいた。
「ふむ…………」
………………………………
「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。珍しい南蛮の甘味だぞー!これはここでしか手に入らない物だよ!あ、奥さんお一つどうです?」
道で物を売っていた人から地面に敷いていた物、蓙を借り、ポケットの中に入っていた飴やクッキー、チューインキャンディ、チョコレート等のお菓子を並べて道行く人たちに声をかけていく。
物珍しそうに眺める人はいれども買おうとする人はなかなか現れない。
そういえば、私のこの作業着に白衣といった恰好は怪しいんだった。
怪しい人が売っている怪しい物……うん、私なら何も買わないな。絶対に。
自分を客観的に見て判断したがでも売らない訳にはいかないからちょっと手法を変えてみる事にする。
「そこのお嬢ちゃん、これ、少し食べてみな」
さっきから興味深々といった感じで少し離れた所からジーと見つめてくる着物を着たおかっぱの少女を手招きして引き寄せ、板チョコを少し割って渡す。
「……いいの?」
「いいんだよ。ちょっと、食べてみなよ」
女の子は渡されたチョコレートの匂いを嗅ぎ、恐る恐る口にチビッと入れる。
「うわぁ!あまい、おいしい!」
パアッと顔を綻ばせた。
「そこの旦那も一ついかがです?」
これまた少し離れた所から見ていた三十代半ばあたりの男にも少し割って渡す。
男も匂いを嗅ぎ、恐る恐る口に入れ、
「おぉー!!美味いな、これ!」
驚いた表情で言った。
この様子を見ていた人達が興味をひかれ寄ってくるのを見て、ここぞとばかりにアピールする。
「だろ?しかもこれは甘くて美味いだけじゃなく体にも良いんだ。
栄養価が高いから風邪の時なんかにゃ体力を回復するのに役立ってくれたりもなったりするし、。
旦那、何だか段々体がぽかぽかしてこないかい?」
「言われてみれば……そのような気が……」
「これは酒みたいに体を暖めてくれたりするんだよ。
これがあれば山で遭難してもしばらくは生きていられる。
南米の国からきたカカオって言う物から作られるんだ。」
「南米?」
聞きなれない言葉らしい。
「お国の外の海の遥か彼方にある遠い遠い国だよ。
まぁ、だからこれは他の物よりもだいぶ珍しくてね、今日を逃したらもう一生手に入らないかもしれない」
その言葉にそんなに珍しいのかと周りがどよめく。
「値はちと張るが、食べて損はさせないよ。
あぁ、そうだ兄ちゃん、蕎麦って一杯いくらだか分かるかい?」
唐突な質問に訝しげな表情をするも、問われた青年は答えてくれた。
「確か一杯17文だ」
「そうかい、ありがとう。
あぁ話は戻るがチョコレートの値は一欠片25文だ。高いと思った人はこっちの飴を食べるといい。
これは『みるきぃ』て言う物だが、これもただの飴じゃない、世にも珍しい牛乳から出来た飴だよ」
「牛乳!?」
「そうだよ、知らないかい?」
「いや、知ってるが……」
子供たちは不思議そうな顔をしているが、大人たちは困ったような表情だ。
「どうした?」
とりあえず聞いてみた。
「牛乳ってのは、御上とか貴族様みてぇな偉い人達が口にする物だろ?俺たちみてぇなのが口にする何て畏れ多くていけねぇや」
牛乳ってそんな大層な物だったのか!?
聞いてみると現代では風呂上がりに腰に手をあてて飲む物だが、この時代では御上や貴族御用達の貴重な栄養食品らしい。
知らんかった…………。
流石にこれには驚いた風兎だが、内面とは裏腹にその表情筋はピクリとも動いていない。
「別に御上や貴族が『口にするな』と言っている訳では無いんだろ?」
「それは、そうだが……」
「禁止されていないんだったら別食べる事に遠慮しなくても良いと思うぞ?
御上や貴族は日常的に白米を食べる、その白米はあんたらが精魂込めて作った物だしあんたらだってたまには白米を食べるだろ?
牛乳だってあんたらが作って献上しているんだ。それと同じであんたらも食べる権利はあると私は思うのだが」
生産者あってこその流通だ。
色々階級とか言うのを付けてはいるが人間なんてみんな同じ、階級も所詮記号でしかないのだから。
もちろん、これは私個人の考えだし理解して貰おうとは思っていない。
が、生活がかかっているし買って貰わないと困るのでとりあえず力説する。
「「「…………」」」
あ、あれ?
皆黙りこんでしまった。
やはり何か不味いことを言ってしまったのだろうか…………。
道は賑やかだが、この一角だけあまりにも静か過ぎて段々と焦りだす。
「あっはははは!」
静寂が大きな笑い声で破られた。
皆そちらに目をやると、恰幅の良い頭に手ぬぐいを巻いた女の人が腹を抱えて笑っていた。
彼女の笑いはなかなか治まらなかった、最終的には涙を流しヒーヒー言いながらむせるまで続いた。
「げふっ、ごほぉっ!……あぁ、笑った笑った」
涙を拭い、やっと話し出す。
「悪いねぇ、そのあんちゃんが言ってる事があまりにも豪快でつい笑っちゃったよ」
(((どちらかと言うと貴女の笑いかたのほうが豪快です)))
満場一致でその場にいる全員が思った。
「確かにこの国じゃあ、牛乳はお偉いさん達しか口にできない。
でもあんちゃんが言った通り誰にも止められて無いしそれらはあたしらが作った物だ。
ちぃと位ならおこぼれにさずかってもいいんじゃないかい?」
そう言うとぱちりとウインクしてみせた。
「く、あっはははは!ちげぇねぇや」
おばちゃんの言葉を聞いて周りの人達が爆笑する。
正直、笑う場所が分からない風兎は沈黙を貫く。
「良し!あんちゃん、俺は一つ買うぜ、そのみるけぇ?だかを」
「私も買うわ」
「俺には三つな!」
「え?あ、あぁ、ありがとうございます!15文です」
呆けてしまい、一瞬何を言われたのか分からなかったが我にかえり慌ててみるきぃを渡し値段を言う。
「ほい、じゃあそのいきで頑張りなよ」
おばちゃんから労いの言葉とともにお金を受け取る。
初めて手に入れたこの世界のお金に少し感動した。
…………それにしても、さっき場所を聞いた人といい、この人たちといい、何で皆が皆私の事を男だと思うんだ?
と風兎は内心首をひねった。
そして思い付く。
やっぱり胸か!?
あまりにも胸が無いからそう思われるのか!?
そんな複雑な風兎の心中の葛藤を他所に、菓子類は飛ぶように売れたのだった。
2013.12/30 修正