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おそらく、女の声帯が実際に振動さしていたならば、「きゃぁぁの、きゃぁぁの!」
とでもいうような超音波が発されているだろうと想像された。
だが、彼女は、消音したテレビ画面のようにクチだけを動かしながら、隣に立っている三号とハイタッチをして、ぴょんぴょんと、もとい、ドスドスと飛び跳ねた。
もうこの瞬間にも、先ほどの自分の回答に対する後悔の念が、喉元にまでこみ上げて来ていた。
三号が、そんな俺の気持ちを察したかのように、まだ飛び跳ね続けている女を押しとどめると、彼女に何事かを耳打ちした。
すると、女は弾ませていた息を急に抑え、よれた名刺を取り出すなり言った。
「じゃ。一号。『友の会』の定例会議は、隔週水曜日、昼の十二時二十分からだから」
三号が、男にしてはやや甲高い声で、「場所は、国会前庭園のS民党側の方ですから」と補足する。
「細かい場所は、ここに書いてあるからね」
女はそう言い添え、まるで、親戚のおばさんが少ない小遣いを甥のポケットに押し込むかのように、喫茶店のレジ前で伝票を奪い合うおばさんが、友人のバッグに折り畳んだ千円札をねじ込むかのように、俺のスーツの胸ポケットに、そのよれた名刺を押し込んだ。
「『友の会』は、お弁当持参だから。じゃあ、二人とも明日ねー。三号、きょうはありがと。お疲れ様ぁ」
女は、両手をひらひらさせながら、N田町駅の自動改札を出て行った。
唖然としつつ、その姿を見送っていると、三号が俺の肩を人差し指で三回叩いた。
「ということで。明日が定例の水曜日ですから。時間厳守で集合場所にお願いしますよ、一号」
それは隠すべくもない。明らかな役人口調であった。
三号は俺に会釈をして、百八十度方向転換をすると、N田町駅の下りのロングエスカレーターに乗込み、右側を歩いて降りていった。
六番出口の階段を上り、胸ポケットから名刺を取り出す。
地上に出ると途端に臭かった。この季節はいつものことだが、銀杏並木の銀杏が、大量にアスファルトに落ちて潰れているからだ。
斜めから差し込む朝の日差しに顔をしかめながら歩き出し、俺は名刺に眼を落とす。
――ベンジョサンダル友の会 会長 岡野マヒル。
連絡先として、携帯電話の番号が記されていた。
裏面を見ると、サインペンでたどたどしく書かれた地図がある。
議事堂と憲政記念館と国会前庭園と首都高のインターが、これ以上ないほど思いっきり大雑把に配置され、国会前庭園の端っこの方に、★印が点けてある。
そこには、「集合場所。バグパイパーの横」とメモられていた。
……ばぐぱいぱー?
その時、ちょうどJ民党の玄関から出てくる議員の黒塗りとかち合い、俺は機動隊に押しとどめられた。
再び名刺を見る。
バグパイパー? って。
黒塗りが車道に出ていった後も、俺は、しばしの間、警官の後ろ、塀に立てかけてある警杖の脇に立ち止まり、よれた名刺を手に立ち尽くしていた。