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G座一丁目の駅っていうのは、Y楽町線の中でも、存外、乗降客数が少ない方の駅なんじゃないだろうか。
改札を入って、ホームに降りても、そんなに人影はない。
まあ、全くの無人というわけでもないが、逆に、これくらいの人数しかいないと、駅にいる客の全員がグルで、みんなどこかの組織のムエタイ戦士なのではという妄想もわき起こってくるマヒルなのであった。
「いやあ。会長があの女に、体当たりした時、何か凄い衝撃波が伝わってきましたよ。昔、僕、交通事故見たことがあるんですけど、あんな感じでしたね」
色々混乱している三号が、なぜ今そんなことを? と思うようなワケ分からんことを興奮してしゃべり出した。
「ちょっと、三号、あんたね。あたしが身を挺して一号をかばったからこそ、結局あのタイ人ウォーリア―ズを倒すことが出来たんでしょうが、え?」
「それにしたって重量ありすぎでしょう。会長、体重何キロあるんですか、一体」
「三号、お前。ばか、そういうこと訊くなって」
二号がすかさずいさめるが、三号は聞かなかった。
「普通、女性といったら、四十何キロとかそんなもんなんでしょう? こんなに重いわけない」
それを聞いた二号が、苦笑しながら三号に言った。
「二号、女なんか、基本、体重は五キロ、十キロ、サバ読んでんだよ。四十キロ台の女なんか、そんなにいないの」
「十キロ! それはサバ読みすぎじゃないですか、あり得ないでしょう」
ムキになって反論する三号に、今度は一号が声をかけた。
「三号。もうそれくらいにしておけ。それじゃあまるで、一回も女に乗られたことのない男みたいだぞ」
一号のこの言葉に、三号はぐっと息を飲んだきり、二の句が継げなかった。
「おっと、図星か? チェリー」
二号が小声で言うと、三号の顔はみるみる赤くなるのであった。
「ねえねえ。三号、じゃあ男にはあるの? 乗っかられたこととか、ねえねえ」
マヒルのツッコミも容赦なかった。
すると、かび臭い風が強く吹いて、ホームに電車が入ってきた。
「おい? お前ら、そういえばこっちのS木場方向でいいのか? N田町方向は、階段上がって向こうだぜ?」
二号が風に顔をしかめながら言った。
「えええ。イヤだよ。このまま独りで地下鉄とか乗り換えて帰るの。超怖いんですけど」
マヒルが情けない声を上げると、三号もこれに続いた。
「僕だって、これからTノ門戻って、夜の庁舎で仕事するのイヤですよ」
「あのさ、奥さん達、今日、実家なんでしょ? 二号ぉ。ね。二号の官舎に泊めて、お願い、ね、ね?」
マヒルがこう言った途端、列車のドアが開いた。
三号も同様に、視線で懇願している。
発車サイン音が鳴った。
「……で、何だよ。お前等。結局みんな、こっちに乗るのかよ」
二号に続いて、マヒル、三号、そして一号が乗り込んだところでドアが閉まり、Y楽町線が動き出した。
「一号、お前も来てくれるのか?」
ちょっと、二号ってば、一号だけには、来て「くれる」ってなによ、それは?
マヒルの眉がぴくりとする。
一号は頷くと、いつものシブーい低音で答えた。
「二号、お前一人で、この二人を連れてたら、何かあった時、足手まといで動けないだろう?」
はあ。すいませんねぇ、足手まといで。
つか、一号さ、あたしに命救われたこと、なにげに忘れてるんじゃないでしょうね?
マヒルはさらに、眉をぴくぴくとさせる。
「何かって。イヤですよ。また何かあるんですか。もう勘弁して欲しいです」
……一人で隠れてブルってただけのくせに。
三号。とことんチキンなヤツ。サンダリストの風上にも置けない感じ?
マヒルの三号への評価は、猛烈な勢いで低下し続けていく。
「……まあ、しかし、びっくりしたよな、さっきは」
二号がしみじみと振り返るように言った。
その落ち着きっぷり、なんなの。さすがキレンジャー。
「ほら、こういう事もあるかもしれないから、戦闘用にベンジョサンダリストの決め台詞、作っとくべきだったんじゃん!」
マヒルは捨て置かれていた決め台詞のことを、決して忘れていたワケではなかったのだ。
「決め台詞。ああ、そんなんあったなあ。そういえば」
二号が頷きながら言う。
三号はバカにしたように、鼻息を立てた。
一号は顎の下に親指と人差し指を当て、じっと目を伏せていたが、ふとこう漏らした。
「決め台詞かどうかは別として。あの中では、『案1』が出来としては一番マシだったかもしれないな」