閑話休題(燎次その2)
「食事前に悪いが、みんなちぃっと聞いとくれ」
朝食の際、座長が一座のみんなの視線を集めた。
「喜ばしい知らせがある。
皆も知っとると思うが、客人が今、儂らの座に滞在している」
その言葉にみんなが頷く。
「その客人じゃが………今日から儂らの新たな仲間となった」
「………え?」
「……本当ですか?」
疑う一座のみんなに座長は力強く頷いた。
「本当じゃ!」
暫くの沈黙の後、一座の者はみんな湧いた。
伊代は嬉しさのあまり、その場で空中回転を披露している。
座長は大きく咳払いをしてその騒ぎを沈める。
「では、改めて紹介しよう。風兎殿じゃ。
昨日見た限り彼の実力は確かじゃろう、みんな仲良くしてくれ」
「よろしくお願いします」
そう言うと、無表情で頭を下げた元客人こと、新しい仲間の風兎。
みんなは歓声を上げたのを見て、燎次は内心で
『やっぱりか………』
とため息を溢した。
座長の説明を受ける風兎を気付かれない程度に観察する。
『顔は、まあ整っているな。女みたいだ。あの無表情を何とかしたら女受けが良さそうだな。
体は細っこいが、筋肉はある程度ついているようだし、引き締まっているみたいだ。
背は………低いな』
色々と考えた結果、舞台に立たせるという座長の意見に賛成する事にした。
本当は一座に入れる事に反対したかったのだが、座長に言っても聞く耳を持たない事は明白なので諦める。
ハァーっと大きくため息を吐いた所で座長の説明を聞き終わった風兎がこっちを向いた。
「よろしくお願いします」
挨拶をしてくる風兎を横目に座長に話しかける。
「座長、このチビに教えればいいんですか?というか何で俺が教えるんです?他にもいるでしょうが」
何で座長はよりにもよって風兎が隻翁に入る事を反対していた自分を選んだのか、その真偽を聞きたかった。
「まぁまぁ、演出に関してわしやみんなもお前には一目置いとるからのぅ、頼めるのはお前しかおらんのじゃ。今後のためにもここは一つ頼めないかの?」
今後、とは恐らく風兎が一座に入った場合に産み出される利益の事だろう、と燎次は当たりをつける。
燎次が利益を産み出さないと判断すれば、座長は風兎を容赦無く追い出すだろう。
………まあ、あのカラクリを見て利益を産み出さないと考えるのは余程の馬鹿か愚か者だけだ。
座長はそれを見越して風兎の教育係りに燎次を押した。
すなわち、風兎を認められていない燎次に風兎を認めろと遠回しに言ってきているのだ。
たくさんいる仲間の中の一人でしかない燎次に対しても細やかな気遣いをしてくれる。
その心が嬉しかった。
「ま、まぁ、そういうことなら……仕方ない、な」
「そうかいそうかい、引き受けてくれるのかい!いやぁ、助かったよ!」
「仕方なくだからな、べ、別に頼まれて嬉しかったからじゃねぇよ」
「おうおう、分かっとる分かっとる。じゃあ、頼んだぞい」
嬉しそうな座長の顔を見て、引き受けて良かったと思った。
俺の返答に満足した座長はその場から去って行った。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………おい」
「……なんでしょう」
沈黙に耐えきれなくなった俺は風兎に話しかける。
無表情で聞き返されるが、特に何かを言うつもりで話しかけた訳では無かったので言葉に詰まった。
「あー、えっと、まぁ、あれだ…………練習始めるぞ」
考えても思い付かなかったから取り敢えず練習を始める事にした。
「よろしくお願いします」
そんな燎次に対して風兎は頭を下げた。
練習が始まった。
まず、『おるごうる』の音色が何処まで聞こえるのかを測る所から始め、どんな状況が一番良く聞こえるのか等、様々な場面を予想して記録をとった。
次に、『おるごうる』を観客に紹介するにあたっての関心の引きかた。
奇術師は観客の関心を思い通りの場所に集める事が出来る事が大前提で無ければ成り立たない。
だから、これには熱が入る。
珍しさや外装の美しさの強調の仕方、仕草など細かい所から風兎にビシバシ駄目だしを食らせる。
「笑え!表情を動かせ!」「おい、声が小さい!」「もっと大袈裟に!」「だから笑えって、能面か貴様は!」「そんなんで客が喜ぶと思ってんのか?あ゛?」「チビなんだからもっと大きく見せるよう頑張れよ」「とりあえず笑顔みせろ」
どんどん厳しくダメ出ししていく。
………別に厳しくすることに私情は挟んで無いぞ?
風兎は自分では割と大きな声だと思ってやっている様だが、まだまだだ。
照れが残っている。
その内自棄になって大声を張り上げる始末。
「でかい声出せば良いってもんじゃねぇぞ!なめてんのかてめえ」
直ぐ様それに対してダメ出しを食らわせる。
何度も繰り返す内に段々と良くなっていく。
教えれば教えただけ上達する。
その物分かりの良さには舌を巻いた。
だが…………
「なぁ、何で笑わないの?なめてんのか?なめてるよな?」
「いや、至って本気ですが」
言ってもやっぱり無表情で返す風兎に苛ついてくる。
「じゃあ、喧嘩売ってんのか?そうなんだな?そうなんだろう」
「そんなもん売って無いですよ」
「じゃあとっとと笑え」
「はい」
返事はあったがその表情はピクリともしていない。
やっぱりふざけてんのかこいつは。
「………………おい」
「何でしょう」
「俺の言葉が聞こえなかったのか?」
「笑え、ですよね。
笑ってますよ?」
「…………お前の表情筋は一体どうなっているんだ?」
それで笑ってるとかありえねぇ。
信じられない回答に何だがだんだん可哀想になってくる。
風兎は俺の視線にため息を吐きながら言った。
「昔から誰がどうしようが私は笑えた試しが無いんで」
「……何で?」
「人生には色々あるんです」
お前、その歳で人生を語るのか。
とりあえずこいつも色々苦労しているんだなぁと思った。
ふと俺がこいつに笑顔を取り戻してやろうか、何て考えが浮かび戸惑う。
笑おうが笑うまいが結局はこいつしだいだ、他人がどうこうする問題じゃないだろうに柄にもない。
とりあえず笑顔以外は問題無いのでひとまず置いて演技の指導に戻る。
途中からは一切の私情を挟まず、夢中で指導した。
練習は朝から始まり、昼食を挟んで夕方に終わった。
夕食後、片付けを手伝っていた風兎を呼んだ。
「どうしました?」
相変わらずの無表情で聞いてくる。
「……あー、その、大丈夫か?」
首を傾げられた。
言葉が足りなかったのだと気付き、補足する。
「あれだ、喉はどうだ」
その言葉にやっと理解がいったようだ。
ああ、と一つ頷いた。
「喉は大分良くなりました」
「そ、そうか、なら良かった……」
しまった、会話が終わった。
さりげなく渡すつもりだったのだが、これでは渡せないまま終わってしまう。
「何か?」
「へっ!?」
突如、声をかけられ驚く。
「すみません、気のせいならいいんです」
「あ、いや、いいんだ。……やる」
今を逃すと渡す機会は無くなる。
そう思い、風兎の手の平にそれを押し込んだ。
風兎は視線を落とし、包みを開く。
そこには白い固まりが数個転がっている。
訝しげな視線を向けてくる風兎にあわあわと言葉を続ける。
「あんだけ、練習したんだ、明日変な声になっても知らねえぞ……それ舐めとけ、喉に良いぞ」
あれだけしごいたんだ。
嫌われているかもしれないし、もしかしたら返却されるかもしれない。
それはそれで構わないが、それだと少し落ち込むなぁ。
何てぼんやりと考える。
「ありがとうございます」
微笑んでお礼を言われた。
思わぬ笑顔と無表情との差に思わずどきりとする。
「!?
わ、笑っ……!?」
「?
どうかしましたか?」
「あ……」
微笑みが直ぐに消えてしまったことにがっかりした。
「べ、別にお前のためじゃないからな。勘違いするな」
焦って何か変な事を口走ってしまった。
そんな俺に対して、風兎は訝しげだ。
表情は変わっていないのに何故か心臓が早鐘を打つ。
思わず引きつった笑みを浮かべる。
いやいや、そんなまさか。
何て思っても、風兎を見つめるだけで胸の鼓動は早くなる。
落ち着け!早まるな俺!!相手は男だぞ!?俺に衆道の気はないはずだ!!これは恋なんかじゃない!!!あんな奴に恋なんてしていない!!でも、あの一生懸命練習をしている姿は良かったよなぁ………って、まてまてまて。これは恋じゃない、変なんだ、変!
なんかもう、混乱し過ぎて訳が分からなくなってしまっている。
そんな燎次の様子に気付く様子が全く無い風兎に安心しつつも少し悲しくなる。
「あの、一つ聞いて良いですか?」
「何だ?」
もしかして、ばれたのだろうかっとドキドキしながら返事を返す。
「今って何時代ですか?」
「時代?」
「えぇっと、今の年号を教えて下さい」
いきなり、訳の分からない事を聞いてきた。
心臓を落ち着かせながら答える。
「今か?今は天慶二年だ」
「てんぎょう?」
不思議そうな顔をされたので地面に字を書いて教える。
字を読めると聞いたからだ。
普通は平民のほとんどは字を読み書き出来ないし、計算もできない。
だが、座長は一座に入った者には例外なく読み書きと計算を教え込むという決まりを作っている。
知っているのに教えられないなんてカッコ悪い思いはしたくない。
覚えておいて良かったと心から安堵した。
「えぇっと、最近、何か大きな事件はありましたか?」
さっきから質問の意図が掴めない。
「大きな事件……?あぁ、そう言えば五日程前に俘囚が反乱を起こしたって聞いたな」
「ふしゅう……?」
「そんな事も知らねぇのか!?」
「はぁ、学が無いもんで」
ポリポリと顔をかきながら言われた。
いやいや、学が無いにも程があるだろう。
こんなの一般常識だぞ?
何だか心配になってきた。
呆れながらも分かりやすくかいつまんで話す。
「しょうがねぇなぁ、教えてやるから有り難く思え。
俘囚ってのはなぁ、朝廷の支配に属するようになった物の事だ。
まあ、要するに奴隷やその土地の事だな」
「つまりは植民地みたいな物ですか?」
「しょくみんち?何だそれ?」
また訳の分からない事を呟くと、着ている着物?から何かを取り出した。
「ん?何だそれ?」
何だか平たい黒い物だ。
俺の質問に風兎は自信満々に答えた。
「頼れる味方、電子手帳!!!」
………………いや、だから何なんだよ、それ!
じーと見つめると風兎は説明を入れてきた。
「あー、そうだなぁ……何でも知っている賢者みたいな物で、RPGで言うと町の長老みたいなものですかね」
「あーる……???」
「あぁ、いや、何でもは間違いでした。
あくまでも電子手帳であり、電子辞書とは違いますから知識容量は格段に違いますね」
「??」
「とは言ってもこの電子手帳は色々機能を加えて市販の電子手帳よりも遥かに知識容量はスペックは高いんですけどね」
「?????」
「えぇっと、て・ん・ぎょ・う……と」
全く意味の分からない事を喋ると、混乱している俺を放置して『でんしてちょう』とやらを弄りだした。
話しかけても生返事しかないので、諦める。
しばらくすると、魂が抜けた様な表情で空の彼方を見つめ始めた。
いやいや、何があったんだよ。
「何か、その……大丈夫か?」
「ハハハ、大丈夫、大丈夫、ダイジョーブ」
空笑い混じりに大丈夫と返された。
「…………大丈夫そうにはとても見えないんだが……」
「ほっとけやい!!」
「あ、はい、ごめんなさい」
睨み付けられ、思わず条件反射的に謝罪した。
ため息を吐いて空中を見つめる風兎。
もしかしたら明日の本番へ思いを巡らせているのかもしれない。
考えるのは良いことだが、放っておいたらいつまでもその状態でいそうなので声をかける。
「おーい、そろそろ現実に戻って来い」
ひらひらと目の前で手を降る。
「いくら現実逃避しても構わないが、明日が本番だって言う事実は変わらないぞ」
やっと視線がこっちを向いた。
「明日が、本番……?」
「あれ?言ってなかったか?」
言ったつもりだったんだが。
「そういう大事な事は早く言え!!!!!!!!」
………確かに、伝え忘れたのは悪かった。
でも、殴ることはないだろう。
腹を襲った痛みに、これからはちゃんと伝えようと心に固く決めた燎次であった。
2013.12/31 修正




