ぶらり、温泉旅〜不審者との遭遇編〜
「ふぃ〜、暑い………」
迎えが来るのを待つ間、温泉につかって火照った体を冷ます。
丁度良い大きさと形の岩があって良かった。
岩の冷たさが体の熱に丁度良い。
晴披が超特急で作ってくれた服は、とてもじゃないが一日で作られたとは思えない程素晴らしい出来映えだった。
服の形は風兎が着ていた物を参考としているため、見た目は現代の服に近からずとも遠からずな感じだ。
無理矢理風兎が知っているのに当てはめて言うならば
作業着→オーバーオール
白衣→コート
みたいな感じだ。
いや、普通に考えるとオーバーオールにコート何てダサい事極まりないのだが、そこは晴披クオリティ。
何か黒を基調としたシックでカッコイイ雰囲気が醸し出される様な様式になっている。
風兎個人は素晴らしい出来だと思っているのだが、本人によるとこれは未完成品らしい。
何でも、
「あなたの着ている服のあの素材!!あの素晴らしい素材を何としても僕が作りだして見せます!!!なのでそれまではその服は未完成品です。すみません」
とか言っていた。
問題のその素材を作るにはまず、石油を準備する段階から始まるので完成することは恐らく永遠に来ないだろうと風兎は予想している。
話は戻るが最初は晴披はこうミステリアスな雰囲気を出したがったが、風兎は動きやすさと物の収納性を追求したかった。
なにぶん、工具やら菓子やら物が多いのでそこは譲れない。
なのでお互いの妥協点として幾つもの隠しポケットを付ける事になった。
どう言う構造なのかは知らないが着替えの時に前の服に入れていた工具やお菓子や電子辞書などをいれたのだがあら不思議。
入れても入れてもいくらでも入る上に外から見てもポケットが付いているなんて全く分からない。
まるで魔法のようだ。
まさに晴披クオリティ。
さすがに靴は再現出来なかったからそのままなのだがまあ、概ね自分の要求通りに事が進んで嬉しい事この上ないと鼻歌混じりにスパナを弄って晴披を待つ。
と、それまで座っていた岩を飛び降りながら右足を軸に反転し、自分の顔の前辺りに右手でスパナを構える。
キーンッ
金属と金属がぶつかり合う甲高い音が辺りに響いた。
「チッ」
見ると、刀を持った頬に傷跡のある男がいた。
大体、二十代後半辺りだろうか。
服も着物だし、見るからにこの時代の人だ。
「危ないなぁー、怪我でもしたらどうしてくれるんだよ」
軽口を叩きながらもスパナに込めた力は緩めない。
「怪我では済まさん。命を頂きに参った」
「命をって………それは勘弁だな」
「ふん、元よりお主の話なんぞ聞かず奪うつもりだ!」
相手は刀に込めていた力を巧く横にずらしてスパナを握っていた指を狙ってきた。
「おっと!」
慌てて手首を反して刀を弾き、男と距離を取る。
「うーん、やっぱり鍔が無いとどうにも………」
「何をぶつぶつ言っている。随分と余裕があるようだな!」
相手にされていないと思ったのか怒気を放って再び男が刀を振り上げ、襲いかかってきた。
袈裟懸けに切りかかって来る刀の腹のを横から無造作に弾く。
男の体勢が若干右に傾いたのを横目で確認しつつ刀を弾いた勢いを利用して体を回転させ、回し蹴りを放つ。
反撃が来るとは思わなかったのか、勢いの乗った蹴りは上手く男の腹に入った。
「ぐふぅっ!」
「もう一丁っと」
腹を押さえて隙が出来た男の顎にハイキックを入れる。
顎からの衝撃は脳に届いただろう、男はしばらく静止した後にゆっくりと白眼を剥いて刀を構えたまま崩れ落ちた。
「おーい」
ちょいちょいと爪先で突っついてみるが反応は無い。
この時代は戦ってイメージがあるので強い人が多いのかと思っていたのだが、意外とあっけなかったなと言う感想を抱く。
完全に落ちたと判断し、男の手から刀を、腰から鞘を奪い取り敢えず自分の服に引っかける。
懐中時計を見るに晴披が迎えに来るまで後十分。
いつ男が目を覚ますか分からない状況で十分何もせずに放置するのはあまりにも危険だ。
どうしようか。
「………あ、そうだ」
良いこと思い付いた!!
「風兎さん?まだ温泉浸かってます?」
「大丈夫だ、ちょっと来てくれないか」
迎えに来た晴披を呼び寄せる。
「どうかし………え…?」
茂みを出てその場を見た晴披は絶句した。
温泉の湯気漂う中、堂々とした自信に溢れた男装の麗人が肩に何か長い棒をトントンと軽く打ち付けながら自分の作った服を来て立っている。
彼女の放つ、少しだれた雰囲気と黒を基調とした服が良い感じに合わさり謎めいた印象を見る者に抱かせる。
自分の想像通り、否、それ以上に服を着こなしているその姿に感嘆する。
そこまでは良い。
そこまでは良いのだ。
問題は彼女の視線の先にある物だ。
そこには、
奇妙な格好に縛られ、木に吊るされて気絶している男の姿があった。
晴披は彼女の姿とその周りの状況に絶句したのだ。
「な、何ですかそれ!?」
「ん?ああ、亀甲縛りって言うらしい。ほら、この辺りが亀の甲羅みたいだろ?」
「あ、本当だ……凄い……っじゃなくて!!何ですかこの状況!?」
「いや、いきなりコレ持って襲いかかられたからちょっと応戦したらこの様だ。
思ったより歯ごたえも無かったしあっけなかったな」
「あっけなかったって………刀じゃないですか、それ!!
もっと他に言うべき事は無いのですか!?」
「つまらなかった」
「言うに事欠いてそれ!?そんな言葉求めていませんから!!」
晴披の言葉に首を傾げる。
その姿を見て晴披ははぁっと重いため息を吐くと言った。
「………怪我は無いですか?」
「ああ、見ての通り無傷だが?」
「それは良かった」
安堵の表情を浮かべた晴披にまたもや首を傾げる。
「それが言うべき事なのか?」
「はぁ!?それ、本気ですか!?」
「ああ」
あっさり頷いた風兎に晴披は信じられないといった顔をした。
「心配だからに決まっているでしょう」
「何故?男は弱かったし私が怪我をしていないことは分かっただろう。
心配する要素は何一つないはずだが」
「要素ならたくさんありますよ!!
あなたは僕の、というか僕らの大切な仲間ですし、たった1週間ばかししか過ごしていないにも関わらずあなたがとても良い人だということはみんなが知っています。
それに何より、あなたは女性なのですよ?」
女性、晴披の言った言葉に風兎はいつもの無表情から一転しきょとんとした顔をした後、ああっと頷いた。
「そう言われれば私は女だったな、忘れてた」
「はあ!?忘れてた!?自分の性別をですか!?」
「いや、今まで女扱いなんて殆どされた事無かったし………」
自分の身は自分で守れと言われてきたしなと言った風兎に晴披は唖然とした。
「あなたの家はお子さんに一体どんな教育を………」
「主に放任主義だな」
「放任しすぎでしょう!」
彼女の性別が勘違いされやすいのには見た目の他に自分の性別に対する認識が希薄だからという要因もあったのだと気付き、先を思い浮かべてああ、頭が痛いと晴披は呟いた。
話が一段落した所でまだ目を覚まさない男の諸行を晴披と話し合う。
「やっぱり、検非違使に突きだすのが一番だと思いますよ」
「検非違使かー」
検非違使とは、現代で言う警察の事だ。
古典の羅生門に出てきたからそれは覚えている。
確かに、命を狙って襲われた=殺人未遂。
普通ならここで警察に頼るだろう、だが
「検非違使って信用できるのか?」
「信用?」
「例えば、金を積まれて罪を見逃す、犯人を見つけたら脅して金をせびる、捜査すると口では言いつつも実際には何もしないっとか」
私はとある事件から警察を信頼していないっと言うか警察に不信感を持っている。
名前は違えど警察は警察、本当に大丈夫なのかと不安になる。
「まあ、確かに中にはそう言う人もいるかもしれませんね」
あっさりと晴披は頷いた。
そして、でもねと言葉を続ける。
「検非違使の人間全てがそうとは決まっていませんよ。
心配なら、僕のつてを使って信頼の出来る人にこの件を任せませんか?」
「つて?」
「はい、貴族の流行には僕たちみたいなどさまわりが関係することもあるんです。
僕は衣装係ですから貴族の方に衣装について聞かれる事はしょっちゅうあるんですよ。
ですので、それが縁で親しくさせて頂いている方も多いんです」
「へぇ、なるほど」
「検非違使である程度の権力と地位があって、正義感が強くて不正な圧力には屈しない、そんな理想的な方が丁度いるのでその方にお任せします。
だから、僕を信じて任せてくれませんか?」
じっと真っ直ぐに目を見つめてくる晴披を見て、少しだけ、少しだけ信じてみようと思った。
「分かった、信じるよ」
その言葉を聞いて晴披はふわりと柔らかい笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます」
何だか照れくさくさって視線を反らしながら話も反らす。
「それで、この男はそれまでどうする?」
風兎個人としてはそのまま放置が楽しくて良いと思っている。
「うーん、そうですねぇ………面倒臭いのでこのままにしておきましょうか」
どうやら晴披も同じ考えのようだった。
「これって、暴れて縄が切れたりしないんですか?」
「そう簡単には切れない縛り方が亀甲縛りと言う物」
「そうですか。
では、恐怖感を与えると共に万が一にも騒がれて人に見つからない様に猿轡と、目隠しも付けておきましょうか。
折角の秘湯ですからあまり人に見つかって欲しくありませんし」
そう言いながら男に猿轡と目隠しをする晴披。
訂正。
晴披の方が若干考えがSよりだった。
見た目紳士なのに中身Sとか、どこの少女漫画に出てくるキャラだよ。
「ん?何か言いましたか風兎さん?」
「いえ、何も」
その上勘も鋭い。
………あまり、関わらない様にしようと風兎は心のメモ帳に追加した。
「そうだ、帰ったら新しい着物の様式を思い付いたので、僕の作業場に着て下さいね」
………どうやらそういう訳にもいかないようだ。
心中でため息を吐き、晴披と一緒に帰路に着いた。
そういえばこれ(刀)、どうしよう?




