ご褒美が貰えるらしい
ご褒美って良い響きですよね。
物がかかっているとやる気が出ます。
特に食べ物だと!
今日は良いことがあった。
鼻歌混じりに就寝の準備をし、今日を思い返す。
………………………………
「欲しい物と言うか、願い事でも良いんだよな?」
「あぁ」
「じゃあさ………」
どんな願い事を言われるのかと若干緊張した面持ちの燎次に願いを言った。
「ゆっくりお風呂に入って新しい服に着替えたい!」
「………は?」
ぽかーんとする燎次を余所に自分の思いを熱く語る。
「この座にお世話になるようになってから早4日、その間風呂に入る事もできず毎日体を濡らした布で拭くだけで髪にいたってはノータッチ!!
服もずっと来た時からこの服!!!
確かに工房に籠って1週間以上風呂にも入らずってやった事もあるし、ある程度は平気だけど、いい加減我慢の限界もくるわっ!!!!!!」
燎次に教わった、相手にインパクトを与える動作の身振り手振りを加えながら一息に自分の思いの丈をぶちまける。
そんな風兎の様子に惚けとしながらぽつりっと燎次は呟いた。
「そんなので良いのか………?」
「そんなのっ!!?」
聞き捨てならないと、風兎は更に詰め寄る。
「衣食住は人間が暮らしていくなかで最も重要なものだぞ?その中の衣が著しく欠けている!これは死活問題だ!!!」
「いや、死活問題って」
大袈裟だと言いそうになったが、そんな事を言ったら更に風兎を刺激することになると燎次は口をつぐんだ。
「それにしても風呂、か………うーん………」
何やら難しい顔をして考え込む燎次に少し心配になる。
「えーと、もしかして、風呂に入るのってそんなに難しい事なのか?」
恐る恐る聞いてみると、あっさりと返事が帰ってきた。
「いや、風呂に入るのは別に対して難しい事じゃない。ただ、なぁ」
「ただ?」
入浴料が高いとかだろうか?
「この辺りで風呂を開放している寺院があったかどうか」
確かあったようなっと再び考え込む燎次に慌てて話しかける。
「寺院が開放!?一体風呂ってどういう感じで入るんだ!?」
「どうって、風呂は寺院が薬草とかを入れた湯を沸かして、その蒸気を浴堂内に取り込むんだ。
んで、その蒸気が充満した部屋に入る」
なるほど、蒸し風呂って事か。
「思う存分汗をかいたら水で体を流して終りだ」
「え、じゃあ、湯にはつからないの!?」
「まぁ、そうだな。
あれ、湯につかりたいのか?」
全力で頷く。
「あぁ、風呂じゃないのか。それなら簡単だ。ここいらは温泉が湧き出る事で有名なんだ。
天然の温泉やら秘湯がゴロゴロしているから明日か明後日にでも皆で入りにいくか」
「本当!?」
やったぁーー!!
と諸手を上げて喜ぶ風兎。
燎次はその様子を微笑ましげに眺める。
「で、どうする?」
「え?何が?」
突然投げ掛けられた質問にきょとんとする。
「普通の温泉に行くか、秘湯に行くか」
「あー………」
普通の温泉か秘湯か。
普通の温泉でもお湯につかれるしいいかな、という気もあるし、やっぱりここは秘湯に!という気もある。
秘湯に天秤は傾いているが、秘湯、秘密の湯なのだ、どっかの山奥とかにある可能性が高い。
折角お湯につかってさっぱりしたのに、その後にまた汚れるのはごめんだ。
そういう考えから今一「秘湯だ!」と踏み切れない。
うーん、迷う。
「なぁ、燎次」
「何だ?」
「山奥では無いけど、良い感じに茂みがあって、人にはあまり知られていなくて、かつ、良い効能がありそうな秘湯ってある?」
「………注文が多いな」
「良いだろうが、言うだけタダ何だし」
「まぁ、そうだが。
山奥では無いけど、良い感じに茂みがあって、人にはあまり知られていなくて、かつ、良い効能がありそうな秘湯、ねぇ………」
流石に無いか?
「ちょっと待ってろ、確か晴披の奴がそう言うの詳しいはずだから」
「?、はれまき?」
誰だ?それ?
「お前、まだ座の皆の名前憶えて無いのか?」
呆れた様に言うが、5日やそこらで20人近い人の名前を覚えられるほど記憶力は良く無い。
「晴披ってのは、うちの座の衣装係だ」
「………ああ!」
あいつか!
最初に舞台に立つ事になった時に会った青年を思い出す。
確か、藍色に薄く白の線が入った着物を着ていた様な、着ていなかった様な気がする。
風兎が着ている作業着や白衣を見て
「これはどんな素材なんですか!?薄いのに温かい、そしてこの様式!新しいですね!!!!なるほど、腕の形に合わせて布を切る事で、暖かさを逃がさないようにしているんですね!!!是非是非型紙を取らせて下さい!!あなたが考えたんですか?」
って鼻息荒く詰め寄ってきた奴がいた。
服を剥ぎ取ろうとしてきたのを燎次が慌てて止めていた。
正直、怖かった。
「あいつ、各地の温泉巡りが趣味何だよ。この辺りは初めてじゃないし多分知ってると思う」
「おぉ!」
まさにうってつけの人物だ。
「教えて貰う代わりに、と何か要求されそうな気がするがな………」
ちょっと不吉な事を言わないで欲しい………。
服を脱いでくれとか要求されそうだ。
「………まぁ、祝いだしあいつもそんな野暮な事は言わないだろう………多分」
多分かよ!
と内心ツッコミを入れる。
「ちょっと聞いてくるから待ってろ」
そう言って立ち上がった燎次。
焚き火の近くにいた集団の中へ行く。
待ってろと言われたが、折角食べ物を取りに行くチャンスが出来たのだから、と無視しておかわりに行く事にした。
おばちゃんにお願いして8皿位を腕に乗せてバランスを取りながら戻ると既に燎次はいた。
「持ってき過ぎだろ食いしん坊か!!と言うか、食いきれるのか?」
「ふっ、私の胃袋に戦くがいい」
呆れて言ってくる燎次に冗談目かして返事をする。
持ってきた料理に手を付けながら結果を聞いてみる。
「それで、どうだった?」
「あぁ、良かったな。お前の希望通りの秘湯が丁度あるってよ」
「やった、ラッキー」
指をパチリと鳴らしながら喜ぶと燎次が不思議そうな顔をして言った。
「らっきー………?」
「えーっと、運が良かったとかそんな感じの意味だ」
「へぇー、らっきーか」
らっきー、らっきーとゴニョゴニョ唱える燎次。
どうでもいいけど発音が悪い。
ハッキリと平仮名で言っていると分かる。
らっきーと普通に言っているのに、何か違和感がある。
外国人が聞いた日本人の英語もこんな風に聞こえるのだろうか。
外国人と言えば、海外との貿易が本格的に始まるのはいつ頃なんだろう。
燎次のらっきーの発音から始まった思考回路はどんどん脱線していく。
もう、4日も発明をしていない。
取り敢えずオルゴールの調整や整備をしたり電子辞書を弄ったり、ポケットに入っていた携帯を弄ってみたりしているが、全然物足りないしその間アイデアは出てくるのでスケッチブックに構想が貯まるばかりだ。
オルゴールは日光で発電出来るから良いとして電子辞書と携帯は電池や充電器が無いためそうそう弄れない。
だから、日々悶々が溜まっていく。
要するに、発明に対し欲求不満だ。
平安時代って鉄はあるみたいだけどそれを使ってカラクリを作るって訳でも無さそうだし、歯車とか無さそうだ。
自分で作るしか無いのだろうか?
いや、鉄はハードルが高いからまずは木から彫り出す所から始めようか。
待てよ、そもそも木を彫る道具は存在しているのか?
あ、確か作業着のポケットに彫刻刀のセットがあったはずだ。
彫刻刀で木が彫れたはず。
小型だけれど、まあ大丈夫だろう。
あれ?あったよな?
確かあるはず。
そうしてポケットを漁ろうとした所で燎次に声をかけられる。
「………話、聞いてるか?」
「否」
「聞けよ!俺の話をっ!!」
「うん、で、何?」
「素っ気なっ!」
不思議だ。
燎次と話をすると、直ぐに思考回路とかが脱線する。
何て考える風兎だが、話や思考回路が脱線するそもそもの原因が自分である事には全く気付いていない。
「温泉につかるとなれば皆秘湯に入りたがるだろうし取り敢えず、明日俺とお前と晴披で明日そこに下見しに行く事になった」
「下見って事は入るのか?」
「あぁ、折角見に行くんだ、入らなきゃ損だろ」
「ちなみにその秘湯ってつかれる所はいくつあるんだ?」
2回温泉に入れるのは良い、ただ一つ問題がある。
「一つだそうだが?」
「あー、じゃあ、どっちかが先に入って上がったらどっちかみたいな面倒な感じになるのか」
「??? 一緒に入れば良いだろ?」
「堂々とセクハラか、良い度胸だな」
「せくはら?」
「性的に人間性を傷付ける事だ。特に女性を不快・苦痛な状態に追い込み、人間の尊厳を奪う事だな」
「じゃあ、俺は別にそのせくはら?じゃねぇじゃん」
「ほぅ、無自覚のセクハラか。余計にたちが悪いな」
準備運動代わりに指をパキリと鳴らす。
脳裏にはこの時代にくる原因となったあの無理心中野郎。
あいつは自分の物にならなかった風兎を無理矢理自分の物にしようとした。
思い出すだけで腹立たしいと憤りを覚える。
無自覚とは言え、犯罪の芽は早い所潰すべきだ。
完全に目が据った風兎に燎次は慌てて静止をかける。
「ち、ちょっと待て!!!その、せくはらは男が女にやる事なんだろ!?だったら何も問題ないじゃないか!!」
「いや、問題あるだろ。
私は女だぞ?」
「……………え?」
絶句。
その表現がぴったりな表情を浮かべ、固まった燎次。
「おーい」
手を顔の前で振ってみるが反応無し。
なので手を打ちならした。
パァン!
「………ハッ!」
「おかえり」
「あぁ、ただいま……じゃねぇよ!女!?お前女だったのか!?嘘だろ!?」
「嘘じゃないって、まぁ、む……股に生えてる物が無い奴を男とは言わないだろうな」
胸に脂肪が、と言おうとした所で自分に言うほど胸に脂肪は付いていない事を思い出してへこんだ。
自分で自分にクリティカルヒット与えてどうする。
「え、じゃあ、本当に………?」
「あぁ、と言うか何で私が男だと思ったんだ?」
「いや、だって、お前、男だって最初の自己紹介の時に」
「言ってないな。私が言ったのは名前と訳があって旅をしている、の二つだけだ」
「えっ?………あ!」
どうやら思い出したらしい。
まあ、かく言う私もさっきまで最初に自分が女だと訂正を入れていなかった事を忘れていたのだが。
しゃがみこんで頭を抱える燎次。
放置していると、下から恨めしそうな目をしてきた。
「お前………………………詐欺だろ」
「勝手に勘違いしたのはそちらだが?」
それに対して、実に良い笑顔で返した。
暫く呆然とした後、ハッとした顔で見上げてきた。
「いや、でも、胸………」
「あ゛ぁ?」
「………ナンデモナイデス、スミマセンデシタ」
余計な事を言いそうだったのでにこやかに微笑んでみたら謝られた。
一体、どうしたんだろうか。
「………一体、俺の悩みは何だったんだ……と言うかこんな時だけ笑うのかよ……」
何やら、しゃがんだままブツブツと何か呟いている。
暫くすると、やがて大きなため息を吐いて立ち上がった。
「あー、とりあえず、お前が女だって事は分かった。
んじゃあ………明日は俺と晴披だけで行ってお前は留守番だな」
「えぇっ!?」
そんな!?
「明後日まで待て。そろまでのお楽しみって事で」
「そんなぁ、明日行くの楽しみにしてたのにぃー………そこを何とか!男に二言は無いって言うだろう?」
「いや、確かに言うけどそれとこれとは話が別と言うか……
手を合わせてお願いする。
「………………」
反応が無いのでちらりと見上げて見ると何かたじろいでいる。
「駄目か?」
「うっ………」
何だかいけそうな気がする。
もう一押ししてみる。
「頼む!燎次」
「うーあー………だ、駄目だ」
「そこをなんとか!」
「駄目な物は駄目だ。あんまり言ったら温泉無しにするぞ」
「うー」
温泉行きを無くされたら元も子も無い。
渋々だが、諦める事にした。
喜ばせてから落とす。
なんたる鬼の諸行。
こんな事なら女だ何て言わなければ良かった。
と落ち込むが良く考えたらどちらにせよ温泉には入れるのでまあ良いか、と思い直した。
取り敢えずは
「ごちそうさまでした」
「え、早っ!!」
再びおかわりに行く事にした。




