第四話 エピソード5『猛獣使いの遺産』Cパート
夕刻になった。
店じまいの時間になって人通りも一層減り、夕食の匂いが漂う商店街で、ハルムスは大量の乾パンを両手に抱えていた。
乾パンを扱っている店は村に一店舗しかなく、買出しに訪れたとき、店番をしていた老婆が腰を痛めて倒れているところに出くわした。
ハルムスはすぐに村の医者を呼び、この日の店番の代理をした。幸い老婆の怪我もすぐに治り、お礼として乾パンをたらふくもらってきたというわけだ。
袋いっぱいに入った保存食料の山を見るたび、顔が少しにやける。
「うまい話もあるものね」
袋を見下ろして歩いていたハルムスは、ふとした不注意から、フード付きの黒い外套を羽織った同年代ほどの少女とすれ違いざまにぶつかった。
その拍子に、少女が抱えていたバスケットが落下し、大量の野菜と果物が道に転がった。
「すみません!」
慌てて乾パンの袋を下ろし、少女の落とした食料を拾い集める。
相手の少女も「いえ、こちらこそ」と言って野菜を拾い始めるが、被っているフードを外すことはなかった。
一通り拾い終わり、足りない物が無いと判ると、ハルムスはホッとする。
あふれんばかりの野菜や果物を抱えた少女は足早に去って行き、ハルムスも自身の長い影を追いかけるように宿屋への帰路を歩いた。
日が沈み、家から漏れる光を頼りに歩かなければならない時間帯になって、新たに二人の旅人が来訪した。
「久しぶりの民家だ。ここでゆっくり疲れを癒すとしよう、ガーネルド」
前を歩く白髪の若い男が言った。
男は少年とも青年とも取れる顔つきをしており、毛先のはねたセミロングヘアーに、優しそうなイメージを受けるタレ目と、血のように真っ赤な瞳が印象的だった。
対するガーネルドと呼ばれた男も若く、短い金髪は蝋涙で固めたかのように毛先が尖っていた。
彼の特徴として最も目に付くのは、両腕にはめられた5本の指がついている鋼鉄の義手と、見た者をたちまち凍りつかせてしまう鋭く冷たいブルーの瞳だった。背負っている荷物の大きさも目を引くのは間違いない。
二人に共通しているのは丈の長い黒コートを羽織り、その下の服装が一切垣間見えないということだけだった。
薄暗い時間帯であったため、あまり人目につかなかったが、昼間ならさぞ目立ったことであろう。
その二人が宿を探していると、複数人の村人が集まった、一際大きく光の漏れる家屋が目に入った。
「何だ、あれ?」
やはり声を上げるのは白髪の男で、ガーネルドは最後まで口を開かなかった。
「一日にしては上出来ね。この分なら明日にでも――」
リックスの予想よりも遥かに早く干上がった食料を満足げに見下ろしていると、民宿の主がハルムスを下に呼び寄せた。
何事かと降りてゆくと、こんな時間にもかかわらず、宿屋の前に人だかりができていた。
集まっていた村人がハルムスに気がつき、その中にいた二十代前半くらいの若い女性が突然ハルムスに謝りだした。
困惑するハルムスであったが、村人たちの話をまとめると、その概要が見えてきた。
団子屋の店主である老人は少し前から認知症が始まっていて、客であったリックス、ラノハ、ローランコの三人に、出入りが禁止されている山へ登ることを勧めてしまったのだと言う。
登山道付近で三人を目撃した人もおり、未だに戻っていないという事実も踏まえ、ハルムスは一つだけたずねることにした。
「どうして、登山禁止なんですか?」
質問した途端、村人は一斉に黙り込んでしまった。
焦らされたハルムスがイライラしていると、まるで代表するかのように、先ほど謝っていた団子屋の娘が重い口をゆっくりと開いた。
「あの山には……魔物が住んでいるんです」
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
新キャラ勢が参戦してきました。
名前の出てないキャラクターもいますが、およそ4日後の次回更新までお待ちください。
補足ですが『蝋涙』とはワックスのようなものです。
2013/01/30行間などを修正




