第四話 エピソード5『猛獣使いの遺産』Rパート
リックスの加勢を得て、書庫の捜索は順調に進んだ。
ラノハとローランコが整理した食器に関しても、割れ物以外はすべて持っていくことに決まる。
まとまった荷物を軽々と持ち上げたルオラは、小さくなった袋を上着のポケットに放り込んだ。
しかし、上着の布が重みに耐え切れず穴が空き、落下した包みが彼女の小指を直撃するという事態も発生する。いくら身体が丈夫な吸血鬼といえど、こればかりは治癒魔法のお世話になるほかなかった。
空が明るくなったのを見計らって発電機も破壊する。
この家にある電荷製品がどれも夜想都市で作られたものだとルオラが話したのを皮切りに、他の機材も残さず壊して回った。
そして、出発の時はゆるやかに訪れる。
陽光が屋敷を照らし出し、玄関口から太陽を見上げたローランコとラノハが中を振り返った。入り口脇の壁には、ルオラからもらったベージュ色のローブを羽織るハルムスがよりかかっている。
エントランスではルオラがバランの胸に一輪の花を添えていた。彼と母親が生前にこよなく愛していた花らしい。
最後の別れを惜しむ彼女がまとっているのは、四人に初めて出会ったときに身に着けていたフードつきの外套だった。それには太陽の光を防ぐ魔法がかかっているのだという。
窓から差し込む光に気がつくと、大粒の涙を両手の袖で拭きながら立ち上がり、そばにいるリックスに振り向いた。
「……いいよ」
それだけ言うと、ルオラは逃げるように小走りで玄関口へ向かう。
少女の了解を得たリックスは双剣の一方を引き抜く。炎の剣だ。
バランの周りには持っていくのを諦めた書物が陳列されていて、よく燃えるように薪も添えてある。
刀身に炎をまとい、ひと思いに振り降ろそうとしたしたリックスはすんでのところで手を止めた。炎の四散した剣を鞘に納めると、バランの首から太陽神の描かれた正九角形のペンダントを取り上げる。
「ルオラ」
呼ばれて振り返った少女の首にペンダントをかける。
手のひら大の首飾りは、彼女には少し大きいように感じられた。
「形見として持っていたほうがいい」
「……うん」
涙ながらに返事をしたルオラは遺品をローブの下へとしまう。
それを見届けると、リックスは構え直した剣を一気に振り下ろし、刀身に渦巻く炎を書物に焚きつけた。
大広間はたちまち火の手に包まれる。
リックスは仲間たちに先に外へ出るよう促し、自分は天井にもう一振り加えてから屋敷を出た。
炎は驚くほど早く木造の家屋に広がっていく。
やがて屋根が崩れ、エントランスがあった空間がむき出しになったのを見届けると、五人は火災現場に背を向けた。
ルオラは一度だけ振り向いたが、思い出の詰まった家の最後をそれ以上見ないと心に決める。涙をよく拭いて、登山道とは違う下山ルートへ四人を案内すべく道を示した。
ラノハとローランコがルオラの前を歩き、リックスとハルムスは後衛についた。ルオラを取り囲むような陣形は、外套のせいで身動きの取りにくい彼女をかばってのものだった。
幸いにも、ルオラが長年踏み歩いた獣道を行く道中に魔物の気配はない。下りの道は平坦なもので、これといったアクシデントに見舞われることはなかった。
道の終わりにさしかかったところでラノハとローランコが何かを話し始め、会話を聞いていたルオラがそこに加わる。
一方でハルムスは、三人の注意が自分たちに向いていないと悟り、リックスに話しかけた。
「あの子が狂ったときのことだけど、結構な怪我をしながら、よくもあれだけの言葉を並べることができたわね」
「気力だけで持たせてたからな」
リックスは照れくさそうに頭を掻いた。
その様子を見たハルムスは、確信をつく言葉を投げかける。
「痛覚遮断魔法?」
ハルムスはたずねるように語尾をにごらせた。
リックスの眉がわずかに寄ったのを見逃さない。ほのかな疑問が確信に変わり、ハルムスは続けて問いただす。
「自重を支え直したときにでも使ったのかしら? 一歩間違えれば死ぬかもしれない状況でよくやるわね」
「……」
「あの子が小指を打ちつけたときも、私の目を盗んで彼女の痛覚を封じたんでしょ? いくら治癒魔法をかけたとはいえ、痛みが引くまでには時間が掛かるものね。今あんなふうに歩いているのも疑問に思うわ」
リックスは言葉を返さない。
先ほどの笑みは消え、目線は進行方向を直視している。
「めずらしい魔法よね。大陸全土を探しても、使える人は指で数えられるくらいじゃないかしら」
リックスは目線を少し上げた。のぞきこむように自分を見上げてくるハルムスから、あからさまに目をそらす。
無言を押し通すリックスに、ハルムスは小さなため息をついた。
「いいわ。気づかなかったことにしてあげる。でも、気が向いたら使い方を教えなさい」
ペースを上げて三人に追いついていくハルムス。
その背中を見ながら、リックスはバツが悪そうにぼやいた。
「……油断できないな」
山の中腹から上がる煙は麓からもよく見えた。
燃え盛る炎は木々に隠れているが、空に伸びていく黒煙を見れば、火の勢いは容易に想像がつく。
山火事を恐れる村人たちは相次いでパニックを起こし、寝ている者を起こすための鈍い金属音が、あちらこちらで飛び交っていた。
「まだアイツが来てないのに、次から次へと……!」
民宿を飛び出したレンは、またしても起こった非常事態に焦りを募らせる。
彼の背後で同じように煙を見上げているガーネルドに振り向き、同行を促した。
「ひとまず結界を張って被害の拡大を防ぐ。手伝ってくれ」
ガーネルドが頷いたのを確認すると、レンは早足で登山道に向かう。
早朝であるために靴の調達は間に合っておらず、サラシを巻いただけの足で走るほかなかった。
並走するレンとガーネルドを住宅の影から見送ったローランコは、借りた宿の一室に瞬間移動した。
前日に置いていった自分の荷物を背負うと、懐から財布を取り出す。宿代が前払いだったことを思い出し、迷惑料と称して銀貨を数枚置いていく。それ以外の痕跡は何も残さなかった。
再び瞬間移動する。
路地裏に出たローランコは、透視を使って人目を避けるためのルートを探り出した。迂回路を通って先に村を出た仲間たちを追いかけるためだ。
ローランコは平屋の続く風景を疾走していく。
村をひとたび出れば、丈の低い草が地平線まで広がる草原だ。延々と続いていく似かよった風景の中で、一度でもはぐれてしまえば、合流するのは難しい。
だが幸いにも、町はずれにあるゲートを越えたところで、仲間たちを視認することができた。
これといって慌てる必要もない場面だったが、ローランコは全速力で皆に追いつく。
「意外だな。もっと遠くまで行ってるかと思ったぞ」
「リックスとルオラが待とうって言ったんだ。やっぱり、何かあったら大変だしさ」
「そうか。ありがとな」
ラノハの返事を聞いて、ローランコは仲間たちと視線を交わす。それから先は言葉などいらなかった。
下山と同じ隊列を組むと、四人は集落に背を向けて歩き出した。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
長くなったこのお話も無事に完結させることができました。
とはいえ、彼らの冒険は始まったばかりです。物語はまだまだ続きますよ。
次回はエピローグを担うアナザーエピソードです。
明日の午前0時に更新します。




