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アブロード  作者: 大鳥椎名
第一部 逃避行
23/31

第四話 エピソード5『猛獣使いの遺産』Kパート


 ハルムスは足音を立てないよう最大限の注意を払って草をかき分けて登っていた。

 かつてローランコとの決闘でも使用した大気の探知機レーダーを駆使して、空気の流れから周囲の状況を飲み込めるようにすると、登り始めて間もなくレンとガーネルドを発見することができた。

 注意を払っていたとはいえ、魔物にまったくエンカウントしなかったことに疑問は覚えたが、先行した二人が撃退したか、吸血鬼の結界の影響で遭遇そうぐうしなかったのだと自身を納得させる。


 やがて月明かりが雲に遮られ、辺りが暗くなった。

 視界は先ほどよりも不憫なものになったが、前述の探知機レーダーがあるため状況の把握には困らない。


 しばらくして、結界の解呪かいじゅが終わったレンが両手を下ろすとその視線がこちらに向く。プロのハンターを尾行する手前、素人の自分がどれだけ気をつけようと見つかるのは仕方ないと思っていた。

 ハルムスはゆっくりと草を払って前へ出る。


 沈黙は訪れなかった。レンがすぐに言葉を続ける。


「僕たちに任せるのは不安だったかい?」

 

 茂みの多い坂で、見下ろすハンターと見上げる少女。

 少し不満そうな顔をするレンに対しハルムスはどのような言葉をつむぐか考えていた。

 魔術師としては明らかに上位の相手である。依頼した立場で戦闘になるとは思っていないが、保証はない。


 できることなら、何食わぬ顔でついて行きたかった。ハンター二人と即興のパーティを組んで登山にのぞめば、魔物と戦闘になっても、レンとガーネルドはボディーガードとして十分な戦力になるのは間違いないからだ。

 始めはそのように依頼したのだが、ハンター二人が良しとしなかった。


 ハルムスをつれていかなかったのは、彼女の安全を配慮してのことだ。仲間三人にもしものことがあったとき、その姿を見せないためという気配りも含まれた、もっともな案である。

 柔軟な思考を持つハルムスは、このことに気づいてはいたものの、自分の目で確かめようという一種の冒険者精神が彼女を突き動かしていた。


「とにかく、君はすぐに帰っ――」


 ハルムスよりも先にレンが口を開くが、その言葉は途中で止まった。それまで雲でさえぎられていた月明かりが登山道を照らし出したからだ。

 まばゆい逆光にハルムスはりんとして立ち向かう。

 そのときレンは見てしまった。村にあった蝋燭ろうそくあかりでは分からなかった少女の外見に目が行ったのだ。


「――漆黒の瞳? ……いや、まさか」


 そこまで言ってレンは口を手で押さえた。


 この大陸では黒目はとても珍しい人種である。

 これまでの旅でそれを気にする者は少なかったが、ある程度の知識を有するレンからしてみれば、個人が特定できるほどの重大な特徴だった。


「君は……いや、あなた・・・はもしや――」

 

 レンの異変に気づいたハルムスは素早く透視魔法を使う。

 煙や霧の中を透視するのに便利なこの魔法は、自分の瞳が黄金食に染まるという副作用がある。この副作用をハルムスは困ったときの隠れみのにしていた。

 この時点では発動が遅すぎたことも承知していたが、彼女にとって(おのれ)の過去は触れられざる禁忌きんきだった。動揺するのも無理はない。

 心拍数が上がるのを感じる中、ハルムスの思考は渦巻いていた。正常な判断能力を失いつつあったのだ。


 そんな中、レンの言葉を遮ったのはガーネルドだった。


「お前、その魔法をどこで知った?」

「よせ、ガーネルド!」


 依頼者に武器を向けたガーネルドをレンが止める。

 片手で邪魔されながらも、ガーネルドは鋭い眼差しを少女にぶつけた。


「お前たち、そこで何をしている?」


 緊張が走る登山道に、月明かりをさえぎって大きな影ができる。

 その陰影いんえいこそ、この山の主バラン・アルフ・アノワールその人だった。


 重苦しい口調で語りかける影の主に、いち早く反応したガーネルドは、木の頂上に立つ吸血鬼を力強くにらみつける。

 

「やめろ、ガーネルド。敵意をむき出しにするな」


 レンも仕方なくハルムスから視線をらした。

 話が通じる相手かどうかわからない上に、ただでさえ相方が不必要に殺気を放っている。なんとかして、この場を丸く治めることが優先事項だった。

 レンはガーネルドの一歩前に出た。右手を伸ばして相棒を制し、バランに話しかける。


「私たちは封魔教団に所属する魔物ハンターです。こちらの少女の依頼で、先刻こちらを訪れた三人組を――」


 そう言ってレンが振り返るとハルムスの姿はなかった。

 慌てて辺りを見回すが、例の少女はどこにも見当たらない。焦るレンを正気に戻したのは吸血鬼の声である。


「森に入ってはいかん!」


 先ほどの威厳に満ちた風格はどこへ行ったのか。暗闇でも冴える目で、少女のとった行動を目撃していたバランがすかさず警告するが、時すでに遅し。

 密林に面した草が揺れたところをレンも確認した。


「待つんだ!」


 続けて叫んだのは条件反射だった。

 右利き故か、思わずその手を伸ばす。

 そうしたことで、彼にとって最も恐れていた事態が発生した。


 自身を制するものが無くなったガーネルドは勢いよく跳び上がる。その跳躍で樹齢百年近い木の上に立つバランへ、まっすぐ斬りかかった。

 危機を察知したバランはマントを翼代わりに羽ばたかせ、空へと逃れた。


「よせ、ガーネルド!」

 先ほどと同じ台詞せりふを口にしながらレンが右手を伸ばし、追撃をしかけるガーネルドと空中で身構えるバランの間に見えない壁を作りだす。

 壁の存在に気がついたガーネルドは空中で素早く身をひるがえし、レンの結界を蹴って木の上へ舞い戻った。

 

 両者の間に緊張が走る中、レンの意識は少女を追いかけるべきか、ブレーキの利かなくなった相棒を止めに入るかの二者択一を迫られ、激しいジレンマを抱えていた。これほどまでに自分の身体が一つしかないことを悔やんだことはない。

 そういった二つのことがらの板挟みになりながら、レンは苦渋の決断をした。


「ガーネルド! ……ほどほどにしろよ」


 レンは二人に背を向けて密林に消えた少女を追った。



 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


 作者的にもようやくアブロードを書いている気分になってきました。

 当初の予定では戦闘を主にした作品にするつもりはなかったのですが、どうしてこうなったのか。

 プロットだけ決めて、あとはキャラクターの暴走に任せているところがいけないのか……。

 なにはともあれ、序盤を担ってくれている精鋭キャラクターたちの持ち味を少しでも出していけるように励んでいきます。


 そして更新を待ってくださった方々へ。

 たびたび更新が遅れてしまって申し訳ありません。

 実生活との時間の兼ね合いが難しく、10日に一度更新できるかどうかも危うくなってきました。

 最近はストックがストックの役割を果たしておらず、一話ごとに始めから書き下ろしています。

 次回の更新日を明言することはできませんが、これからもときどき目を通していただければ幸いです。


 2012/12/19てにをはのミスを修正

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