第二話 エピソード4『超能力者と盗賊の国』Dパート
「出てきたぞ」
ローランコが示した入場口からリックスが舞台へ上がってきた。
リックスは身の丈ほどもある長い剣を三回素振りをした後、武器を肩にかけて二人に手を振った。
どちらかと自分が闘うかも知れないということを忘れているのではないかと思うほどの満面の笑みである。
「アイツもなかなか愉快なヤツだな」
「……決闘バカだから」
ハルムスは大きくため息をついた。
対戦相手はまだ上がって来ない。
ハルムスは待ち時間にふと、それまで持っていた疑問を口にした。
「どうして、せっかく盗んできた財宝とかを大会の景品にするのかしら?」
「国に人を呼び込むためなんだと。財宝目当てだったり、リックスみたいに決闘が好きだったり、理由は人それぞれだけど、そういう人たちがこの国を気に入って居つくこともあるそうだ。それに、今みたいに祭感覚で楽しむというのも伝統なんだとか」
「ふーん」
「相手を殺したら負けというルールも、国外からの出場者を募るためらしい。遠い昔はなんでもありだったそうだけど、今のほうが盛り上がるみたいだ」
ハルムスは、メモも見ずに語り続けるローランコの諜報力に少し疑問を感じる。今まで気にしていなかったが、彼は三人よりもほんの数日だけ長くこの国に滞在しているだけだった。
自分たちの前に現れた言動を踏まえると、お世辞にもコミュニケーションが上手だとは思えない。何も情報がない中で、ラノハの荷物を盗んだのがあの門番だと見破った経緯に関しても、今さらながらに不審を抱く。
ハルムスの中でいくつかの可能性が渦巻いたが、しばらく黙りこんでしまったため、一度話をそらす。
「……万が一、相手を殺してしまったらどうなるのかしら?」
「決闘をする以上、何が起こるか分からないからな。一応、犯罪にはならないらしい」
その返答に、ハルムスは満足そうに頷いた。
「それなら安心ね。最終手段としてそれも添えておくことにするわ」
「……節度ある健闘を頼む」
顔をほころばせたハルムスに、ローランコは少しだけ恐怖した。
それを隠すように、この国の補足を続ける。
「快楽殺人者を入れないために、国営の盗賊団も予選に参加しているみたいだ。参加者のレベルが低いときは国庫になるらしい」
それを聞いたハルムスには思い浮かぶ節がある。
予選のバトルロイヤルにおいて、土と風の魔法を盛大に使って降した相手の中に、それらしい人の姿があったのだ。
もっとも、姿形を忘れかけている時点で、取るに足らない相手であったことは間違いないのだが。
――思い出すだけ無駄ね。
などと思いながら、新しい疑問にも気づく。
「優勝した後で、闇討ちされるってことは……?」
「それはなさそうだ。もともと、強奪なんかしなくても国はなんとか回ってるみたいだし、客寄せの意味が大きいらしい。念入りに調べたけど、本当に妙なところで潔いみたいだ」
問題は国を出た後だとローランコは語る。野盗に襲われる可能性を示唆しつつ、「そこは手を打ってある」と自信ありげに話した。
いくつか疑問は残るものの、ハルムスは意識を舞台の方へと戻す。
それからどのくらい時間がたった頃だろうか。
待ち時間の長さに観衆も疑問を持ち始めてきた。
ようやく舞台に上がってきたのは出場者ではなく大会の実行委員であり、その口から放たれたのは、リックスの不戦勝を告げる言葉だった。
「やったー! やったー! やったー!」
ラノハは部隊の脇に設けられたテントの中で大声を上げながら跳びはねていた。
決闘の舞台から身内以外がいなくなったため、盗まれた荷物の返還が約束されたようなものだったからだ。
楽しみにしていた決闘の機会を奪われ、不機嫌そうなリックスとはとても対照的である。
「……二人の試合を見に行くぞ」
子供のようにはしゃぐラノハを半ば引きずる形で連れ出し、リックスは観客席まで移動した。
この大会が始まって以来、女性が準決勝までコマを進めたのは数十年ぶりのことらしい。
胸の高鳴りに合わせ、ハルムスは腰のベルトに挿していた短い木製の杖を抜き、水色を基調とした鮮やかな彩りのロッドに変えた。その色調は彼女の髪の色に近い。
目指すのは優勝ただ一つである。そのために、目の前の男を叩き潰すと心に誓った。
その後には、今まで一度も勝ったことが無い相手、リックス・マービィが待っている。彼の強さを一つの目標にしているだけに、胸の鼓動がよりいっそう高まる。
「なかなか器用なマネをするじゃないか、お嬢さん」
「その呼び方嫌いなの。やめてくれる?」
ローランコはちょっとした皮肉で言ったつもりだったが、ハルムスの黒い瞳にわずかな殺気が混じっる。思いもよらぬ反応に彼は少し驚いた。
何を思ったのか、ローランコは目を少し細める。そして突然ハッとした表情を浮かべると、右手で顔の上半分を隠した。
「……そうか。それはすまない」
ローランコの不可解な表情に、ハルムスが首をかしげる。
やがてローランコは、長剣とも短剣とも呼べないどっちつかずな長さの剣を左手で抜いた。オーダーメイドとおぼしきその剣は、どこを探しても見当たらないだろう。
「変な武器を使うのね。それでわたしに勝てると思ってるわけ?」
「さあな。やってみなけりゃわからないぜ」
試合開始と同時にローランコが動いた。
ハルムスまでの最短距離を勢いよく駆けて斬りかかる。対するハルムスは両手で構えたロッドで受け止めた。
しかし、切っ先はロッドに達しておらず、そのまわりにまとった風圧によって受け止められていた。単純な力比べでは勝てないと見込んだ上での算段である。
両者がぶつかり合う中、ハルムスが左手を武器から放して指をパチンと鳴らすと、彼女を中心に人をも投げ飛ばすほどの強烈な突風が発生した。
観客席の最前列にいたリックスは素早く剣を地面に突き刺し、常人よりも遥かに吹っ飛びやすいラノハの腕を掴んでこの突風をやり過ごした。
同じ列に立っていた観客は何人か後ろに倒れたが、後ろの観客に押され、すぐに元の姿勢を取り戻した。
広場全体に大きな歓声が上がる。
観衆のボルテージが一気に高まる中、唯一本当に飛ばされそうになった者は言った。
「俺、ハルムスになら勝てると思ってたんだよ」
「実際は?」
リックスは言葉の続きをたずねる。
「ハルムスと当たらなくて良かった……」
ローランコは宙を三回舞い、きれいなフォームで着地した。
「やはり一筋縄ではいかないか」
その独り言を聞き取ったハルムスは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
ローランコは一歩後ずさりし、剣を構え直して走った。先ほどよりはやや迂回しながらハルムスに再接近をかける。
だが、ハルムスはそれを許さない。
彼女の使う魔法は接近戦向きではないので、距離を縮められると不都合なのだ。
素早くロッドを横払いすると、先刻よりも威力を増した風が波上に伝わる。
ローランコは跳躍し、波をかわしつつ真下から受けた風により二段階目のジャンプをして剣を振り下ろした。
ハルムスは先日のように左拳を突き出し、大気の鉄拳をおみまいするも、落下の勢いが加わって威力が増していた剣に両断されてしまった。さすがのハルムスも、わずかにたじろぐ。
ローランコは着地してから間隔を入れず、ロッドを握る右手首に剣の平を叩きつけ、色鮮やかな武器をはたき落とした。
ロッドは彼女の手から離れた途端、元の短い杖に戻って転がってゆく。
「痛ッ!」
ハルムスは後ろに体重をかけた。
仰向けになる寸前、杖の放れた右手を握り直し、空気中の見えない何かを手繰り寄せるように引いた。
「なんだ!?」
背後に何かがあるとみたローランコが振り返ると、子供の身の丈ほどはありそうな火炎球が勢いよく迫っていた。
「クッ、これは!」
会場に大きな爆音が響いた。
リックスは観客席から空を見上げていた。
三階建ての建物と同等の高さをもつ大きな松明には、今も真っ赤な炎が燃えている。
「……この火を利用したな」
ハルムスは足元に空気のクッションを作り、仰向けのまま舞台の上、地面すれすれを滑るように移動している。途中で杖を拾い上げ、ローランコと距離を取ってから立ち上がった。息一つ乱れてはいない。
短い杖に再び魔力を注ぎ込み、武器としてのロッドに作り変える。
膝を突いていたローランコも立ち上がる。
上着の左肩部分が焼けて肌が少し露出しているが、火傷は見当たらなかった。
「驚きだ。正直ここまでやるとは思わなかった」
ハルムスは口元だけでニヤリと笑った。
「油断のせいだって言いたいわけ? いい気味じゃない」
ハルムスが言い終わる前にローランコは剣を鞘に収めた。
不思議に思いながらも警戒は緩めない。これから降参しようとしている男の目ではなかったからだ。何かまだ奥の手がある。そんな確信があった。
ハルムスがロッドを構えるのと同時に、ローランコは右手を上げる。
「悪いな。俺も結構負けず嫌いなんだ」
上がった手の平が、わずかに光ったような気がした。
まぶしさに似た妙な感覚に、ハルムスは思わず目を閉じる。
そして、次に目を開いた時には、ローランコの姿はどこにもなかった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
次話は明日投稿します。
2013/01/30加筆修正