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ベンジョサンダリスト!  作者: 水城
9/24

8


マヒルは悔しかった。


ヒジョーにくやしかった。

だが、プリンを食べながら、必死に我慢した。


だって……だって……。


『マツモト』って何?


『(有)ナカガワ』って?


でも、会長として「知らなーい」とは言えない……。


それより。

うちの天袋にしまってある、あの水色の便所サンダルは、一体ドコのなんだろう。

それどころか靴裏に、Made in Vietnamとか書いてあったらどうしよう……。


買うときは、ドキドキしていて確かめられなかったし。

ああ。一刻も早くおうちに帰って、チェックしなきゃ。

と、一生懸命プリンをこそげていたら、一号が、自己紹介を振ってきたのだ。


ここは、ひとつ威厳を見せないといけないわよね、会長としての。

「諸君! ご多忙中、集合ご苦労様です。いわずと知れた『ベンジョサンダル友の会』会長、岡野マヒルであります」


そこはかとなく、一同の視線が冷たい気がする。


「昨今の便所サンダルの地位の凋落振りは、目を覆わんばかりの惨状であり、この嘆かわしい現状を打開すべく、わたくし、会長岡野マヒルが便所サンダルの聖地、Kヶ関、Tノ門、N田町地区において寄りすぐりに探し集めたこの『ベンジョサンダリスト』の皆さんであります。諸君の今後の健闘に期待するものであります」


え? なに、沈黙?


「ちょっと。ほら、一号、二号、三号。拍手は?」


……ブッフォー、みゅるるぅ。


佐藤さん(仮)。励ましのバグパイプ、ありがとう。

あたしの味方はあなただけね。 


それ引き換え、サンダリスト達ったら、反応薄すぎでしょ?


「終わりか?」

一号がそっけなく口を開いた。


「ところで、以前から聞きたかったんですけど。この会って、ここで弁当食べて、それで一体何するんです?メンバーも一応、そろったみたいだし、何か提示はないんですか?」

三号も生意気なことを言う。


「オレは、まあ、別にどうでもいいけどな。まあ、何かあるなら聞きたい気もするけど」

二号は弁当で腹いっぱいな感じらしく、かなりダレた発言だった。


「も、もちろん、活動についての、いくつかのプランは用意してあってよ。サンダリスト諸君!」


すかさず、三号がちらりと腕時計に目を走らせる。

こいつ、ホント感じ悪いわ。


「まずね、『決め台詞』。これをつくりましょ、サンダリストの」

そうよ、これは必須よね?


「嫌ですよ」三号、即答するし。

「勘弁して」二号は、腹掻いてるし。

「それは必要か?」一号は、真剣な目でこっちを見ながら言うし。


「だって、もういくつか案ももってきたんだよ」

クリアファイルからマヒルは紙を取り出して、サンダリスト達に配布する。


<決め台詞を作ろう!>

会長案

1「時代は、便所サンダル!」

2「ジャパニーズ・トラディショナル・クロッグ、ライドオン!」

3「一号、スリップ! オン!」

 「二号、スリップ! オン!」

 「三号、スリップ! オン!」

  ベンジョサンダリスト参上!


「……なぜ、なぜクリアファイルに挟んできたのに、紙の端が、こんなにフニャフニャになってるんです?」

三号が手をワナつかせた。


「そうだよな。紙が折れないようにするもんだろ? 普通」

二号も首を捻っている。


「しかも、これは何かの裏紙だな?」

一号は紙をひっくり返して眺めた。

「内部書類のようだが、いいのか? 私用で使って」


「あんたたち! ちまちまちまちま、ウルサぃなあ、もう」


つか、ちゃんと中を読め。


「三号! 内容が読めれば、別に端っこくらい曲がっててもいいの! それに、裏紙も有効に利用しないと、資源がもったいないんだよ? 一号!」


「でも、書類の端がうねってるのって、なんか気持ち悪いんだよなあ」


二号、あんたも細かいことにうるさいのね。


「案1は『決め台詞』というより、『キャッチコピー』じゃないか?」

一号が突然、本題に戻した。


「強いて言えば、3が一番決め台詞っぽいかな」

続いて二号もコメントを寄せる。


「案3だけは、言うのイヤですよ。絶対!」


……なんだぁ? 三号。コイツは、さっきから文句ばっかり。


「しかし、もうちょっと、どうかしたのあるんじゃないのか? 何か他にさ」


二号。あんたも基本、拒絶路線かい?


「さして緊急に必要なものとも思えないな。後日、案があれば持って来るということでどうかな?」


ちょっと一号、話まとめに入ってるし。それは『会長』のあたしの役目でしょ?


「そうですね。じゃあそういうことで」


三号、あんた、なに素直に即答してんのよ!


「……だったら、あたしが書いてきたのより、ちゃんといいの、みんな最低一個は作って、次回までに持ってきてよね!」


しょうがない。とりあえず、ここは、これでまとめておこう。

だって……。

まだ、議題は残ってるもんね。


「次。友の会の研究テーマを考えてみましたぁ」

二枚目の紙を皆に配布する。


<「友の会」研究テーマ>

会長案

1 便所サンダルの足裏の健康サンダル風『イボ』の存在は許容されるか否か

2 中央省庁別便所サンダル普及率

3 地方公共団体別便所サンダル普及率


ぺらりと、紙を見るなり顎の下に手を組み、一号が口を開いた。

「悪いが、1については……」


「既に語り尽くされている」

二号が重々しく告げる。


そこで三号も、激しく頷いた。


「そういうことだ」

一号が組んだ手を解いて、アメリカ人みたいに両手のひらを上に向けて言った。


「そういうこと、って……どういうことよ?」


つまりだ、と一号が続ける。

「便所サンダルの特質における最も重要な点は、足にフィットするフォルムと耐久性。大きく括っていうと費用対効果の問題に尽きる」


一号が自明のことのように言い終えると、今度は三号が引き取った。


「足にフィットするフォルムと健康イボは両立しえない。フィット感が十分でないと、構造上、弱い部分からの劣化が進みやすいですからね」


軽く頷きながら、一号が付け足す。

「例えば、甲をくるむカバーの付け根部分」


「イボが付くと、その分、重量が増すしな」

二号もこう言うと、ちらりと一号に視線を投げた。


「ま、そういうことだ。会長さん」

と、結局、一号が総括した。


……………………。

…………………………。

わかったわよ、わかったわよ。ああ、そうですかそうですか、メモしとくわよ。


→「イボ」については、すでにかたりつくされた。


「3の地方自治体普及率ってのは、かなり話がデカいな」

二号がこう言うと、一号が再び顎に片手を当てて紙に視線を落としつぶやいた。


「……2の本省バージョンくらいだったら、おおまかな数は出るかもしれないな」

そして、三号を振り返た。

「例えば。三号、その『ナカガワ』は、いつもどこで買っている?」


「え、これ?」

三号は、大げさに顔を上げて反応した。


「これはですね。庁舎の売店ですよ。他でもうあまり見ないですしね、店が開いてる時間に帰宅することもないし」


「オレは共済組合の売店で買うよ。大抵」

二号も横から口をはさむ。


「そうだな。デパートやスーパーでは、なかなか買わないだろう? だから……」


言いかけた一号の言葉の後を、二号が続けるように言った。

「各庁舎売店での販売実績が、そのまま本省での普及率と考えられる、と言いたいわけだな? お前さんは」


ちょっと、もう。あんたら、会長を無視して話進めすぎだっつーの。

マヒルが口を挟んだ。

「でもでも、参議院の共済売店では、ほとんど見たことないけど? 便サン」


「そうかもな。データ上も、国会には、ほとんど卸がないようだからな」

一号は軽く受け流す。


「……国内の便所サンダルメーカーは、現在、東京では墨田区に一カ所、大田区に一カ所工場があるというのは、すでに知っていると思うが」

続けて一号が話し出すと、二号、三号は静かに頷いた。


……そ、そうなの? なに? それ自明?


「それぞれの工場から、まず浅草橋の問屋。そして、各地の履物屋に卸される……」

一号はポケットから黒い手帳を取り出し、ゆっくりとページをめくり出した。


「問屋へ持ち込まれるサンダルの大まかな数値は把握しているんだが……」

一号が言うと、二号は、軽く眼を見開いて一号を見上げ、三号は身を乗り出した。


な、なんなのかしら、一号の、あの『黒革の手帳』。何が書いてあるわけ?


「ただ、その後の販売実数までは追った事がないからな、一度くらい調べてみても面白いかもしれないな」

一号は手帳を閉じ、またポケットにしまった。


そして、マヒルの方を振り返って言った。

「で? そっちからは、もうこれで終わりか」 


「……」


「こちらから、数点、質問があるがいいか?」


「駄目」

とりあえず、拒んでみる。


「まず、隔週水曜日が定例会ということだが? 次回もそういうことか?」


あ、そう? 会長による拒絶を、再び華麗にスルーするわけね、一号? 


「集合場所は、ここなのか?」


「……そう」


「では聞くが、雨天の場合はどうなるのだ?」


「えぇー。っていうか、今まで晴れてたし」

ねえ? と二号と三号に賛同を求めてみる。


「まだ、これが三回目だからな。会合自体」

二号が状況説明を試みた。


「だいたいね、秋は、晴れるものなのよ!」

そうよ、なんか文句あるわけ?


「しかし、これから、寒くなりますよね。それでもここで弁当食べるんですか? 会長」


三号、お前、ホントうるさい。


「……だったらぁ。『友の会連絡網』を作ればいいじゃん」

さすが会長のあたし。いいアイディアだわ。


「ほう……れんらくもう、とな」

一号が繰り返す。


「そこはかとなくレトロな響きですね」

無意味に腕組みをして三号が言った。


なんかエラそうじゃないよ、三号? その態度。


「すももの保育園もあるぞ、連絡網。インフルエンザで休園とかさ。そういうので要るだろ?」


二号、なにげに自慢しているのかもしれないが、こどもの名前は「すもも」か? 誰の趣味じゃ? 


「はい、ここに。メルアドと連絡先、書いた書いた」

とりあえず手持ちの裏紙を四つにちぎる。


「雨ふったりとか、寒かったりとか、緊急事態発生とかしたら、これで連絡いれるからね! ほら、一人ずつ、一枚ずつ書いて。はい、まわす」


「一つ、いいか?」

一号が口を開く。


「だーめ」

まったく。会長のやる事に、いちいちうるさいっつうの。


「こんなの、メールでベースで回せばいいじゃないですか? なんで三回も四回も同じ事、紙に書かなきゃいけないんです?」

三号をはひたすら文句をたれる。


「まあ、まあ。三号。ん? なんだよ、会長のこのアドレス。長げーな。スパムの送信元かと思ったぜ」

ニ号も、なにげにひとこと多いし。


一号は、明らかに捨てアドっぽいのと携帯関係。二号は、どっかのケーブルテレビドメインのと携帯の。三号のは携帯のほかは、go.jpのアドレスだった。


「みんな、どれを一番チェックしてる? オレは家のだから、急ぐときは携帯にして」

二号が言うと、一号が「どれも見てる。どれでもいい」と応じた。


「三号。この職場のは、いいのか?」

一号が軽く眉間に皺をよせた。


「まあ、あれだよな。三号なんか、庁舎に住んでるみたいなもんだからな、そこに連絡入れんのが、一番確かかもな、はっはっはー」


さわやかに笑いながらも、二号、結構キツいこと言うじゃないのよ。


「おっと。すまんが、オレはそろそろ」

二号が立ち上がった。


「ウチは時間、厳しいから」


「じゃあ、僕もそろそろと」

三号もコーヒーの空き缶をバグパイパーの後ろにあるゴミ入れに落として、そそくさと二号の後を追っていった。


一号は、今日配った二枚の紙と、連絡網を几帳面に折り畳むと、例の『黒革の手帳』に挟み込み、じゃあ、とだけ言い置くと、議事堂の衆議院側へと歩きはじめた。


あれ? そういえば、結局。一号ってば、どこに勤めてるわけ?


……一号の後ろ姿って、やっぱ、絶品だよなぁ。姿勢がいいんだよね、背も高いし……。

でも、なんといっても、あの足元だよね! 秀逸なのは。

なんて考えながら、マヒルはなんとなく一号の後をついて歩く。


すると、信号待ちで立ち止まった一号が、突然こっちを振り返った。

「こっちの方向なのか?」


うぅっ……違うんだなぁ。

このまま、一号の後を追っかけてったら、ぐるーり議事堂を一周するハメになる。


「違うけど。あ、ねえねえ。一号。一号の靴下いつもなんか、いい感じだよね?」


「……」


「どこで買ってるの? どこのブランド」


一号は、突如、冷淡な表情になった。

「靴下のブランドを教えるほど、親しくなった覚えはないがな?」


ちょっと、何なのよ。その、絡みづらーいリアクションはさあ?


「……『親しくなる』ってどういうことよ」


一号は人差し指と親指を顎の下に当てて、ニヒルに口の端を引き上げた。

「まあ、寝てくれってわけじゃない」


はあ? 何コイツ。ちょっとナメてんじゃないよ……。

「いってくれるじゃないの、一号。いいわよぉ。あたし、ちょっと脱ぐとスゴいからね、見て後悔するんじゃないよっ!」


「……悪かった。悪かったから。脱ぐな……見たくないです」

一号は、即、詫びを入れた。かなり真剣な口調であった。


口ほどにもないわね……。

一号。いい? 友の会長は、このあたし、岡野マヒルよ! 解ったわね?

マヒルは、会長としての威厳を取り戻したのであった。


「ちょっと、一号。ちゃんと、決め台詞。考えてきてよね!」

逃げるように信号を渡っていく一号の背中に、マヒルはもう一声浴びせておく。


あ、そうだ。職場戻ったら、『マツモト』と『ナカガワ』のこと、調べなくっちゃ。

遠ざかる一号の背中を眺めながら、マヒルは重要事項を思い出したのであった。

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