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ベンジョサンダリスト!  作者: 水城
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昨今、子育て体験中に、いろんなことに目覚める父親というのもめずらしくないと聞く。


オレの中にも、いくつかの新たな才能が確実に開花している、と思う今日この頃だ。


例えば。

すももに絵本を読み聞かせながら、ネットオークションの絶妙な入札タイミングを見計らうとか。すももにメシを食わせながら、カミさんの×××を△△し、かつ、○○するとか……。


おっと失敬。


われながら、凄い能力が開発されてきたなと思って、一度カミさんに自慢したら、「ドラマーは、両手両足ばらばらにつかって演奏できるし、あまつさえ、ドラムボーカルだったら歌まで一緒に歌えるのよ?」と一蹴されてしまった。


もちろん。うちのカミさんがドラムボーカルをやるって訳でもないんだが。


こうやって、休日にエクセルシートを開いていると、休みの日にまで、何も仕事と同じ様なことやらなくたってと、カミさんには呆れられる。


「よっぽど、数字が好きなのねぇ」

嫌味交じりの声を毎度毎度、背中で聞きながら、オレは考える。


別にそんなに、数字が好きなわけでもない、ましてや、仕事など……。


高専を出て、入省してから、いくつもの部署を異動で回った。


毎日毎日、非常勤職員の辞令に公印をつく仕事もあったし、庁舎の消防訓練の段取りをつけるような仕事もあった。微々たる専門技術を生かせる部署に行くなんてことは、まずないのが役所の人事ってもんだ。


それに……。

別に、専攻にさほどこだわりがあって高専の学科を選んだわけでもなかった。


だが、今の業務とは、意外と馬が合う気がしている。

これは、さっき言ったこととは矛盾はない。

そんなに好きではないが、実は、嫌いでもないというワケだ。

一日の仕事が苦になって仕方がない、なんてことは、それほどはない。


最近思うが、これって勤め人としては、比較的恵まれている境遇なのかもしれない。


ということで、家で表計算ソフト立ち上げるのも、別にそんなに「嫌」ってわけじゃないんだ。


オレは、すももに『ミッフィーうみへいく』を、努めて淡々と読んでやりながら、エクセルシートを開いて、一号から貰ったデータの入力を進めていた。


多分、まだすももには、まるで絵本というものの意味が分かってない。しかし、読んでやっていると、しばらくの間は、何らかの興味を示す。


続いて『ミッフィーのまるさんかくしかく』にと本を替える。


そして、突然、オレは気がついた。


……そうか。

すべて、つじつまは合うじゃないか……。


オレの朗読を聞きながら、絵本をなめたり叩いたりするのにも飽きたすももは、PCのケーブルをかじり始めていた。

ケーブルからすももを引き離しながら、入力データに数式を掛け合わせ、再度、それを確認したオレはプリントボタンをクリックする。


背中に汗が一筋伝うのを感じた。


「ヤバいな、急いで一号達に知らせないと」


オレは、片手ですももを抱え、もう一方の手で椅子からジャンパーを取って、台所の椅子に座って雑誌をめくっていたカミさんに声をかけた。


「すまん、聡子。オレちょっと、出てくる」


すももをダイニングテーブルに置くと、オレは返事も聞かずに玄関へと向かった。


「ちょ、ちょっと、何よ、いきなり」

あわてて雑誌を置き、すももを抱きかかえたカミさんが後を追いかけてくる。


そして、玄関のたたきのところで、オレのジャンパーの襟首を掴んだ。

「駄目よ! 今日は、あなたがすももの面倒をみる番じゃない」


「すまん、来週と再来週、続けてみるから」

オレは、サンダルに足を入れながら答える。


「さ来週は、宿舎の大掃除に出てもらう約束でしょ?」

カミさんはジャンパーを掴んだ手に、さらに力を込めた。


「一体どうしたっていうの? どこ行くのよ」

カミさんは、まだオレの襟首から手を離さない。オレは振り返り、その手首をつかんでジャンパーから引き離した。


「とにかく、急ぐんだ。今日は何時になるかわからない……勘弁してくれ」


オレの気迫に推されてか、カミさんは、両手ですももを抱き直し、不本意そうな顔をしながらも頷いた。


そして、オレが玄関を開けた瞬間、カミさんは再び口を開いた。

「あ。そうだ。帰りにベビーフード買ってきて」


「……え」


「何時になってもかまわないから」


「お、おう。わかった、なんだっけか? 食いつきのいい銘柄は」

オレはとにかく急いで答えた。


「キューピーのだけど……『食いつき』って、そんな。あなた、犬猫じゃないんだから」

カミさんは、文句をたれながらも、とりあえずその場は引き下がる。


オレも、「アカンボなんて、まだ、犬猫と似たようなもんだろ?」という言葉は飲み込んで、表に飛び出した。


古臭いスチール製の玄関ドアが閉まった瞬間、すももが短く叫び声をあげた。

それ聞きながら、急ぎ足で、だがなるべく音がしないように、官舎の階段を駆け下りる。


駅へと走りながらポケットの中に手を突っ込み、携帯をつかんで、そのままの状態で一号と三号と会長にメールを打ち、これぞまさに『ブラインドタッチ』と独り悦にいる。

速さと正確さ。そんじょそこいらの、小娘たちには負けてないって、絶対。

自信はある。


*****


「土曜の午後っつうのに。会合の場所って、やっぱここなわけだ?」


オレは何となく腑に落ちないような心持ちであった。


いつもの友の会会合は、秋の日差しの中とは言え、昼間で明るい国会前庭園だったが、今は、もうすっかりメランコリックな夕暮れであった。


「二号からメールもらった時、僕、庁舎に居たんで……ここが一番都合よかったんで」

三号が口をとがらせながら言った。


想定はしていたが。土曜は基本、『出』なんだな? 三号よ……。


「だって、ここなら定期でこれるしぃ」


そ、そうきたか。会長。


……おや? 


「あれぇ、一号がまだじゃん」

会長が不満たらたらに口にすると、三号がすかさず応じた。


「さっき、僕に電話がありました。少し遅れるって」 


おやおや、微妙に得意気じゃないか、三号のヤツ? 

それにしても、三号の前髪。いつもに増してまだらっぽさを増してるな……。

 

なんてオレが思ってたら、会長がやり返しやがった。

「単に、電車乗らないでここまで来れるのが、三号だけだったからでしょ? 電車じゃなきゃ絶対、電話つながるし。どうせ出勤してるに決まってるからね」


土曜出勤デフォルトでこき使われてる三号の、ささやかな喜び奪うことねえだろうよ、会長。とことん意地の悪いことを。


……まあ、一号から直電が入るのが、三号の喜びなのかっていうと。

まあ、そうなんだろうな……。



「遅れてすまない」


おっと。

一号がいい感じに登場しやがった。


白シャツにスラックス、ウールソックスにマツモトの『ろの一〇(ヒトマルサン)』。

いつもと同じで、ただネクタイがないだけだ。


オレはTシャツの上に、大昔、初任給で買った革ジャンとジーンズ。そして、一号と同番のマツモトの色違い。

三号は、まあ……登庁してたわけだから、いつもと一緒のドブネズミスーツにネクタイとナカガワだ。


「二号。報せたいことって?」

一号が早速に切り出してくる。


オレは出がけに急いで打ち出してきたデータを見せた。


「卸から小売へのサンダルの流れを精査してみたんだが。確かに、この夏以降、小売に卸されてる数量は激減してる。だが、この傾向、実は、一年半前からあったとも言えるんだ。ほら、ここ」


そして、オレは表を指し示した。

「この数ヶ月後、マツモトもナカガワも出荷を増量してる。多分、市場の品薄感が伝わったんだろう。だが、この増産分は、まったく市場に出回ってない。一定量がどこかに消えてるんだ」


「どこかが、まとまった量欲しくて、直販して貰ってるとか」

三号が眼鏡を押し上げながら言った。


「まとまって? なに。どこかに大規模市営プールでもできたっけ?」

会長も口をはさんでくる。


……この際、三号と会長のコメントはスルーさせて貰おう。


「……一年半前か、認識していなかった」

一号のつぶやきに頷きで応じ、オレは続けた。


「一号が気付かないのも、実は無理ない。この頃は、今ほど大量じゃなかったんだ。市場から消える量が」


「なるほど、当時は全体のほぼ一割強といったところか。品不足になるほどではないが、小売に取っては、微妙な品薄感があったかもしれないな」

一号は、グラフに目を落としながら言った。


「ねえ。とりあえずさ。座ったら? 一号、二号、三号」


会長は数字を見るのに飽きたのか、さっさといつものベンチに腰を下ろしていた。


「この半年。凄い勢いで中抜きが始まってる……。このままのペースで進むと……」

オレは説明を続けた。


「……進むと?」

三号が問いかけた。


「おととしの下半期と比較しても、ナカガワとマツモトの持っている便所サンダルシェアの六、七割近くが、どっかに消えるってことになる」


「ナカガワとマツモトのシェアって事は……」

三号が噛みしめるようにつぶやく。


「『便所サンダルのシェア』とほぼ同義だ」

一号がきっぱりと付け足した。


深刻な事態に、重苦しい沈黙が流れる……。


だが、突然、会長がいつもの素っ頓狂な声を上げた。

「ねえねえ。サンダルを何に使うかはともかくさ。その買い占めのお金ってどうしてるのかね?」


「はぁっ?」

三号が、小馬鹿にしたような声を上げた。


まあ、コイツもホント。人を見て小馬鹿にするか丁寧にするかどうかを決めるヤツだよなあ。

役人も十年近くやってれば、こうなっちまうヤツが多いけどさ。


「確かに、メーカーサイドが何も気付いてないってことは、きちんと支払いをして物を抜いてるんだろうから、それなりに資金は要るだろうが……」

こういうと一号は、人差し指と親指で顎を挟むようにしてうつむいた。


「でしょ? ねえねえ。三号、あんた銀行関係とかって顔きくんでしょ? 元『MOF担』の知り合いとかいないの?」

会長が口をはさんだ。


MOF担……。

クソ懐かしい響きだなあ。


「ちょ、ちょっと。会長。僕はね。大蔵ってったって、そういう時代じゃないですからね。知りませんよ、そんな連中とか、ノーパンしゃぶしゃぶとか」


三号。別に、会長はまだ、ノーパンしゃぶしゃぶの話はしてないだろうよ?


「というかさ。この数量のサンダルを買い占めるのに、それほど凄い銀行融資とか必要な金額は要らんよな」

オレは話を元に戻した。


「それほどって?」

会長がベンチから立ち上がる。


すると、一号が淡々と説明を始めた。

「そうだな……日本製の便所サンダルは、製造原価がそれなりにはかかっているが、とはいえ、せいぜい一足数百円。残念ながら便所サンダルの市場規模はさほどのものではないから。これだけ買い占めたとしても、年に六桁から七桁あれば事足りる」


「ろっけたから、ななけた……」

つぶやく会長。

おそらく、まだ金額がぴんと来ていないんだろう。貯金額とか、ホント少なそうだな、この女……。


「で、どうする?」

オレは一号に問いかけた。


「そうだな……。とにかく、この中抜きだか、買占めだかに関与している団体または人物の特定だな。おそらく、一年半前からこれに関わっているのが、不特定多数いるということはないだろう」


まあ、確かに。卸からチョクにサンダル買ってる連中がそんなに何組もいるってことは、あまり考えられん。


「意外とぉ、海外とかにサンダルファンがいて、色んな国の人が買ってるのかもよぉ?」

また、素っ頓狂に会長が、口を出してきた。


……まあ、確かに。それも可能性としてはもちろん、ないとはいえないだろうが。


「そうだとしても、調べれば分かるだろう。三号、卸の方の取引を追えるか?」

一号が短く指示を出す。


「まあ、経産に同期の友人はいますが。手を借りなくても、多分そのくらいのことなら」 

三号は、人差指で眼鏡を押し上げながら答えた。


「それと、二号」

おっと、オレかい?


「三号の調査結果の分析の方、引き続き頼めるか?」


「おう。構わないが、でも三号の作業の方が大変にならないか?」


オレが一応、三号を気遣うと、三号は「別に、これくらい。電話を何本かかければ分かることですから」と言い放った。


微妙に嫌味ったらしい気もするが、まあ、気にするまい。


「忙しいところ、悪いな三号。今日も『出』だったんだろう?」 

一号が涼しい笑顔で微笑むと、三号はかなり露骨に頬を赤らめやがった。


……やっぱ、コイツ? 

いや、やはりもう、詮索はするまい。うん。

なんか、会長に毒されたかな、オレも。


「俺は、引き続きメーカーサイドを当たってみる。じゃあ、今日はこれで。適宜、メールで報告を入れてくれ」


一号がシメると、オレ達は人影のない国会前庭園を、それぞれの方向に向って歩き始めた。


会長が、「ちょっとあたしの意見は聞かないわけぇ?」とか、「コイツら無視かよ」とか文句をたれているが、誰も気にしていないようだ。


オレが、振り返ってみると、会長はベンチの上に立って、息をおもいっきり吸い込んでいる。


そして、「水曜日、定例会だからねぇー」と、バグパイプにも負けないであろうと思われる声量で叫んだ。


オレ以外の誰も会長を振り返らなかった。


だが、一号は、フェイドアウトの直前に、背を向けたままではあったが、片手を高く揚げ、一度大きく振って見せた。

会長への返事のようでもあった。


……なんだよ。

ちょっとカッコつけすぎじゃないか? 一号さんよ。


オレは思わず、苦笑いを浮かべた。

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