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アブロード  作者: 大鳥椎名
第一部 逃避行
26/31

第四話 エピソード5『猛獣使いの遺産』Nパート


 激しい攻防と言えば間違いない。


 リックスが構える双剣は見た目こそ同じだが、かたや炎、かたや氷の魔力が流れている。

 左の剣から放たれた青い光線は、ガーネルドの両足と、その周囲にある草木を瞬く間に凍りつかせた。


 身動きを封じた上で斬りかかるリックスを前に、ガーネルドは両足に炎をまとい、氷のかせを溶かして抜け出した。相手の右側面に回りこむが、宙返りしたリックスが追いつき、空中で二本の剣を同時に袈裟けさがけた。

 身体が上下逆さまの状態という、ありえない体勢から放たれた攻撃を受けきれず、ガーネルドは遥か後方へと弾き飛ばされた。背中を木に打ちつけ、立ち上がりながらも、その威力に目を見開く。


 双剣はそれぞれの剣を片手で持つため、単発での攻撃力は量手持ちの武器に比べて小さい。双方を同時に振り下ろしたところで大した破壊力はないはずだった。

 ところがリックスの放った斬撃は、大剣の一撃をまともに受けたときと変わらない威力があった。それも重心を維持できない空中での攻撃である。


 ガーネルドは認識した。目の前の剣魔道士は、武器の性能に頼り切る中途半端な相手ではない。

 その一方で、これだけの実力者がなぜ自分に刃を向けるのか、まったく分からないでいた。

 人間とは戦わない。

 それがガーネルドのポリシーであり、このような場面においても防御に徹していた。


 距離を詰めての剣技けんぎに、間合いが開けば魔法での追撃。

 たくみなコンビネーションで道を塞ぐリックスは、攻撃の手を一度休める。

 相手に悟られまいと平静を装っていたものの、内心ではあせりを見せていた。

 先ほどルオラに多くの血を分け与えてしまったため、本調子ではなかったのだ。こんな形で戦闘になるなど想定できるはずもない。

 揺らぎそうになる意識を必死に繋ぎながら、名も知れぬ暗殺者を目でとらえる。

 月は両者を幻想的に照らし出していた。


 膠着こうちゃくを破ったのは大地をえぐるような轟音ごうおんだった。

 無数の鳥やコウモリが木々から飛び立ち、月明かりをさえぎる。

 二人の注意も、ハルムスが切り倒した大木の方に少し向く。


 この機をガーネルドは逃さなかった。

 一足早く意識を戻すと、リックスの頭上を跳び越え、振り返ることなく闇の中へ駆けていく。


「しまった!」


 普段のリックスならば絶対に起こり得ないミスであった。

 それだけに、焦りと悔しさが瞬時につのっていく。


 慌てて後を追うが、立ち塞がるように現れた影を見て足を止めた。

 しばらく警戒していたリックスだが、見慣れたショートヘアの魔術師の姿に、少し落ち着きを取り戻す。


「ハルムスか」

「リ……リックスなの?」


 空を舞っていた動物たちの姿はもう少ない。道なき道を歩んで暗闇に目が慣れていたハルムスには、月明かりがまぶしく映ったようだった。

 仲間の無事を心の内で喜びながら、明順応めいじゅんのうを待たずにリックスへ問いかける。


「二人は? みんな無事なの?」

「今は無事だ。けど――」


 会話のさなか、二人のそばに大きな黒い塊が降り立った。

 正確には落下してきたという表現が正しい細身の影は、弱々しく動いている。

 リックスは、不審な動きを見せる生き物からハルムスを背中に隠して剣を構えた。

 だが、それが必死に立ち上がろうとする手負いの吸血鬼だと気がつき、双剣をさやに納めて駆け寄る。


「バランさん!」

「リックスくん……か? いいところに、来て……くれた」


 そこまで言ってバランは吐血した。

 左手で押さえる腹部からも、おびただしい量の血が流れ出している。

 人間ならば、これだけの出血でも対応次第で一命をとりとめることはある。だが、他者に血を依存しなければならない吸血鬼ともなると、かすかな量ですら命取りになりかねない。


 この弱点を補うためか、現代に生きる吸血鬼は高い治癒力を持っている。多少の傷ならば、すぐに消えてもおかしくなかった。

 無意識に悪寒が走ったリックスは、患部かんぶに右手を当てて治癒魔法をかける。しかし、まばゆい光に照らされた傷は一向に塞がる気配がなかった。


「加勢した方がいいかしら?」


 バランとは面識のないハルムスだったが、必死になるリックスの険相に、事態を重く見る。

 その名乗り出を制したのはバランだった。


「無駄だ。……どうやら呪いのこめられた武器で斬られたらしい。おそらく私の命も……長くはないだろう」

「そんな!」


 バランは大体の言葉を一息で口にしたものの、かすれた声を聞き取るのは至難の技だった。

 リックスはより一層の力を右腕にこめるが、バランがその手を強く掴み、術式は中断される。


「もうやめてくれ。……どのみち私は助からん」

「しかし!」

「年上の……話は聴くものだ。それよりも……ルオラのことを」


 声が次第に弱くなっていく一方で、腕を握る力は対照的に強くなっていく。


「あの子がこの世に生を受けて……わずか十六年。吸血鬼として……まだ若すぎる」





 屋敷に残った三人は客間で円卓を囲みながら、リックスとバランの帰りを静かに待っていた。


 始めは追いかけようと躍起やっきになっていたラノハだが、外へ出たところで自分の身を守ることすら危うい。その事実を突きつけられると、行動意欲は嫌というほどがれていた。

 今は机に顔を伏せているが、眠っているわけではない。自身の力のなさが情けなくなって、その目を涙でにじませているのだ。


 一切の会話がないまま時間だけが過ぎてゆく。

 そんな中、ルオラがふと天井を見上げた。不意の気づきは、やがて少しずつ確信へと変わり、少女の不安をあおっていく。


「パパの結界が弱まってる……? パパに何かあったのかも!」


 ルオラはそそくさと席を立ち、客間の扉を強引に開けて廊下を駆けていく。


「待った! どこへ行くんだ!」


 すかさずローランコが後を追う。ルオラが走っていったのは玄関の方だったからだ。

 遅れて顔を上げたラノハも、涙をそでぬぐってからローランコの背中を追いかける。


 ルオラはエントランスの中央で立ちつくしていた。

 暗い中でも窓から月明かりがのぞく。わずかに照らされた足元に目をやれば、少女のふるえを見てとることができた。

 目線の先は玄関扉。いまだ閉じられたままの戸口に人の気配はない。

 少女の過呼吸じみた息づかいがエントランスに薄く響いている。


「戻ろう。俺たちがここにいたって、事態は好転しない」

 はたから見ても息苦しそうに見えるルオラをローランコがなだめようとする。


「嫌だ! ここにいれば、すぐにでも治癒魔法をかけてあげられるもん!」

「とりあえずルオラ、落ち着こうよ」


 不自然な息切れの合間に声を上げるルオラに、ラノハも深呼吸をうながす。

 二人の働きかけに応じて息を整えると、少女は少し冷静になれた気がした。めまいを起こさなかったのは、先ほど取り込んだリックスの血液が健康だったからかもしれない。


「二人ともありがとう。でも、ここで待っていたいの」


 改めてルオラの希望を聴いた二人は黙って頷いた。

 わがままを聞き入れてくれた友人に、少女は嘘偽りない感謝の言葉を述べる。


「ありがとう。……電気つけようか?」


 お礼を言った後でルオラは二人に背を向けた。なかば照れ隠しの問いである。

 ルオラは夜目が利くため、ラノハとローランコの表情が鮮明に見える。逆に相手から自分の姿が見えなくて良かったと、思った矢先の失言だった。


「いや、無理につけなくていい。本当はまぶしいんだろ? 客間もつけたままだし、また根っこが上がったら大変だ」

「……根っこ?」


 ルオラは断りの内容に安堵あんどするかたわら、ローランコの口から出てきた不可解な単語に首をかしげた。


「いや、そこは気にしなくていい。適度な光もあるし、ラノハも眠ったりしないだろう」

「……え? 誰が寝るって?」


 突然話を振られたラノハがビクつく。

 本当にうとうとしていたラノハを見て、ルオラは思わず笑いそうになったが、とっさに口を押さえてこらえる。


 そうして一同の緊張がいくらかやわらいできたときだった。

 ルオラが玄関扉の方へ視線を向けて言う。


「誰か来た」


 吸血鬼の聴覚は人間の比にならない。

 彼女が耳をすませて注意深く思案していると、近づいてくる何者かの気配を鮮明にとらえることができた。


「……走ってる。リックスさんかも」


 ルオラの言葉に、二人も少し安心して二枚扉に目を向ける。

 だが、三人の希望的観測はからくも打ち砕かれた。


 言葉でいうなれば、力ずくという表現がピタリと当てはまる轟音ごうおんと共に、戸口が破壊される。

 頑丈な鉄扉を強引に蹴破けやぶって入ってきた男は、三人の姿を見受けるなり地面を蹴った。


――なんだ!?


 素早くローランコがラノハを突き飛ばし、刃が迫る少女の手を取って瞬間移動テレポーテーションした。

 目標を見失った男――ガーネルドは、尻もちをついているラノハには目もくれず、玄関扉の脇に立つ男女を見つけると、左手の鉤爪かぎづめを向けて見据えた。

 ローランコの得意技である瞬間移動テレポーテーションは、自分以外の誰かをつれて移動することができる。一人増えるたびに彼自身の体力的負担が増えるほか、移動できる距離にも制約がつくため、滅多に使うことがないが、緊急回避としてやむをえない選択だった。


――なんなんだ、この男は?


 突然の事態に目を丸くしているルオラを背後に隠し、ローランコは暗殺者の思考を透視する。

 そうしてローランコの脳裏に流れ込んできたのは、吸血鬼に対する深い憎しみと怒り。そして燃え盛る炎の中、泣きわめく少年の姿だった。

 それこそが、目の前にいる男の過去だということに気づく。


――この男、吸血鬼に親兄弟を殺されている!? いや、だとしても――


 ガーネルドが動き出した。

 軽く左にステップを踏み、一気に床を蹴る。ローランコの側面をすり抜けて、ルオラに一太刀浴びせようというコースだ。


 それは先ほどと同じく、跳躍ちょうやくによる加速だった。本来ならば、対空している間に空気抵抗による減速が生じるはずであるが、ガーネルドの動きにはそれが無い。原理は分からないものの、何らかの魔法を駆使しているとローランコは考える。

 だが、その刃がルオラに届くことはなかった。ローランコが超念力サイコキネシスと呼んでいる技を受けて空中で静止したのだ。相手の心理を捕捉ほそくした超能力者サイキッカーならば、相手の行動の二手三手先を読むことは可能である。そうやって予測していた攻撃だからこそ、タイミングを図ることができた。


「ラノハ、ここを頼む!」

 それだけ言い残すと、ローランコは動けない魔物ハンターに手を触れ、瞬間移動テレポーテーションでガーネルドと共に姿を消してしまう。


 静かになった屋敷で、残された二人は呆気にとられていた。

 しかし、つんと刺すような臭いを感じたルオラは現実に引き戻される。吸血鬼は聴覚に限らず嗅覚も非常に優れていたからだ。かすかな香りでも自然と反応してしまう。

 暗い中でも利く夜目を頼りに、部屋の中央に残る異臭の正体をつきとめた。


「パパの……血?」



 ここまで読んで頂き、ありがとうございます。


 先日、嬉しい感想をいくつか頂きました。

 ですが、今回の話はクオリティがいつもより低かったと思います。

 何度も推敲を重ねたのですが、今の私にはこれが限界のようです。

 ゆくゆく力がついてきたら、細かいところを改稿するかもしれません。


 それと、皆様にお知らせがあります。

 目にされた方は多いと思いますが、エリュシオンライトノベルコンテストの応募が現在受付中ですよね。

 応募方法が簡単なので、私もこの作品で参加するかもしれないです。

 そうした場合、エントリーから応募期間にかけて、あらすじを別のものに切り替えます。

 まだ出場するかどうかも分かりませんが、このあらすじが出来上がり次第、出場という形にしたいです。

 現在連載しているところまでの内容をすべて書くので大変見苦しいかと思いますが、ご了承ください。

 応募期間が終わったら元に戻します。


 それから次回の更新ですが、次の話は今回以上に難航していて時間が掛かるかもしれません。

 いつものペースでいえば3話分くらいの文字量を更新したので大目に見てもらえると嬉しいです。

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