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アブロード  作者: 大鳥椎名
第一部 逃避行
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第二話 エピソード4『超能力者と盗賊の国』Aパート

 タイトルの読み方は『超能力者サイキッカーと盗賊の国』です。

 長編なのでパート分けしてあります。


 強固な外壁に囲まれた小さな国があった。

 国の中央に位置する広場では二人の男が決闘をしていて、大舞台を囲んでいる観客は過激ともいえる罵声ばせいを浴びせ掛け、両者に戦闘をあおる。

 荒れ狂う観衆の中、魔術師の少女ハルムス・ナーフレジャーは仲間の勝利を祈っていた。そう願う少女の目には、大粒の涙が溢れている。





 ことの始まりは二日前。

 三人の旅人がその国に足を踏み入れた日までさかのぼる。


「でけえ門だな」


 成人男性の身長に換算して、およそ六人分に匹敵する高さを持った外壁と門を前に、旅人の一人であるラノハ・グーデルハルスはそう言った。


 ラノハは誇り高き戦士の子を自称する混血ハーフドワーフだ。人間で例えるなら十代前半という外見だが、実際は連れの二人よりもいくらか年上である。人間の血を色濃く受け継いでいるのか、本来ドワーフ族が持っている身長の低さや大柄な体形などは、なりを潜めていて、顔立ちも人間に近い。

 背負っている戦闘斧バトルアックスと呼ばれる柄の長い斧と、腰に挿している複数の短剣が特徴的だった。


 同行者である剣の使い手リックス・マービィも、つられて国の外壁を見上げる。並大抵の攻撃ではびくともしない強固な壁を前に、彼はよりいっそう気を引き締めた。

 ラノハの頭越しに、仲間である水色の髪の少女ハルムスと視線を交わす。彼女もまた同じ考えのようだった。


「いいか、ラノハ。一番危ないのは入国時だ」


 そう言ってリックスは理由を続ける。

 地図を頼りに大陸を歩いて、偶然見つけた国。彼らはその国に対する予備知識など何もなかった。

 もしも何らかの理由で入国を拒否されれば、地図を頼りに別の集落を探さなければならない。そうなれば、携帯している食料が減り始めている三人は飢えるほかなくなるのだ。


 大陸の南部から南東部にかけて点在する国々の大半は異種族を歓迎しているが、中には宗教上の理由で外部との接触を拒んだり、特定の種族を極端に忌み嫌う国もある。

 そういった問題を何度か経験しているリックスとハルムスは、放浪者として半人前のラノハにこのことをよく話していた。

 あらためて現実を前にしたラノハは思わず息をのみ、これまで歩いてきた道を振り返った。


「それって……」


 これまで歩いてきた砂漠化が進む道のりに、ラノハは身震いする。

 この道をもう一度歩いて、もといた場所に帰るのは絶望的に思えた。


「大事なのは第一印象だ。俺たちは盗賊じみた服装はしてないし、堂々としていれば問題ないはずだ。もしも何か危害を加えられそうになったら、全力で国の外へ逃げるぞ」

「わかった」


 ラノハの了解を得て、一同は門番らしき人物の見える場所へと歩いていく。

 三人の入場に際して重い門が開くことはなく、脇にある小さな通用口からの入国となった。

 幸いにも、先ほどから抱いていた心配は杞憂きゆうに終わり、手荷物検査を通った三人は無事に街へ出る。


「終わってみたら結構あっけないものだったな」

「いつもこうなら、いいけどね」

「恐いこと言うなよ」


 ハルムスの返事にラノハはもう一度身震いした。


 三人は旅先で手に入れた品物の売却や食料の調達をすべく、街の散策を開始する。

 外壁に囲まれた街並みに風は吹き抜けておらず、建物はレンガを積み立てた家が多かった。時おり木造住宅も見かけるが、どこか肩身の狭いイメージがつきまとっている。


 出だしは良好に見えたこの国での滞在だが、早くも問題が浮上した。

 異変に気付いたのはリックスである。

 人ごみの中でスリに出会ったリックスは、自分の財布を奪い取ろうとした男の手首をつかんだ。そのまま握り締めてやると、間もなく悲鳴が上がり、これといって気にされることもなく人の波に飲まれてゆく。

 そんなことが何度も続いたので、二人に貴重品を内ポケットに移すように伝えたのだが、この時点でラノハはすでに手遅れだった。財布はおろか、売却するために故郷から持ってきた荷物もスリ盗られたらしい。


「どうしてもっと早く言ってくれなかったんだよ!」


 ひとけのない裏通りでラノハが声を上げる。

 その声はたちまちレンガ造りの住宅にこだまして、騒音に気づいた子どもが二階の窓から三人の様子をうかがう姿も見られた。


「警戒はしてたさ。ハルムスの財布を狙う輩も何人か退治したし、おまえのポケットに手を伸ばしてたやつも蹴散らしたけど……」

「そうか……」


 二人の会話を見守っていたハルムスはゾッとする。自分も狙われていたのだと。

 元々少ない所持金を奪われてはたまらないと、財布の無事を確認してから素早く内ポケットに移した。


 ハルムスは行き倒れになっているところを助けられて以来、ずっとリックスの世話になっていた。旅のノウハウを教えてくれたのもリックスであったし、今着ている衣服も大半はリックスが買ってくれたものだった。


 その一方で、自分はリックスという人間のことをどれだけ知っているのだろうと考えるときがある。

 リックスは己の過去については語らない。それはハルムス自身も同じであり、いつの間にか見えない不可侵条約が成立していた。

 見たところ、リックスは自分に恋愛感情に近い好意は寄せていないようだった。それゆえにリックスのことは信頼できる。


 ひょんなことからラノハという仲間も加わり、ハルムスは今という時が楽しかった。

 ……はずだった。


「ハルムス」


 リックスの声でハルムスは我に帰った。

 財布の中身を確認したリックスが、めずらしく深刻な顔をしている。三人分の宿泊費があるかどうか気にしているようだった。


「所持金、どれくらい持ってる?」


 ハルムスは黙って首を横に振った。


「……」

「……」

「……」


 スリの徘徊はいかいする都市で野宿をする。

 誰もがこの事実を口にせず、また現実として受け入れたくもなかった。





 この世のあらゆる悪を許さない。

 ローランコ・ビアンスキーというのは、そういう男だ。

 彼は、近くの国が盗賊団による大規模な強奪に遭った、という話を偶然にも旅先で耳にした。

 誰に言われたわけでもないが、正義感を燃やした彼は、奪われた財宝をを取り戻すべく、盗賊団を独自に追いかけ、この国へと辿たどり着いた。


――けど、まさかな。


 ローランコが見る限り、ここは盗賊の国だった。

 検査を行った門番も含め、およそ八万人いる国民すべてが盗賊なのだろう。

 国営の防衛軍なんてものはよくあるが、どうやらこの国には国営の盗賊団もあるようだ。自身が追ってきた連中も、おそらくその一団だろうと推測していた。


 この国に滞在して数日のうちに、盗まれた財宝が保管されている貯蔵庫を発見する。

 それはどういうわけか、国営の盗賊団にしては警備が薄かった。察するに、隠し場所を国民に探られないようにするための策であるようだ。

 これは隠密調査に長けた彼には追い風だった。


 国を挙げてのプロパガンダも、ローランコにとっては手薄な警備体制でしかない。彼が本気を出せば決して破れないものでもなかったが、奪還を試みないのにも理由がある。

 それはローランコの持つ、行き過ぎた道徳心が関係していた。


 彼の中では『強引に物を奪い取る』という点において、財宝の奪還と盗賊団の行う略奪は同義とされていた。

 現実的に考えれば、そのような理屈には至らないと彼も承知しているものの、長い年月をかけて培われた論理が次の行動をはばんでいた。


――何か、合法的に取り戻す手段は無いのか?


 ここでいう『法』というのは、彼の信じる理念の事である。

 そのようなご都合主義が通ずることがないのは、頭では理解しているつもりだった。

 現実と複雑な倫理りんりの間で揺れるローランコに、双方の妥協点ともいえる手段を伝えるチラシが飛んできたのは、予期せぬ幸運であった。


 チラシの内容に目を走らせたローランコは、薄く日が差し込む裏通りで人知れず歓喜する。

 長く心に刺さっていた杭が抜けた彼は足取りも軽くなり、自身の拠点に戻るべく、歩を進めていく。

 旅人一行の姿を見かけたのはそんな時だった。


 最初にローランコの目に入ったのは、緑色の上着を羽織った魔術師らしい少女だった。

 肩のあたりで切りそろえられた水色の髪は薄暗い通りの中でもんでいて、腰と首に巻いてある真紅のベルトがその輝きを一段と際立てているように見えた。

 遠目からでは分からなかった端整な顔立ちと漆黒の瞳も不思議な魅力を放っている。


 少女に負けず劣らず存在感を放つ男は、背中の方に見える大型剣が特徴的だった。

 肩までかかった茶色の髪は少女よりも幾分か長い。ポケットなどの装飾がない上着は、ところどころボタンがはずれていて、黒い肌着をちらつかせている。

 これまた調和のとれた容姿をしていて、彼の持つ黄金の瞳はローランコがこれまで一度も目にしたことがない類のものだった。


 もう一人の連れは、彼がこの国で初めて見かけた異種族である。

 人間とドワーフの混血ハーフではないかと見立てたローランコの推測は結果的に正しく、幼く見える容姿に過多な武装は似合わない印象を受けた。クセ毛のある銀色の髪や金色の刺繍ししゅうが入った民族服も、よく見れば特長的だが、前述の二人と並ぶと地味に見えてしまうのは否めない。


――変わったやつらだな。


 そうつぶやくローランコは、自分のことを棚に上げている。

 熱帯から亜熱帯にかけての地域が多い、この大陸での旅を心得ているのか、三人は共通して半袖の衣服を着込んでいた。かくいうローランコも同様であるが。


 ローランコは困っている人を見かけたら、見過ごすことのできない性分だった。

 親切とおせっかいが隣り合わせであることは了解しているが、最終的には自身の正義に身をゆだ委ねるのが彼のつねでもある。


 スリの被害に遭ったらしい三人を救済すべく、ローランコは進行方向を改めた。



 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

 次話は明日投稿します。


 ちなみにハルムスは、イメチェンに成功しました。


 2012/08/13あとがきの追加

 2012/08/31改行や文章の一部修正

 2012/09/26表現の一部修正

 2012/11/26文章の一部修正とルビの追加

 2012/12/22キャラクターの説明を一部修正

 2013/01/31加筆および構成の修正

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