閑話休題(燎次その1)
ちょっと違う視点で書いてみました。
予定通り町に着きそうだ。
自分が立てた計画が思い通りにいきそうだと荷馬車をひく馬を手綱で操りながら口元を緩める。
前の町を出てから5日、俺の所属している一座『隻翁』はもうすぐ次の町に着こうとしている。
次の町の名前は『美笹』。
桜の名所として有名で、毎年この時期は花見やら宴会やらで俺たちみたいなどさまわりの仕事が大量にある。
まぁ、いわゆる稼ぎ時って奴だ。
よほどの理由が無い限り稼ぎ時を逃す手は無い。
もうすぐで桜も良い塩梅で咲くそうだ。
今年も稼がせて貰おう。
何て考えていると、突然座長、伯田呉汰から荷馬車を止める様にと言われた。
一体、どうしたんだろうか?
「この先に確か、一晩位過ごせそうな場所があるはずじゃからちぃっとそこで今日は休むぞい」
「え、後二刻半位で町に着きますよ?」
「ええからええから、ほれ、ちぃっ待っとってくれ」
そう言うと、座長は荷馬車を下りて何処かへと歩いて行ってしまった。
また、座長の悪い癖が出てしまったか。
はぁっとため息を吐く。
座長は面白そうな人や物を見ると、そっちに直ぐに行ってしまう。
町で一緒に歩いていてもそうだ。
さっきまで隣を歩いていたと思ったらいつの間にかいなくなっていた何て事はざらだ。
興味を持ったらそっちに行く………つまり、典型的な迷子体質なのだ。
今みたいに一言言ってくれてからならまだ良いが、何も言わずに居なくなったりするのは止めて欲しい。
初めてはぐれた時には必死で探しても見つからず、皆に協力して貰おうと焦りながら一旦帰ってきたらそこに本人が居て平然と茶を啜って
「おぅ、遅かったのう」
何て言った時には唖然とした。
どうやら新人が体験する通過儀式っぽい物らしいが、あんな何処にやればいいか分からない怒りを覚えるような思いはもう勘弁だ。
一体、今回は何に興味を惹かれたんだろう、と半ば諦めつつ他の皆に言われた事を伝えた。
一、二刻してから座長は帰ってきた。
何やら、奇妙ななりをした坊主を連れている。
髪は童子みたいに短い。
どうやら旅人らしいがそれにしては身軽過ぎる。
お金は少しはあるらしいが、着替えやら食料やら旅に欠かせない物を全くと言っていいほど持っていない。
文字通り着の身着のままだ。
座長は面白ければそれで良しと言う考えの人なので変な輩が来ないように俺たち一座の人間がしっかりしなければいけない。
お陰で人柄を見る能力がビシバシ鍛えられる。
どうやら、この奇妙な客人は食事を一緒に摂るために来たようだ。
好奇心旺盛な奴等が客人に話しかけている。
どうやら名前は風兎と言うらしい。
変な名前だ。
それに、一座の皆や座長からの質問に当たり障りの無い答えしか話さない。
怪しい。
コイツは一体何者なのだろうか?
もしかしたら他の座の間者かもしれない。
そんな俺の心配事は直ぐに杞憂だと分かった。
「どさまわりとは一体何なんですか?」
ただの無知だと分かったからだ。
多分、旅の事も良くわからず着の身着のままで旅に出発したばかりなのだろう。
どこから旅をしてきたのかは知らないが、ここまで来れたのは奇跡と言っても良い。
よほど大切に育てられた箱入り息子だったりするのだろうか。
可愛い子には旅をさせろと言うし旅をさせてみた、みたいな感じだろうか?
いや、そんな箱入り息子なら親が心配して要らない荷物とか色々と持たせて大荷物とかになるだろう。
実際、そういう奴を見た事がある。
そんな奴は大体、良い鴨といった感じに認識されやすい。
もしかしたら身ぐるみ剥がされたから荷物が無いのか?
どれも確信するには今一つ弱い気がするし、どれも合っているような気もする。
一向に風兎と名乗った客人の正体が掴めない。
育ちを聞かれても曖昧に笑うだけで明確には話さない。
一体、何を考えているのだろうか。
見ていると何も考えていなさそうに感じる。
そのくせ話が自分の事になるとあまり話さずにするりと話題を変える。
その巧みな話術と技巧に舌を巻いた。
俺も奇術師の端くれ、話術や技巧には自信があるがあいつのは俺とはまた違った毛色の話術と技巧だ。
これは上流階級で磨かれたのだろうか?
まぁ、『隻翁』を知らないときた時には上流階級とは信じられないと思ったのだが。
実は『隻翁』は近々天皇の前で技を披露するかもしれないと言う噂が流れている。
こいつがもしも上流階級の家の箱入り息子だった場合、それ位は知っているはずだ。
いや、どさまわりを知らないって最初に言ったからそれも関係あるのか?
うーん、考えれば考えるほど分からなくなる。
座長はもしかしたらこういうところに惹かれたのだろうか?
まあ、とにかくそいつに上手く乗せられて座のみんなはやる気満々だ。
俺たちの実力を見せつけてやるっ!とか言っている奴もいる。
最初にやるのは伊代と太一の軽業らしい。
俺は不参加を決め込もうと料理をかきこんでいると座長に話しかけられた。
「燎次、お前の実力を見せてやれ」
「………はい!」
いや、別に技を座長に認められてるって嬉しくて引き受けた訳じゃないからな?
客人の前で奇術を披露するのは異様に緊張した。
何故か、視線を誘導したい場所ではなく、タネを仕掛けてある辺りを見てくるのだ。
最初は偶々だと思っていたのだが、終始見てくるので偶々ではないと確信した。
もしかして仕掛けを知っているのだろうか?
何て事を考えるが、直ぐにあり得ないと否定する。
俺が考えた奇術の時には、あっさり誘導に引っかかっていたからだ。
一体どういう事なのだろうか?
疑問はつのっていくばかりだ。
食事が一段落した所で、客人はある物を俺たちに見せた。
『おるごうる』と言うらしい。
客人の手より少し大きい位の大きさだ。
客人が『おるごうる』を出した時、俺たちは目を見張った。
それは見たことの無い位精巧な細工を施してあったからだ。
『おるごうる』は銀色で、箱の側面には何の花かは分からないが花が浮かび上がっている。
その花の中央には紅い、見たことのない石。
他にも花が浮かび上がっており、それぞれの花の中央に取り付けられている石の色は一つ一つ違う。
蓋には良く分からない文字?の様な物が書かれており、それも箱にぴったりな雰囲気を放っている。。
その箱の精巧さにため息を吐かされた。
それと同時に高そうだとも思った。
そして、ただの箱では無いと思っていたが、まさかカラクリだったとは思わなかった。
最近、高陽親王が作った灌漑を促す機械人形が大きな話題となった。
灌漑とは田畑に水を引いてそそぎ、土地をうるおすことだ。
これを人間ではなくカラクリがやる、それだけで作業効率は良くなる。
だが、客人の持っている物は話に聞いたそれより遥かに高度な技術を使っているようだ。
小さな箱からあんな良い音色がでるなんて、誰が想像できるだろうか。
ちらりと座長に視線をやると、案の定目を輝かせて食い入る様に客人とカラクリ箱を見ている。
これは引き込みにかかるんだろうな、と内心嘆息した。
ああ、仕事が増えそうだ。
2013.12/31 修正




