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閑話休題(燎次その3)

 わいわい、がやがや、ざわざわ


 舞台の袖から見ると、観客席は超満員だった。

 見ると、風兎は幕の布を握りしめてじっとその様子を見ている。


 「………大丈夫か?」


 話しかけるがボーとしたままで視線が定まらない。

 かなりキテるな。

 えーと、確か、緊張をほぐすまじないがあったような………あ、あれだ!



 「あー、………その、あれだ……人は芋だと思って手のひらに芋の字を書いて飲み込むと良いぞ」


 ………何か、考え込み始めた。

 あれ、間違えたか?

 確かあれであっていると思ったんだが………余計な事をしたら余計に緊張してしまうし、えっと、後は何があったんだっけか?


 うーん、と考え込む。


 ああ、思い出した。


 ポンっと手を打ちならし言った。


 「それと、あと、ええっと、あれだ!息を深く吸って吐くと良い」


 その言葉を聞いて、風兎は頷いた。


 「緊張を解そうとしてくれたんだな?」

 「………緊張するのは分かる………。俺もそうだったし、」


 初舞台を思い出す。

 懐かしい。


 しみじみとしていたが、その思いは風兎の次の言葉に吹き飛んだ。


 「いや、全く緊張していないんだが」

 「へ?」


 「人前に出て何かをするのは平気だ」

 「え、じゃあ、さっきの幕握りしめてたりとか覗いてたのは………?」

 「ああ、あれか。

 あれは客の入り具合を見たかったのと、その幕の辺りが板が薄いっぽくて抜けそうだから抜けるの予防に軽く体を支える物が欲しかったからだな」


 言いたい事は分かったが疑問が浮かぶ。


 「ならなんでそんな危ない場所から見てるんだ?」

 「いやだって、他に見える場所ないだろう?」


 風兎の言葉に辺りを見渡す。

 舞台の袖は混雑、他の布の隙間には荷物の山……納得したが、床が薄いと言うのは良く分からない。

 だってそここの間修理したばっかだぞ?


 「……本当か?」


 疑うならどうぞと場所を指し示された。。


 指し示した場所にそっと片足を乗せる。

 その足に体重をかけた。


 バキッ!


 軽い音でその板は折れた。

 片足が床に嵌まる。


 「こらぁぁぁああぁー!!!!!燎次!!!!テメェ、舞台壊すな!!!」

 「愛情持って接しろっていっつも言ってんだろうがい!!!!!!!」

 「夕食いらないのかい!?!」


 とたんあっちこっちから飛んでくる罵声。


 あああああ!!!!!

 またやってしまった!!!?


 先週は壁に穴を空け、先々週は車輪を壊し、その前の週は衣装を破き、と次々に引かれていく給料を思い出し、泣きそうになる。


 足を抜くのに風兎に手を借りる。


 「すまない」


 謝られてしまった。


 「いや、良いんだ。もっと床が頑丈か確かめる方法はあったんだし、お前は危ないからと注意をしてくれただけだ。

 ………最終的に壊したのは俺だし……」


 言っている間に落ち込んできた。


 「あー、やっぱしまた給料から引かれんのかなぁこれ。先月もその前も、と言うか毎月三回はやっちまう俺って………ハハ」


 控え室の隅の方で三角座りをし、呟く。


 あー、落ち着く。




 しばらくやっていたら気分が浮上してきた。

 そう言えばっと風兎を探すと丁度舞台にあがる時だった。


 先ほどの台詞通りその背中からは緊張と言う感情は感じられない。


 風兎は練習通り様々な話術を駆使し、『おるごうる』とは何かを説明し、観客の関心を集中させる。

 そして、あの奇妙な着物から『おるごうる』を取り出した。

 銀色の飾りや石を散りばめた細かな細工で覆われており、それらは光に煌めいて見える。


 一通り視線を釘付けにしてから、風兎は静かに箱を開いた。

 とたんに流れる聞いたことの無い音で流される異国の音色。

 見たことの無いカラクリに観客は驚く。

 そして、音が切れた所で静かに蓋を閉めると風兎は優雅に一礼をした。

 しばらくの沈黙の後、わっと沸き立つ観客。


 うん、どうやら初舞台は大成功らしい。

 大量のおひねりが舞台に投げ込まれている。

 痛そうだなぁ。




 その日の夜、風兎の初舞台成功を祝っての宴会が行われた。


 「「「「乾杯っ!!!」」」


 酒やらお茶やらが注がれた木の碗が一斉に打ち合わされる。

 そして、その場にいる全員が例外無くそれをイッキ飲みをする。


 元々、一座にいる奴らはノリが良いのばっかりだ。

 こういう宴会時にはもの凄く盛り上がる。

 かく言う俺も、その一人だ。


 「お、飲んでるねぇ燎次」


 上機嫌で酒を煽っていると、二三ふみが話しかけてきた。


 二三はうちの座きっての演劇女優で、

 涙黒子のある少しつり上がった目がとても蠱惑的だと評判だ。

 緩く波打っている腰まである黒髪を頭の天辺で一つにまとめている。

 今は酒が入り、頬や少しはだけた胸元などがうっすらと朱に染まっており、色気が倍増していて半端ない状態になっている。


 そんな彼女の姿を見て、数人の野郎どもが顔を赤くしているのを見つけ、ため息を吐いた。


 「二三、少しは色気を抑えろ。それ位はできるだろう?」

 「あらぁ、相も変わらず面白味のない男ねぇ」


 ケラケラと笑いながら服装を整える二三。

 その間に頬の赤みもひいていく。


 「本当、呆れる位の演技力だな」

 「お褒めに預かり光栄よぅ。

 折角、この後風兎くんをからかいに行こうと思ったのにぃ」

 「止めろ」

 「冗談よぉ」


 ケラケラと笑い、持っていた酒瓶を地面に置いて隣に座る。

 どちらからともなくその酒をそれぞれの器に入れ、軽く打ち合わせて飲む。


 「風兎くん凄かったわねぇ、初舞台とは思えない位堂々としててかっこよかったわぁ」

 「………ふん、まあまあだったんじゃないか?」

 「またまたぁ、そうな事言って実は嬉しかったんじゃないの?自分の教え子が大成功したんだから」

 「俺が直々に教え込んだんだ、当たり前だ」

 「あっはははは、それもそうかもねぇ」


 心底愉快そうに笑う二三。


 「まぁ、ちょっとした事件はあったけど大したことなくて良かったわね」

 「ああ、そうだな」


 その言葉で思い出した。

 風兎が『おるごうる』を披露している時だった。

 突然、

 『おのれ、妖術かっ!?』

 何て叫んで乱入しようとした奴がいた。

 直ぐ様放り出されたがな。


 「変な奴だったよな」

 「あたしは面白かったけどねぇ。そうそう、風兎くんの願い事聞いたぁ?」


 その言葉に頬がひきつるのを隠せなかった。


 「なぁに?まだ聞いてないの?相変わらず意気地無しねぇ」

 「………うるせぇ、偶々時間が合わなかっただけだ」

 「はいはい、まぁ、頑張りなさいな」

 「………………言われなくとも」

 「頑張って風兎くん、落としてね?」

 「ブフゥッ!!?」


 思わず、口に含んでいた酒を吹き出す。


 「ゲフッ、ゴホ………………!お、お前いきなり何を言い出すんだ!?」

 「あらぁ?燎次は風兎くんの事気になってると思ったのだけど………違うの?」

 「違うっ!!!」


 心底不思議そうな顔をする二三。

 そこは不思議がる所じゃないだろうが!!!


 「大体、あいつは男だぞ!?俺は衆道の気はない!普通に女の子が好きだ!!!」

 「うーん、色恋に男も女も関係ないと思うけどぉ?」

 「大いに関係あるわっ!!」

 「そう?穴が一つ多いか棒が」

 「それ以上は言わせねぇよ!?」


 何か生々しい事を言おうとしていたので慌てて止めた。


 「まぁ、それは置いといて。

 実際、好きになっちゃった人に男も女も関係ないとあたしは思っているわよ?

 偶々好きになった人が異性かどうかの違い何だからぁ」

 「俺は大いに関係あると思っているんだがな………大体、別に風兎の事なんか」

 「はいはい、じゃあ、これは私の一方的なお喋りねぇ?

 好きになったものはしょうがないじゃない。うだうだ悩むより、じゃあどうやったらその人に振り向いて貰えるかっとか考えた方が楽しいわよぅ?」

 「………何かやたらと恋愛を推すが、本音は?」

 「モテるのに女に興味を示さなかった男にやっと訪れた春。出会った時の一目惚れ。しかし、その相手は男だった!さてさて彼の恋心の行方は如何に?

 何ておもしろっゴホンッ良い題材、じゃなくて行方が不安じゃない?」


 今、絶対面白いって言おうとしたよな?

 完璧に面白がってるよな?

 と言うかそれよりも


 「一目惚れじゃねーし!!」

 「あらぁ?そうなの?」

 「むしろ、最初は嫌いな方だった」

 「何よそれぇ、何て美味しい展開!!」


 身悶える二三。


 「初めはいがみあっていた二人、そんな二人が苦楽を共にする内に惹かれあっていく。

 好きじゃないと言う口とは裏腹に募っていく想い!!だが、二人の恋の前には大きな壁があった!!!

 良いわぁ、今度の舞台の題材はこれで決まりね!!

 早速台本書かなきゃ!」


 そう言えば舞台の台本をたまに二三が書いていると聞いた事がある。

 そんなの書かれてみろ、俺の恥を色んな奴に晒してる様な物じゃないか!


 「止めれや!」

 「ふふふ、冗談よぅ………2割わね」

 「8割本気なんじゃねぇか!」

 「ふふふ、冗談よぅ………多分ね」

 「多分かよ!!」


 何か、相手すんの疲れてきた。


 「ところで………途中から自分は風兎くんの事好きだって否定しなくなっている事に気付いてる?」

 「えっ………」

 「相変わらず誘導しやすいわねぇ」

 「うるせぇ!……べ、別に好きなんかじゃ」

 「はいはい、そう言うことにしといてあげるわよ」


 苦笑すると、酒瓶はそのままに二三は別の集団の輪に入って行った。

 何だったんだ、あいつは。

 もう一杯と思って酒瓶を持ち上げる。


 「………………ねぇじゃん」


 さっき持った時には満杯だったのにいつも間にか空になっている。

 二三は酔っていない様で、もしかしたら酔っていたのかもしれないな。

 全く、大した演技力だよ、うちの女優は。


 ため息を吐き、視線を辺りに巡らせると皆から少し離れた場所にで一心不乱に食べている風兎を見つけた。

 丁度一人だ。

 今が話しかける好機だと勇気を出して風兎に近付き、その隣に腰を下ろす。


 「………………」

 「………………」


 さて、何から話したものか。


 「………………」

 「………………」


 いきなり『お前の願い事は何だ』って聞いても怪しまれるだけだしなぁ。


 「………………」

 「………………」


 ちらりと風兎を見ると、風兎もこちらに視線をやってきた。

 視線が、交わる。


 「何か?」

 「……いや、別に」


 いや、別にじゃねぇよ!今が聞く時だっただろうが自分!

 思うように動いてくれない自分の口に苛立ってくる。

 風兎がその場から立ち去ろうとする姿勢を見せたので慌てて口を開く。


 「あのよ、何か、その……欲しい物、あるか?」

 「…?」


 結局、馬鹿正直に聞いてしまった。

 もう、どうにでもなれっと話を続ける事にする。


 「うちの座ではな、新しい奴が入って、そいつの舞台が成功したら何か一つそいつの願いを叶えてやるっつう決まりがあるんだ。

 まぁ、出来る限りの事だけどな」


 この座をくれとかは聞けねぇし。

 と苦笑。


 「えーと、じゃあ、さっきまでの沈黙は………?」

 いきなり言い辛い事を聞いてきた。


 「あれは、あれだよ。

 『いきなりお前の願いを叶えてやる』

 何て言ったら不信感しか抱かないだろうが」

 「それを言うなら、いきなり 『欲しい物あるか』 もどっこいどっこいだけどな」

 「うっ………ち、ちょっと間を見計らおうかと」

 「見計らえて無かったけどな」


 少しイタズラっぽい雰囲気を出しながらバッサリとツッコミを入れる風兎。

 あまり変わっていないがその表情がとても可愛らしく見えて思わず頬を染めた。

 

 「え、M……?」

 「えむ?」

 そんな俺の様子を見て、風兎は変な事を言い始めた。


 「あぁ、えぇっと、何て言うか、自虐趣味がある人と言うか、叩かれたり、苦痛を与えられると興奮する人と言うか……」

 「何だそれは!?」

 「それがM」

 「違うぞ!?俺はえむとかじゃないからな!?」

 「どうだかなー」


 必死で否定する。

 そんな変態みたいな性癖は持っていない!………多分。


 そう言えば好きになった相手が男だと思い出し、自分は変態なのだろうかと不安になってきた。

 そんな不安を感じ取ったのか生暖かい目を向けられた。


 「おい、その生暖かい目を止めろ!」

 「………」

 「視線を反らすなぁ!」


 何か、完全に遊ばれている気がすると思う燎次であったが、ふとある事に気が付いた。

 言葉が最初の様な敬語では無くなっている事に。


 少なくとも軽口を叩ける位は気を許してくれるようになったのだと思い、嬉しくなった。


 「あ、」

 「どうした?」


 いきなり声をあげた風兎を訝しげに見る。


 「欲しい物と言うか、願い事でも良いんだよな?」

 「あぁ」


 何を言うのかと若干身構える。


 「じゃあさ………」


 風兎の願いは燎次の思いもよらない物だった。



 そして、風兎の願い事経由で燎次の

 『自分は衆道と気があるのかもしれない』

 と言う悩みは思わぬ方向で解決されるのだが、それはまた別の話。


2013.12/31 修正

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