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アブロード  作者: 大鳥椎名
第一部 逃避行
17/31

第四話 エピソード5『猛獣使いの遺産』Eパート


「ここまで来れば、もう大丈夫だから」


 遭難者三人を先導する黒服の少女はルオラ・スフ・アノワールと名乗る。

 長い名前ゆえに『ルオラ』と呼んでほしいと話す少女は、思いのほか気さくな性格であった。先ほどのような警戒心はもう誰も抱いていない。


 ルオラの言葉にリックスとローランコが肩の力を少し抜いた。

 ラノハはというと、起きているのか眠っているのか分からない様子で、とぼとぼと後をついて来る。夢遊病だと言っても誰も疑わないだろう。

 ルオラは時おり振り返ってラノハのそぶりを気にかけていた。


「あの子、大丈夫なの?」

「問題ない。いつもあんな感じだ」


 一番付き合いが長いリックスが保証する。


「ラノハって、不思議なやつだよな」


 ローランコも振り返る。

 心なしか、奇妙な仲間と距離が開いている気がした。もちろん物理的な意味である。

 ときどき足を引っ掛けては、うまくバランスをとってまた歩き出す。その動きは極めて器用なものだったが、歩く速度は三人よりも相対的に遅かった。

 

「なあリックス、やっぱり問題あると思うんだ」

「……俺が背負う」


 大きなため息をついて、リックスが仲間を拾い上げる

 二人のやりとりについていけないルオラは苦笑いを浮かべていた。


「それにしても、これだけ深くまで足を踏み入れると、レシュランでも出てきそうな雰囲気だな」


 ラノハを軽々と持ち上げてリックスが同意を求めるように話しだす。

 その最中、レシュランという単語が出たとたん、突然ルオラの表情が曇った。リックスは背中を向けていたために気づかなかったが、ローランコはそのわずかな変化に目が行く。

 思わぬ沈黙に、リックスは話をやめて首を傾げた。

 見かねたローランコは自身の疑問を口にする。


「レシュランって何だ? 俺はこの大陸に足を踏み入れて日が浅いから、よくわからん」

「あれ? そうだったのか」


 リックスはどこから話せばいいか少し考え、その特異な生物について語り始めた。


「レシュランは倒木に擬態する肉食獣で、ものすごく凶暴な性格なんだ。胞子で()えるというめずらしい特徴がある」

「胞子で増えるだと?」

「大丈夫だ。大陸北部のネヴェリス山脈とか、寒い地方にしか生息してないから。冗談で言ったつもりだったんだよ。神話の中に『薬を持たぬ者、レシュランに食べられる』という話があって、ちょうど今の状況に似てたからさ」

「びっくりさせるな。そんな肉食獣がそこら中にいてたまるか。だいたい、なんだよ薬って?」

「薬って、要は毒なんだよね」


 落ち着きを取り戻したルオラが会話に入ってきた。残りの説明をリックスから引き継ぐ。


「レシュランは目が退化してる分、知能がとても高いの。相手が毒を持ってると分かったら、襲うのをやめるんだ。あと、胞子は死ぬ間際にだけ出すんだけど、共食いして一番強いのが生き残るの。だから一頭見かけたら、二頭目に出会うことはまれだと思う」

「……できることなら、一頭たりとも出会いたくないものだな」


 今日はため息の多い日だと、ローランコは思った。

 ルオラが不意に見せた変化が気になったが、好奇心で人の内情を探るのはやめにした。苦々しい記憶が脳裏をよぎったからだ。

 先に歩き出した二人を追いかける。


 やがて三人がルオラに案内されたのは、暗がりにそびえ立つ大きな屋敷だった。





 何かの気配を感じたガーネルドは、依頼内容を述べるハルムスに背を向け、村人が避けるのも待たずに宿屋を出た。

 それからすぐに自身の大荷物を道に放り投げ、高く跳び上がる。

 民家の屋根に取りつくと、慎重に辺りを見回した。


「どうした、ガーネルド!?」


 遅れてレンが宿から出てきた。

 ガーネルドはレンの言葉に耳を傾けず、不吉な気配を屋根づたいに追いかけた。

 出遅れたレンは、しばし考えた後、手荷物である銀色のトランクを村人に預けて相棒の後を追う。


 やがてガーネルドは、月に照らされた黒い影が民家の間に降りていくのを肉眼で確認した。

 路地裏から一瞬だけ上がった悲鳴。それを聞きつけてガーネルドが屋根から跳び降りたとき、入れ違いにその影が上昇してきた。

 ガーネルドは空中で右手を伸ばし、黒い物体の一部をつかんだ。わずかに身体からだが持ち上がり、無重力を感じたのが一瞬。彼の手には布の切れ端だけが残り、地面に着地した。


 黒い塊は、たかのように大きな翼を広げて山の方へ姿を消していく。

 追跡が不可能と判断したガーネルドは近くに倒れていた女性に駆け寄った。


 ようやくレンが追いつく。

 女性の命に別状が無いことを確認すると、ガーネルドはその手に残った黒い布をレンに見せた。


「レン、あの山には――」


 ガーネルドがこの村で始めて口を開く。


「――吸血鬼(ヴァンパイア)がいる」





「ふうん、吸血鬼(ヴァンパイア)か」


 ハルムスは建物の影から二人の会話を聞いていた。

 風の魔法を駆使した彼女は地面すれすれを滑空し、レンよりも遥かに早くガーネルドに追いついた。

 村の地理を正確に飲み込んでいたからこそ、このような先回りができたのだ。


 ハルムスは吸血鬼(ヴァンパイア)が飛んでいった方角を見上げる。


「みんな、無事だといいな」


 一人残されたハルムスは、三人が消息を絶った山に想いを馳せた。



 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

 新しいヒロインの名前がようやく登場しました。


 2012/10/31サブタイトルの修正、余分なルビの削除

 2013/02/01文末と改行の修正

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