第二話 エピソード4『超能力者と盗賊の国』Cパート
ローランコが三人を案内した場所は、入国時に通った外壁の門だった。
そもそもこの国は、全体が正方形のような形をしている。四方を囲む外壁のうち、西を除く三方向に門は設置されていた。目の前にあるのは三人が入国する際に利用した南門だ。
到着するなり、ローランコは門番小屋へ足を向けた。
入り口の戸を叩くと、出てきたのは三人の手荷物検査を行った男である。彼はバンダナの男を見たとたん、表情を濁した。すぐに扉を閉めようとするが、ローランコがそれを許さない。
「もうしばらく居候するぜ。あと、今日から三人増えるから」
遠めに様子をうかがう三人を親指で指すと、門番はよりいっそう顔を青くした。
ローランコはこれまでの七日間、門番小屋に居ついていたのだ。彼の信じる正義も疑わしいところだが、実際これにも理由がある。
門番は手荷物検査の際にローランコの荷物を少しばかり、くすねようとしたのだ。その場で見つかり、現在に至る。
もっとも、許しを請うために宿泊場所を提供すると言ったのは門番なのだが、ここまで長居するとは思わなかったようだ。
食客が増えることにも抵抗を示すが、いとも簡単に丸め込まれる。
「そこにいる混血ドワーフから財布をスリ取ったの、おまえだろ?」
門番はすぐに白状した。
殺気をまとい、無言でにらみつけてくるラノハに命乞いをしたのだ。
彼の話によると、手荷物検査の際にラノハの荷物を奪った後、私物化しようとしていたところを上司に見つかり、翌日に控えている大会の景品に回されてしまったのだという。
一連の話を聴き終えたラノハは、門番に掴み掛かって罵倒する。リックスがあらかじめ武器を奪っていなかったら、彼の命は無かったかもしれない。
ラノハの気が済んだ頃、疲れきった門番にローランコが何かを耳打ちする。青ざめた門番は力なく首を縦に振った。
安全な宿の出来上がりである。
食事はローランコが比較的安全だと称する商店で買い求めた。
彼いわく、この国には無数の窃盗団があり、いくつかの派閥を作っているのだという。
どの窃盗団も昔は積極的に国外へ出て盗みを働いていたらしいが、現在は自分たちの縄張りに店を構える商人から多額のみかじめ料を取ることで生計を立てているらしい。
ここで派閥の話が重要になってくる。力のある窃盗団の縄張りでは、普段から盗賊がにらみを利かせているおかげで治安が良いのだ。そうなるほど、みかじめ料が割高となる仕組みである。
ローランコが紹介した商店街もその部類だった。高い金額を納めることができるのは、ここに店を出している商人たちが裕福な証でもある。
目が悪いことを理由に釣銭をごまかそうとする老婆に頭を抱えたものの、それ以外に大きな問題は発生しなかった。
買い物を終えると、四人は門番小屋に戻る。
小屋といっても、大人が十数人は寝泊まりできる広さがあり、南門の門番は手荷物検査を行った男が一人いるだけだった。
ローランコが言うには、門番は不人気の仕事らしい。
国民の主成分が盗賊であるこの国では、入国者に対して最初に盗みを働くことができる役職はもともと人気のある職業だった。少年の頃から門番になることを志す者も多かったという。
しかし、あるとき決闘大会の参加者から金銭をスリ取った犯行がバレて、逆鱗を買った門番が首を跳ね飛ばされるという事件があったそうだ。それ以来、とたんに門番の役職に居つく者はいなくなったという。
そもそも門番は軍人である。
格差の広がりつつある中で、民営の窃盗団に就くことができるのは貴族を中心とした一握りの人間だけだった。商店を開こうにも、みかじめ料を納めるための資本が必要となる。
残された国民は、命をかけて国外へ盗みに出かける国営盗賊団と、既定の職務だけこなしていれば食事にありつける防衛軍のどちらかで働くしか道は残されていないのだ。
いずれにしても、国民には選ぶ権利がある。
近年は進んで前者に勤めるものは少なく、良い人材は窃盗団に引き抜かれるので、思うように回らない。国庫を出してまで民間から人材の派遣を求めるくらいだ。
身の安全を求めて後者を選んだ人間が、門番という危険な役職を求めることなど皆無といえよう。
残ったのは、かつて相応の人数を収容していた門番小屋だけである。
様々な偶然から行き着いた宿で手足を伸ばした四人は、これからのことについて話した。
ハルムスは、さりげなく話に加わってくるローランコにガンを飛ばすが、当の本人はそれとなく無視する。
一通り情報を整理すると、全員が決闘大会に参加することで合意した。
詳しい情報を門番に問い合わせてみると、大会は国の内外から力自慢の集まる大きなイベントであることが分かった。参加者の人数は季節ごとに多少のバラつきはあるようだが、およそ四つから八つのブロックに分かれて予選をするらしい。
参加会場と出場するブロックの打ち合わせまで済ませると、四人は翌日の予選に備えて休息をとることにした。
翌日の朝、夜が明ける前に四人は門番小屋を出発する。
もともと小さな国であるが、会場までは少しばかり距離があったからだ。空が明るくなる頃には、いたる所に参加者とおぼしき人の姿も見られ、街は祭りムードで賑わっていた。
弾む気持ちを抑えきれないリックスは会場に近づくにつれて歩調が速くなっていく。
やがてエントリーの受付が見えると、勢いよく抜刀し、その場にいた百人近い参加者の列に向かって高らかに優勝宣言をした。
ハルムス、ラノハ、ローランコの三人は素早く距離をとって、他人のふりをする。このような事態が発生する可能性があると、事前にハルムスが放していたためか、その対応は早かった。
予選は国の中央部にある四つの会場で行われる。
この場にリックスを放置した三人は互いにエールを贈り合い、人ごみの中で別れて、それぞれの会場へと足を運んだ。
各会場ではバトルロイヤル方式で何度か試合が行われ、残った選手がトーナメントで対戦する。
準々決勝までがこの日に開催された。
各会場でバトルロイヤルを目にした三人は、先に多くの敵を作ったリックスの姿が目に浮かんだが、その心配とは裏腹に、彼は堂々と勝ち上がってきた。
ハルムスとローランコも翌日行われる準決勝に進出し、ラノハだけは予選で敗退した。
大会二日目に進出した三人には、国で最も豪華とされる宿泊施設の一室がそれぞれ用意された。
もちろんだが、ラノハには用意されていない。
このまま例の門番と二人きりにするのは危険だと判断した三人は、ラノハをホテルに潜り込ませる方法を模索した結果、最も効率的な方法に行きついた。
「俺、いつからハルムスの奴隷になったんだ……」
「仕方ないって。奴隷だと手荷物扱いされるから、こうして泊まることができるわけだし」
いじけるラノハをリックスがなだめる。
ラノハと一晩二人きりという状況をなんとしても願い下げしたい門番は、喜んで入国審査書の偽装を買って出たのだ。
無事にラノハを連れ込んだ一同は、リックスの部屋に集まっていた。
ローランコは日課だという瞑想をしているし、ハルムスは施設内にある図書館から借りてきた魔導書を読んでいる。
一人でラノハの相手をしているリックスは、二人を恨めしくにらむ。
「みんなにとって俺は、お荷物なのか……」
「そんなことは言ってないだろう!」
ローランコが瞑想を終えるまでの間、いじけるラノハの世話役はリックスに押しつけられた。
さらに翌日の朝、国の中央に位置する広場に決闘用の舞台が組まれていた。
きれいな縁の形をした舞台の直径は、先日見上げた外壁の高さの二倍近くある。周囲には四つの大きな松明があり、真っ赤な炎が燃え盛っていた。
観客席は一切設けられておらず、すべて立ち席となっている。収まりきらなかった観客が建物の屋根から会場を見下ろす姿も見られた。
準決勝第一試合にはリックスが出場し、第二試合はハルムスとローランコで争われる。
三人はテントの中に設けられた選手控え室で簡単な食事を済ませた後、リックスは一足先に会場へ向かい、二人も後を追うように足を運んだ。
第一試合に出場するリックスは舞台に上がるための階段下でラノハと話している。それを見届けた二人は、舞台の見える高台に移動して試合の開始を待った。
「そういえば、準決勝からはあの舞台から落ちたら負けっていうルールがあるそうね」
チラシを見ながらハルムスが言った。
「限られたスペースの方が有利だって言いたいのか?」
「まあね」
正直に言えば、ハルムスの返答はブラフである。
彼女が得意とする魔術の中には、土を操る地属性魔法があった。予選でも惜しげなく使った魔法であるが、地表からある程度の高さが設けられているステージの上では使用に難がある。
ハルムスにとっては、使える武器が一つ制限されたフィールドだった。
はったりをかましながら、ハルムスは思う。
ローランコは表裏の無い真っ直ぐな性格なのだと。損得感情なしで人と関わったことがないハルムスにとってはめずらしいタイプの人間である。
理解が及ぶまで時間が掛かったが、今は信頼を寄せても大丈夫だと思っていた。時おり気に食わない言動はあるが、そこは大目に見ることにする。
ハルムスはこれまでの旅で、自分に足りないのは寛容な心であると自覚していたからだ。
「始まるぞ。どれ、決勝の相手を拝見するとしようか」
ハルムスはその言動を素直な挑発として受け取り、舞台に目を向けた。
「ラノハが闘った相手ってどんなやつだ?」
「茶髪と金髪の入り混じった髪の長い男だった。剣の使い手でなかなか手強かった。いや、手強かったというか、負けたんだけどさ……」
ラノハは悔しそうに唇を噛む。
相手の情報を調べることに関しては規則にないため、このような会話も多めに見てもらえるのだ。
ここまで話を聞き終えたリックスは、何か続きを話そうとするラノハに待ったをかける。
「わかった。それ以上は聞かないでおく。楽しみが減るからな」
それだけ言うと、リックスは階段を上がり始めた。
後を見送るラノハがもう一声かける。
「勝ってくれよ!」
右手で剣を抜いたリックスは、親指を立てた左手をラノハに向けた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
この話はGパートくらいで終わりそうです。
2013/01/30加筆修正