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アブロード  作者: 大鳥椎名
第一部 逃避行
20/31

第四話 エピソード5『猛獣使いの遺産』Hパート

 ながらく更新が遅れてしまい申し訳ございません。

 遅れを取り戻すために、できるだけ連続投稿していきたいと思います。


「……ん?」


 ラノハは目をこすり、細く開いて辺りを見回した。

 まばゆい光に照らされているのは、目の前に集められた何かの破片。

 寝ぼけまなこに映る欠片の数々は、魅惑的な白い輝きを放っている。その美しさに、思いがけず心を奪われた。少しずつ食卓の中央に伸びていく手を、そばにいた男が掴む。


「起きろ。触れると怪我するぞ」


 ラノハはゆっくりと目をこじ開けた。

 自分の手首を掴んでいる男の名前はローランコ。共に旅をしている仲間の一人だった。

 それを思い出すことができたラノハは、改めて木製の円卓に転がる断片を見る。それは見事なまでに砕け散った皿の残骸だった。断面の一つ一つが鋭利な刃物のように尖ったそれは、少し触れただけでも手を切ってしまいそうである。

 慌てて手を引っ込めた。


「ありがとな。あやうく大怪我するところだった」

 ラノハは大きなあくびを出しながら、身体(からだ)を伸ばす。


「もう朝か」

「まだ夜だ」

「え?」


 ラノハは窓を探した。この明かりの中で、未だに夜だということが信じられなかったからだ。

 しかし、二人のいる客間は、周囲を他の部屋に囲まれているためか窓がない。食事に夢中だったせいか、そんなことなどまったく気にかけていなかった。

 外の景色を探るのを諦めたラノハは、つれの男に向き直る。


「二人は?」

「リックスはトイレに行った。ルオラはまだ戻ってきていない」

「そうか。俺もトイレを借りようかな」


 ラノハは腰掛けていた椅子から立ち上がり、部屋に案内されたときに使った通用口をそっと開いて廊下をのぞく。電球に照らされた客間ほどではないが、キャンドルの灯りもまた風情ふぜいがあるように思えた。

 足元も見えないような暗がりでないことに安心すると、客間を出て扉を閉める。手洗い場は夕食の前にも利用したため、どこにあるかは知っていた。


 あくび混じりに歩んでいく中で、ラノハは驚愕きょうがくの場面に出くわした。


「なんだ、これ……?」


 かがんだリックスの首にルオラがキスをしている。少なくともラノハにはそう見えた。

 やがて、その口がリックスののど首から離れる。ルオラの小さな唇からせり出した牙と、そこからしたたる紅バラのように赤い血があらわとなった。


「リックス!?」


 思わずラノハは声を上げた。戦闘斧バトルアックスは客間に置いてきてしまったが、持っていたなら構えていたかもしれない。

 突如とつじょとして上がった悲鳴に、一同の注目が集まる。

 バランが眉をひそめて小さな客人を見下ろす一方で、ルオラは両手で牙を隠した。冷静な父親と違い、突発的な自体が飲み込めないのか、吸血したばかりとは思えないほど顔を青くしている。


「ラノハ? どうかしたか?」


 それぞれ異なる行動を取る吸血鬼親子とは対照的に、何ごとも無かったかのようにリックスは向き直った。その反応は、かえってラノハの混乱を助長することになる。


「え? 牙で、血が……」


 そう言いながら、ラノハ指差す傷口からは、依然として血が流れ続けていた。

 言われてから気づいたリックスが、傷を左手で押さえる。すかさずバランが手を近づけて、治癒魔法を放った。手の平から現れた白い光が二つの穴をかき消していく。


「バカ者! 傷口をふさぐまでが礼儀だ!」


 父の罵声に仰天したルオラは勢いよく目を閉じた。

 そうこうしている間に客間の扉からローランコも姿を現す。


「なんだ、さっきの悲鳴は?」


 ローランコは辺りを一通り見回したあと、事態が飲み込めない様子で仲間二人に尋ねた。


「本当に……何があったんだ?」

「多分、何も起こってない」


 リックスの返答に、ローランコはさらに首を傾げる。

 未だに状況が理解できないでいる二人の来客に対し、バランが口を開いた。


「この家の当主、バラン・アルフ・アノワールだ。娘に招かれた客人方よ、しがない吸血鬼一家の屋敷だが、今晩はゆっくりしていってくれ。明朝にはふもとの村まで案内しよう」


 挨拶あいさつから会釈えしゃくまで、流水のように自然な動作は、長生きの種族『吸血鬼ヴァンパイア』の名に恥じない気品あふれる仕草だった。

 それまでの混乱はどこへ行ったのか、ローランコも足をそろえてバランに向き直る。バロンのものを真似るのは難しいと思い、自己流の挨拶あいさつで頭を下げる。


「ローランコ・ビアンスキーです。多大な配慮に感謝します」


 その態度の変わりように、ラノハは目をパチクリさせた。

 決して冷静とは言えない状態で少しずつバランの台詞を思い出すと、仲間二人に問いかける。


「今、吸血鬼って言わなか――」

「何か問題があるか?」


 ラノハが言い終わる前に真顔で返すリックス。

 助け舟を求めて、ローランコの方に視線を泳がせる。もう一人の仲間からの返答も似たようなものだった。


「そうか、ラノハは気づいてなかったのか」

「……え?」


 心なしか孤立感が芽生えたラノハであったが、事実なのだから仕方がない。

 力が抜けて壁に手をつき、四人の人物を交互に見やる。


「ローランコさんも、私が吸血鬼だと気づいてたんですか?」


 事態を遠めに見ていたルオラも会話に参加してきた。

 ローランコは頷く。

 

「吸血鬼に出会ったことは無かったけど、リックスが気にしてなさそうだから黙ってついて来た。ルオラからは悪意のたぐいも感じられなかったし」

「そうですか」 

 

 一連の話を放心状態で聞いていたラノハだったが、何か思うところがあったらしく、偏見があったことを吸血鬼親子にびた。

 遅れていた家主への自己紹介を簡単に終えると、ルオラに問いかける。


「さっきの吸血さ、ぎこちないというか、イメージとだいぶ違ったけど、実際はあんな感じなのか?」

「この歳で初めての吸血だからな。仕方あるまい」


 ラノハの疑念に答えたのはバランだった。しょぼくれた娘の頭をさすりながら話していると、人前で撫でられるのが恥ずかしいのか、ルオラは父の手を振り払って壁際まで逃げた。


「ちょっと待ってくれ。吸血が初めてって、今までどうしてたんだ? 吸血鬼は他の種族から血を分けてもらわないと生きられないんじゃないのか?」

 バランのささいな一言に首をかしげたローランコも疑問を口にした。


「そ、それは」

 ルオラは恥ずかしそうに顔を手で覆う。

 おそらく赤面しているのだろう。湯気が目に見えそうな勢いである。


「パパの集めた血を……飲んでました」

「……なるほど」

 

 リックスが溜息交じりの視線を相棒に送った。その眼が「空気を読め」と訴えているのは、透視せずとも見てとれる。

 この少女のように、自分で血を吸うことができない吸血鬼には禁句であったのだろう。

 ローランコはちょっとしたカルチャーショックを味わった気分だった。



 本日、もう一話更新します。


 2012/10/31サブタイトルの修正、余計なルビの削除

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