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アブロード  作者: 大鳥椎名
第一部 逃避行
19/31

第四話 エピソード5『猛獣使いの遺産』Gパート


「あらためて見ると、まぶしいものだな」


 ルオラの父がエントランスの階段を下りながら指を一振りすると、玄関脇のスイッチが音を立てて落ちる。

 暗くなった室内で父親はシャンデリアをもう一度見上げた。


「停電の原因はこれだな。うちは電圧が高くないから、消し忘れに注意しなさい」

「はい」


 シャンデリアの灯りが消えたことで、ルオラは自分の足元を照らし出す光に目がいく。

 外の世界を知らないためか、彼女は身近な光景を楽しむようにしていた。その中でも、窓から差し込む月明かりを見るのは、特に好きだった。

 しばらく光の柱に見とれていると、父から声が掛かる。


「早く来なさい。客人に挨拶をしないと」


 ルオラは元気よく返事をして追いかけた。

 廊下に続く扉に手をかけたとき、父の羽織るマントの端が少しだけ欠けていることに気づく。

 魔力で編み込まれた丈夫なマントが傷ついたことに首をかしげるが、言葉には出さず、後でまたい直そうと心に決めてドアを閉めた。


 廊下の電灯には手をつけなかった。

 一寸先も見えない闇の中、慣れた足つきで二人は歩を進めていく。


 やがて、二人の間にまばゆい光が差し込んだ。かわやの戸が開いたからであった。

 それが開くや否や、無数のコウモリが飛び出し、ルオラの頭上を越えて逃げていく。コウモリたちは、壁に設けられた小窓を使って、エントランスへと抜けていった。


 視線をトイレの方へ戻すと、光が漏れる出入り口から、今度は一人の人間が現れる。見覚えのある人影にルオラは声を上げた。


「リックス……さん?」

「ルオラか? さん付けはいいって。多分俺のほうが年下だし。灯りが戻ったからトイレ借りてた。それにしても……凄い数のコウモリだったな」


 リックスはコウモリの逃げていった方を見る。外開きの扉の陰にいるルオラの父には気づいていないようだった。

 コウモリが話題になったとたん、ルオラは顔をひきつらせる。それらしい言い訳も思いつかないまま弁解を始めた。


「ほ、ほら、この家広くて、掃除とか行き届いてないから、コウモリが繁殖しちゃって、それで、それで……」

「ん? 俺、ルオラが吸血鬼だって、すぐに気づいたぞ?」

「ふぇ!?」


 驚きのあまり、ルオラは普段出さない変な声を出した。

 この大陸に限らず、吸血鬼という種族は人間の間で忌避きひされることが多い。人間から迫害を受けたという話を、両親からも聞いたことがあり、人前では自分が吸血鬼であることを常に隠していた。

 これまでのやりとりから一転して、手のひらを返されるのではないかという胸騒ぎが、彼女の中で渦を巻く。


「隠してたのなら、ごめん。前に吸血鬼の仲間と旅をしてたことがあるから、一目見ればわかるんだよ。でも大丈夫。俺、種族間で差別する習慣ないから」

「そ、そうなんですか……」


 幸いにも脳裏に浮かんだ恐れは杞憂に終わる。だが、混乱のあまり、それを認識するのはもう少し時間が掛かりそうだった。

 ルオラは目線をどこにやればいいか分からなくなり、リックスが背にしているトイレの扉を見る。話のいきさつを何も言わずに見守る父を、この時ばかりはうらめしく思った。


「ルオラを見て気づいたんだ。この山には吸血鬼の結界があって、その近くまで来たから道を見失ったんじゃないかってね」

「な、なるほど……」


 リックスが屋敷までついてきたのは、結界の中で(かくま)ってもらった方が、野宿するよりも安全だと思ったからであった。戸惑うルオラに、そのような考えもあったと軽く付け加える。


 二人が話していると、軽い咳払いが割って入った。

 それと同時に、壁にかけてあった蝋燭ろうそくに、順番に火が灯っていく。

 リックスはドアの陰から現れたルオラの父に気がつくと、手洗い場の電気を消して向き直った。


「リックス君、と言ったね。私はこの家の主、バラン・アルフ・アノワールだ。娘から話は聞いている」

「リックス・マービィと申します。本日はお嬢様のご厚意に甘えて、こちらにお邪魔しました」


 突然『お嬢様』と呼ばれたルオラがびっくりするかたわら、心の内にあった打算をぶちまけてしまったリックスは内心で怖々としていた。

 長生きの吸血鬼は、その心情をいくらか察して、頭を下げた青年に優しく語りかける。


「そんな改まった挨拶はいらんよ。もともと、私の結界が強すぎたのが原因だ。明日の明朝には、ふもとの村まで案内しよう」


 バランが明朝を指定したのには理由があった。

 太陽を苦手とする吸血鬼が活動できる時間は限られている。一般的に電気など無い大陸における明朝は、人の目が見える時間と、吸血鬼の行動できる時間、双方の妥協点であった。


 即時退去を命じられなかったことに、リックスはホッとする。

 実のところ、彼の心配などバランは気にも留めていないのだが、後ろめたいものがあるリックスは、相手の逆鱗げきりんに触れぬよう言葉を選んでいく。


「ありがとうございます。ふもとに残してきた仲間のことも気になるので、そうさせて頂きます」


「あ……」


 ルオラの上げた声は二人の耳には届かなかった。

 彼女は生まれてから長い間、この山で暮らしてきた。誰かを家に招いたことは無かったし、両親以外の人との交流も限られたものだった。

 それゆえ、せっかくの来客が帰ってしまうことに、どこか後ろ髪を引かれる思いがあったのだ。


――せっかく仲良くなれたのに……。


 娘の様子を見ながら、バランは顎の髭を撫でた。彼が何かを考えるときの癖である。


「先ほど、吸血鬼の仲間と言っていたね。ということは、吸血された経験は?」

「あります。おかげで、新しい仲間ができるまでは、日中ずっと貧血でした」


 かつての相棒のことを懐かしむリックスは目を細める。

 苦笑いする青年を前にして、バランはある頼みごとを持ちかけることにした。


「なるほど。そういうことなら一つお願いがあるんだが。ルオラのことだ。この()は生まれてこの方、自分で人様の血を吸ったことがなくてね。どうか一つ、お願いできないだろうか」

「未経験でしたか。もちろん初めからそのつもりです。食事もご馳走ちそうになりましたし」


 二人がルオラに向き直る。


「……へ?」


 後ろ髪を引かれている間に、いつの間にか話が自分に向いていることに、ルオラは気づかなかった。聞き流していた話を一つ一つ思い出し、理解がおよぶと両手を振って赤面した。


「……えっと、吸血って、私が、リックスさんに!?」

「そうだ」

「ガブっといっていいぞ。俺、慣れてるし」


 ルオラが気にしていたのはリックスとの身長差であった。二人の身長には頭一つ分ほどの差があり、つま先立ちで抱きつかねばならないのは間違いない。絵に描いたような箱入り娘だったルオラには、そのような経験もなかった。

 初めての吸血と異性に抱きつくこと。そういった二重の恥じらいから、ルオラは一歩後ずさってしまう。


「ルオラ、大人になれ!」


 涙もろい性分なのか、父の上げた大声でルオラの瞳は少し(うる)んだ。ルオラの心情を察したリックスは、バランの方に視線を泳がせるが、確信犯には通用しなかった。

 見かねたリックスが歩み寄り、目線を合わせて首を差し出すと、噛むべき場所を指示する。


「ここだ。相棒が一度も噛んだことがない場所。初めてにはもってこいだ」


 リックスの指した場所を見やり、改めて父の方を向く。黙って頷く父にさとされ、ルオラはリックスの首を鋭く尖った牙でかぶりついた。

 抱きついているわけではない。首を伸ばして口をつけている、ぎこちない吸血だった。

 波打つように流れ込んでくる血液。

 初めての感覚に、加減の分からないルオラは、それ以上何もしなかった。


「遠慮するな。もう少し吸っていいぞ」


 その『もう少し』を調節するすべを知らないルオラは、どうすべきか迷ったあげく、ほんの少しばかり血を吸い込んでみた。


「ん……いい感じだ。その調子」



 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


 次回の更新は遅くなるかもしれません。


 2012/10/03問題として指摘された心理描写を追加

 2012/10/31サブタイトル修正、余分なルビの削除

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