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ベンジョサンダリスト!  作者: 水城
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国会前庭園のすずめは、チュンチュクチュと鳴く。

と、マヒルは思う。


マヒルに識別できるトリは、カラスとすずめとハトだ。庭園には、他にも色々トリがいるのだろうなとは思う。だって、ここには色んな種類の樹もあるし。


……というか、ちゃんと幹のところに、名札みたいのがつけてあるから解るんだけど。『ソメイヨシノ(バラ科)』とかさ。

まあ、名札なしで識別できる樹といえば、イチョウと桜くらいなんだけどね。

これってたぶん、『幼少のみぎり』からの近眼のせいなんじゃないかと思う。昔から、トリの形も、木の葉っぱもよく見えなかったし。

あ、星座とかも乱視だから良くわかんない。初めて眼鏡をかけて外に出た時、屋根の上に猫が座っているのがハッキリ見えて、びっくりしたんだったよなあ、もお。


てなことを考えつつ、マヒルがコンビニのおにぎり入りのビニール袋をブラブラさせて、集合場所に向かうと、バグパイパー横のベンチには、すでに二号が座っていた。


二号は、ちょうど弁当のタッパーを開けているところだった。


「お、二号。今日も愛妻弁当かね」

マヒルが後ろから覗き込み声をかけると、二号は毎度のことながら思いっきりびびって「うおぅ」とおっさん声を上げる。そして、なぜか慌ててタッパーの蓋を閉めるのであった。


「会長。毎度毎度、普通に登場できないわけ?」

二号の文句を聞き流しながら、マヒルはベンチに腰掛け、コンビ二おにぎりのビニールをぺりぺりと剥がす。


「ふつう? そもそも『普通』とは、なに?」

おにぎりを頬張りつつ、哲学的にマヒルは二号に絡んだ。


ふかし芋しか入っていないアルマイトの弁当箱を蓋で隠して食べる戦時中の疎開児童のような体勢をキープしたまま箸を動かしていた二号は、「普通っていうのは……つまりさ」と真剣に答えを返そうとする。


だが、マヒルは、二個目のおにぎりの海苔を巻きながら、それを遮った。

「……二号」


「なに?」


「……秋だねえ」

どうやら、マヒルにとって『ふつう』については、かなりどうでも良かったらしい。


「このシャケ、ちょっと生ぐさーい」

マヒルは、コンビニおにぎりの具ごときに悪態をつきながら、再度、二号の弁当タッパーを覗き込んだ。

そして、「ねえねぇ。その昆布の佃煮ちょうだい」と言うやいなや手を伸ばし、それを三枚ほど掠め取る。


「あ、それ。シメに食べようと思ってたのに」


二号の嘆きの声を聞きながら食べる昆布の佃煮は、おいしいなあ。マヒルが、そう考えつつ咀嚼していると、バグパイパーの後ろの方に、三号の姿が現れた。

三号の身体中心線は、右八度くらいに傾いているので、遠くからでもすぐ判るのだ。


バグパイパーの前を通る時に前傾姿勢となり、しかも、右腕を顎の前に垂直に出して、「失礼、失礼」とつぶやきつつ、三号はベンチまでやってきた。

そして、二号をはさんでマヒルと反対側に座った。


「おや、今日は二号が作ったんですね、お弁当」 

腰掛けるなり二号の弁当を覗き込みむと、三号は言った。


「えー? そうなんだ。気づかなかったよ。あたし」


「昨日が、保育園の送り迎え当番の日だったからな。今日は弁当の日。カミさんが保育園当番」

二号は、別に聞かれてもいないことまで律儀に回答する。


「中身のつめ方が、奥さんの時よりもキレイなんですよ、二号自作の方が」

三号が若干、得意気に付け足す。


「四角い箱の中には四角く詰まってないと、気持ち悪いからな」

二号はかつて昆布の佃煮があったはずのところに、白ご飯の最後のひと口をなすりつけている。


「うわぁ、二号、あれでしょ? 買い物した時に、店員が詰めてくれたビニールの中身とか、気にくわなくって詰めなおすタイプでしょ、やだねぇ」

おかずを奪っておきながら、さらに、いわれなき批判まで二号に浴びせるマヒルなのであった。


「なんだよ。悪いかよ?」

しかも、二号、否定はしない。


「まあ、子持ち共稼ぎは、なんだかんだいって大変ですよね」

三号がめずらしく、他人を思いやる発言をする。


「でもさあ。文科省は霞ヶ関に唯一自前の保育園持ってるから、いいジャン?」

 一方、マヒルは、他人に対する思いやりのかけらすら、持ち合わせていない。


「確かになあ、俺もカミさんも本省勤務だから助かってはいるけどなぁ」

二号もここは一応、謙虚に応じる。


……まあ、基本いいヤツはいいヤツなんだよね、二号は。

マヒルは心の中でつぶやいた。


「あれ? 三号、お昼ごはんは?」

二号の脇から身を乗り出して、マヒルが尋ねた。


「今朝、出勤遅かったから、今はこれで」

三号は手に持った缶コーヒーを持ち上げてみせて答えた。宇宙人が大好きなメーカーのヤツだ。


「夕べも遅かったのか? 『キャリア』は大変だな。何時に帰った?」

弁当タッパーを弁当袋にしまいながら、二号が訊いた。袋には、洗濯で薄くなっているが、マジックペンでひらがなの名前が書いてある。どうやら弁当箱用品は、子供と共同利用らしい。


「今朝、四時前かな。庁舎からタクシーに乗ったのは……」

三号はワザとらしく遠い目をして答えた。


「いいよねー。金融庁さんはタクシーチケット青天井なんでしょ?」

マヒルの辞書には『同情』の文字もないのであろう。


「そういえばさ」

二号が口を挟んだ。


「昨日の朝は悪かったな。N田町駅行けなくて。ほら、保育園の送りだったからさぁ」


「……大丈夫ですよ。『彼』の件なら」

三号が眼鏡を押し上げながら言った。


「今日来てくれるはずですから、絶対に」


国会前庭園にそびえ立つ時計塔の針は、十二時十九分を指していた。


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