第二話 エピソード4『超能力者と盗賊の国』Eパート
膠着状態に陥ったステージに観衆が野次を飛ばしていた。
始めこそ、まばらに声を上げる観客がいるだけだったが、次第に声量は増していく。
「ハルムスはどうしたんだ?」
状況の読めないラノハはリックスに尋ねる。
「ローランコの姿が見えてないのだろうな」
「俺達には見えるのに? 透身術にしてはおかしくないか?」
「幻術の類に近いな。催眠術というべきか」
リックスはそこまで言い終えると、ハルムスが目を閉じたのを確認できた。
最前列ならではの特権である。もっとも、背丈の低いラノハに見えているかどうかはわからないが。
「良い判断だ。視覚に頼らず聴覚を使って相手の位置を割り出せば――」
そこまで言いかけて、観客のボルテージがより一層上がっていることに気づく。
もはやその罵声は、耳を塞いでも一時しのぎにしかならない程度まで膨れ上がっていた。
「この中だと……やっぱりダメかも」
ローランコは先ほどとは逆に迂回しながら徐々に距離を縮めていた。
――この罵声の中で足音は聞こえまい。さあ、どう来る?
ローランコの本業は魔術師ではないが、初級程度の魔法は自衛のために嗜んでいた。リックスが想像した通り、一種の幻術をハルムスにかけて不可視を実現させたのだ。
それでいながら、接近するにあたってローランコも警戒していた。ハルムスの性格を考えると、何か機転を利かしてくると思ったからだ。
少しずつ距離を詰めていく手前、ローランコの体が見えない何かに触れた。
ホテルのソファーに敷かれていたクッションのような感触に、思わず一歩引く。
――これは!?
「そこ!」
ハルムスが目を開き、勢いよく杖を振りかざした。
身の危険を感じたローランコは素早い判断で今いる場所から、ハルムスを挟んで反対側に瞬間移動する。
これこそが超能力者たる彼がもっとも得意とする技だった。
さっきまで彼のいた場所には、四つの松明からそれぞれ一個ずつの火炎球が押し寄せ、互いにぶつかり合うと大きな爆発を起こす。
爆風で一歩たじろいだローランコは、『対戦相手を殺した者は失格』というルールをハルムスが忘れているのではないかとさえ思った。
――何かハルムスに恨まれることしたっけ!?
ハルムスは自分のまわりに、いくつもの空気の層を作っていた。
固めた空気は、まるで肌で触れたかのように周囲の動きを察知できる探知機と化していた。こうすれば、標的がある一定の位置まで近づいたとき、すぐにでも集中砲火を掛けられる。
敵が見えない理由を追求するのは時間の無駄だと考えた結果であった。
――逃げられた。瞬時に気配を消したことを考慮すると、常人でないのは確かね。
同じ手段が有効かどうか甚だ疑問であったが、視界も頼りにならないので、もうしばらく向こうの様子を伺うことにした。
そうして再び目を閉じる前、舞台を少し見回すと、ローランコの姿を確認することができた。
――なんのつもり?
警戒は緩めなかった。むしろ強めた。
何か策があるに違いないと思ったからだ。
――まずいな。不可視も意味がないとなると、どうする? 捨て身でいってみるか?
ローランコは左手でもう一度剣を抜き、右手の人差し指を立てる。
それは彼が大技を使うとき、精神を集中させるためにする自己暗示のようなものであった。
ローランコが人差し指を立てたのをハルムスは肉眼で確認した。彼がその人差し指をくるりと回すと、松明から炎が指先に集まってきた。
――瞬間移動といい、いくつ技を持ってるのよ?
決して自分も人のことは言えないのだが、この時点ではそんなことはどうでもよかった。
とにもかくにも、ハルムスは相手の技の充填が終わる前に仕掛けることにした。
火に風を送っても、相手の威力が増すだけである。舞台が組まれている広場には、泉や水飲み場も無いため、水を使った技も使えない。そうなれば繰り出す技は一つだけだ。
「火炎球!」
「火炎操作念力!」
両者の掛け声が重なり、炎の塊が舞台の中央で衝突する。たちまち大爆発を起こし、爆煙でハルムスは視界が塞がった。しかしそれはローランコも同じこと。
空気層の結界を作り直そうとしたとき、突如出現した剣にロッドが弾かれた。持ち主が目の前にいたわけではなく、それはハルムスの杖と共にどこかへ飛んでいってしまった。
――かかった!
杖はカモフラージュだった。
ハルムスは本来、杖など無くても魔法を使うことができる。だがあえて使用することにより、魔法の必須アイテムだと思わせるのだ。
煙の中で正確な投てきができたことを踏まえると、自身の居場所が探知されているのはまず間違い無いだろう。
しかし、杖が無くなったことで若干の戦力ダウンを計算に入れているはずである。
そこに付け入る隙があった。
ハルムスは瞳の色を黄金色に変え、煙の中を透視した。これで条件は互角。むしろこちらに分があるはずだった。
だが遅かった。
ハルムスは右腕をつかまれ、身体を見えない力で持ち上げられた。
ローランコが超念力と呼んでいる技である。
そのままハルムスはつかまれた腕を支点に宙を一回転し、落ちた先に地面は無かった。ローランコはハルムスを投げ飛ばさず、ステージ下に手を伸ばした。
そして、ハルムスのつま先がわずかに地面に触れた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
2012/08/28冒頭部分を変更
2012/10/31誤字脱字を修正
2013/01/30加筆修正