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サカキ・インターナショナル。
この上なく、おざなりな社名……。
だが……。
俺は茱萸坂を上がる途中で、皇居ランを終えた壮年男性に追い越された。
シューズは、MIZUNOだった。
ふと、三号がアメリカで『ナイキ』を履いていたと言う話を思い出し、口元に笑みがこぼれそうになる。
アマタナコン工業団地か……。
タイには、政府主導で建設された工業団地が多かったはずだ。
星の数ほど、とは言わないまでも、まだまだ、新設も計画されているだろう。日系だったら、天ぷらやフライ用のエビなんかの加工食品の工場なんかが思い浮かぶ。
そういうのは、大手ないしは中堅の日本の食品会社が、タイに現地法人を作ったりするわけなんだが。
タイの工業団地に本社がある会社で、しかも日本法人を持つ、というのは……。
坂を登り切ったとこで、赤信号に引っかかる。
道向こうから、顔見知りの機動隊員が俺に向って頷いてみせた。
俺も軽く会釈を返す。
それにしても。サカキ、という名前には、何かひっかかるのだが……。
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経産の知合いっていうは、僕の大学の同期だったヤツのことだ。
彼は、運良く東南アジア方面に明るかった。
あまり知らないことについて、調査を頼んだところで、どうせろくな答えは返ってこなかっただろうから。
ヤツだって、クソ忙しい中、わざわざ面倒な調べ物をしてまで僕に作れる貸しなど、たかが知れているし。
アマタナコンは、二〇〇〇年前後に整備が進んだ工業団地だ。時期的には、省庁改革の直前くらいかな。
実際はかなりの所、日本側の通産・JETRO主導で動いた話のようだった。
僕はその同期と、とある昼休みに待ち合わせた。
合同庁舎二号館の食堂の一番奥。窓際に陣取って昼飯を食べたのだ。
「もちろん、旧商工族系の某議員とかなんかも、かんでたけどな」
周囲にちらちらと視線を走らせながら、同期は言った。
かなりボリュームのある天ぷら定食を凄いペースで攻略していやがる。
誰も聞いちゃいないよ、こんな場所でこんな話なんか。
とも思ったが、まあ、こういうのも役人の習性だったりするから仕方あるまい。
ふと、僕はヤツの足下に視線を落とした。
ゴム底にビニール合皮の甲当ての付いたつっかけサンダル。
スーパーの横の衣料雑貨品チェーン店なんかによく置いてあるようなアレだ。
「アマタナコンにある会社について、情報とかって得られる方法ある?」
「え? なに、どんな会社。日系?」
「と言うわけでは……」
「現地の小さいとこだったら、調べるのはちょっと面倒くさいかもなあ」
ヤツは天ぷら定食を完食して、茶碗の水を飲み干した。
デスクワーカーのくせに、そんなに昼飯喰うから。
同い年のくせに、もうすっかり出腹になっちまって……。
僕はのびはじめたソバの残りを、急いですすった。
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「ということなんですけどね、一号。メールにも書きましたが」
日曜日、東京駅八重洲口のとある店の前。
三号は約束の時間よりも五分ほど前に到着していたが、間髪をおかずに一号もやってきた。
「アマタナコン工業団地に進出した『日系』の企業のことについてだったら、JETROに聞けば、結構分ったんですが。やっぱり日系の企業の情報の中には、『サカキ・インターナショナル』に関係しそうな物は、ちょっと」
三号は、改札に向いながら、早口で一号に巻くし立てた。
「アマタナコンに入ってる企業、わざわざ見てくれたのか? 三号」
一号の問いに、三号は照れたように慌てた。
「い、いや、あの。ざっとですよ。でも、大体が食品加工関係だったんで。ほら、『サカキ・インターナショナル』は」
「……樹脂加工業、だからな」
自動改札を通りながら、一号が静かに付け足した。
「細かいことは分からなかったんですが、事業実績としては、現地の小さい日系企業への、プラスティック製品の納入とかが、ちらほらあるくらいで。なんかノベルティのクリアファイルみたいな物らしいですけどね」
三号も続いて改札を抜けた。
「あのぉ。一号? 今日は一体どこに行くんですか?」
もじもじと、三号が尋ねると、一号は渋く微笑んでみせた。
「とりあえず、六番線に。K浜東北線の下りに乗ろうか、三号」