第四話 エピソード5『猛獣使いの遺産』Fパート
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「おかわり!」
眠気を忘れたラノハは大声で空になった皿を上げた。
「はいはーい、ちょっと待ってね!」
客人に手料理を振舞うルオラは客間と厨房を忙しそうに行き来している。
あきれ顔でラノハを見つめるローランコは、ルオラに聞こえないように小声で話しかけた。
「少しは遠慮したらどうだ?」
「おかわり!」
ラノハが口を開く前にリックスが皿を上げた。
その光景にローランコは頭が痛くなる。
「だからお前も――」
ローランコが言いかけたところに、ご馳走の盛られた皿を両手に持ったルオラが戻ってきて、リックスとラノハの前に置いた。
「気にしないで。うちにお客さんが来るの久しぶりだから、ものすごく嬉しいんだ。ローランコさんもおかわりいかが? 腕によりを振るうから」
期待のこもった目でで返答を待つルオラを前に、ローランコは少し考えてから、二杯目を頼むことにした。
料理を待つ間、天井にある未知の光源を見上げる。
――『デンキ』って言ったっけ?
案内されたとき、月明かりもろくに入らない屋敷の中は、外の山道よりも暗かった。
ところが、ルオラが玄関脇にあるスイッチを押すなり、シャンデリアを模した電灯からまぶしい光が目に飛び込み、美しい造りのエントランスを照らし出した。その光でラノハも目覚めたのだ。
三人の中でリックスだけは見覚えがあったようだが、それでも実物を目にしたときは驚きの声を上げた。
――高級品なのだろうか?
今ひとつ判断する材料が足りずにローランコが思考をめぐらせていると、大皿を抱えたルオラが戻ってきた。
色とりどりの野菜が盛りつけられたとても見栄えの良い料理がテーブルに並ぶ。
「お待ちどうさま。たくさん食べてね」
「ありがとう。改めて、いただきます」
サラダを口に運びながら、ローランコはテーブルの中央にある肉料理に目を向けた。
――調理法にも、よるのかもしれないが、これはうまいな。
登山道の中腹でラノハが仕留めた魔物は、皮を剥ぎ取った上で薄切りにされ、もはや元の形など連想できない姿になっていた。
それは肉料理であるのに食感は野菜のものに近い。結果的に食卓に並ぶのは青果物ばかりの印象を受けるが、退屈せずに食べられるのは調理者の腕が良いからであろう。
興味本位で厨房を覗いたとき、不要になった怪物の外装がゴミ箱に押し込まれているのを発見して、食欲がいくらか遠のいたのは秘密である。
続けておかわりを求めたラノハから皿を受け取ろうとルオラが手を伸ばしたとき、突如として部屋の灯りが消えた。
驚いたラノハが皿を落とし、大きな音を立てて割れる。
「みんな大丈夫!?」
暗中でルオラは部屋を見回した。
「こちらは大丈夫だ」
ローランコが真っ先に口にする。
「俺も平気。靴も履いてるし。それより、皿割れちゃったな。ごめん」
「いいの。気にしな――」
「おかわり!」
ルオラの返事を遮ったリックスの声に、誰もが言葉を失った。
「……えっと、うん。ブレーカー上げてくるから、ちょっと待ってて」
そう言ってルオラは客間を出た。
階段が近いのか、勢いよく駆け上がっていく足音が三人の耳にも入る。
暗闇の中、ローランコはリックスを軽く睨む。
透視能力により、それぞれの大まかな位置関係を把握しているのだ。
「……リックス」
「……すまん。美味しかったから、つい」
「確かに昨日の宿は料理が独特だったが――」
言いかけてローランコはラノハの方を見た。
ラノハが手探りで皿の破片を拾おうとしていることに気づき、それを制する。超念力で破片を卓上に集めると、「ルオラを待とう」と言って二人を座らせた。
その方が安全だと判断したのだ。
やがていびきが聞こえてくるようになる。
「ラノハは暗くなると眠るんだ」
リックスの補足を聞いて、自身の判断が正しかったと安堵するかたわら、同時に気になる点も増える。
「ラノハは……旅とか向いてないんじゃ」
「なにも言わないでやってくれ」
「……」
互いの姿も見えない中、ローランコは黙って頷いた。
ルオラの帰りを待つ間、彼女が最後口にした『ブレーカー』という単語についても訊ねる。
「電源のことだ」
「デンゲン……とは?」
「植物でいうところの根っこみたいなものかな。水だって、くみ上げるものがなきゃ体中をめぐらないだろう?」
「なるほど……」
ブレーカーを上げるという言葉から、ローランコは考察した。
巨大な巨大な植木鉢。
そこから鉢を破って突き出してくる植物の根。
それを持ち上げるルオラ。
ローランコが思い浮かべたのはそんな映像だった。
「なるほどとは言ったけど、やっぱりわからん……」
それは暗闇の中をゆっくりと歩いていた。
背は高く、鋭く尖った目と漆黒のマントは吸血鬼を彷彿とさせる。
月明かりの届かない長い廊下を進んでいくと、突き当たりのドアが開いていることに気がつき、曲がりかけたつま先をそちらへ向ける。
足音を立てずに扉に近づき、そっと部屋を覗き込む。独自の夜目を使って捉えたのは、梯子を使って天井近くのレバーに手を伸ばす少女の姿だった。
「あと……少し……」
その姿を見かけるなり、黒い影は背後に忍び寄る。
伸ばされた長い腕が少女に近づいていく。
「わっ」
バランスを崩した少女は梯子もろとも後ろへ倒れた。同時に、男の手がブレーカーに触れ、家中に明かりが灯った。
「……パパ!?」
ルオラは父に受け止められ、梯子は父の頭を直撃した。その頭からはわずかだが血が出ている。
「て、手当てしなきゃ、パパが、パパが死んじゃう!」
ルオラはすぐにポケットからハンカチを取り出し、父の頭に当てる。
強引に押し付けられた布は息を止めかねない勢いだった。
たまらず娘を床に下ろす。身長差ゆえに血のついたハンカチが離れた。
「大丈夫だから」
そう言って父が額を一撫ですると、傷は跡形も無く消えていた。
安心するルオラに、父親は指についていた自分の血液を舐めながら言う。
「客人が、いるようだね」
ルオラはいたずらがバレた子どものようにギクリとした。
「ええと、だってほら、お母さんのせいで人が死ぬとか……嫌だったから」
「……確かに、その通りだ」
父は溜め息をついた。
少し渋い顔は見せたものの、屋敷の主は客人を迎え入れることに同意した。
ハルムスは魔法で乾パンを小さくして鞄に詰めた。
物理法則を完全に無視した魔法だが、不思議なことに重さは変わらない。これにより鞄の容量は増えたのだが、皆の置いていった荷物を持っていくことは素直に諦める。
宿屋の女主人に見つからぬよう、二階の窓から縄をつたって外へ出た。
レンとガーネルドは吸血鬼のことを伏せて村人に自宅待機を命じ、すでに例の山へと向かっている。
ハルムスはハンターの二人組をそこまで信用してはいなかった。封魔教団の中には過激な者もいると知っていたからだ。
これまでの経験から、ハルムスは自分の目で見たものしか信用しないことにしていた。
依頼をする上で、両者から身分証明書を提示してもらったとはいえ、見知らぬ人間に信頼を寄せるなどとうてい不可能である。
そもそも依頼の内容で少し揉めたのだ。
ハルムスは仲間の捜索に同行するつもりであったが、レンはそれを拒んだ。
魔物と戦闘になったときに命を保証できないという点。そして三人に万が一のことがあったとき、その姿を見せられないという点。
どちらも筋が通ったものであるし、そこはハルムスも了承していた。
しかし、論理的な理解はできても、感情的な観点から受け入れられないことはある。
危険を承知の上で夜の登山道へ向かう。
自分の生命に興味のない少女にとって、それは大した問題ではなかった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
更新が遅れてしまって申し訳ありませんでした。
次回の更新日を軽々しく公言するのは控えようと思いますが、できるだけ一週間に一度は更新できるように頑張ります。
2012/10/31サブタイトルの修正、余分なルビの削除