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ベンジョサンダリスト!  作者: 水城
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「……それで『友の会会合』開催を隔週から毎週にすると?」

一号は涼しく言い放ち、手にしている缶コーヒーに口をつけた。


「そう」

マヒルはプリンのビニールをはがした。


「そうだ一号。ありがとな。サンダルのデータ。結構な年数、累積して取ってたのな、お前さん。あれ、どういう風に処理しようか考えてるところだ」

二号はいつものように、弁当タッパーの蓋で中身を半隠ししながら言った。


「どう処理しようかってっさ、二号。問題が起きてるのは、今年の夏からなんでしょ? だったらとりあえず、最近のヤツだけ何とか分析とか出来ないわけ?」

プリンの匙を振り回しながら、マヒルは叱咤してみる。


だって……ほらさ。何と言って、便所サンダルの『緊急事態』なのよ?


「会長、簡単に言うけどな。データってのは、大きな流れで見れば見るほど、意味が出る物なんだぜ? 数ヶ月程度だけを取り上げたって、全体から見たら誤差の範囲内って可能性もあるんだ。数値の取り扱いはなあ、慎重であればあるほど……」


「ああ、もういいよ、二号。なんか面倒くさいなあ」

マヒルは、男尊女卑的超横暴なパワハラ上司並の横柄さで、二号の発言を遮った。


あら? いけないわ、あたし。会長には威厳が必要だけど。横暴で無礼であってはならないわよね? 

権力をもった「優秀」な女性が、いけない男性権力者の短所までを真似してしまうという陥りがちな罠にはまってしまいそう……。

ううむ。自重、自重。


「会長、二号は数値分析のプロですよ?!」

三号が宇宙人の好きな缶コーヒーを手に口をはさむ。学級会で失言をした同級生をあざける小学生の口調だ。


ほんっと。腹立つわ、三号。

お前、いつの時代のエリートだよって感じ? 今どき、パブコメの会合とかでトンデモ場違いな質問をして会を滞らせる一般人に対してだって、もうちょっと礼儀正しい口をきくよ? 出来る官僚は。


「ともかく、二号、引き続き分析を進めておいてくれ」

一号がさっくり総括した。


いや、だからそれは、わたしの役目でね、一号。

ああ、もう……。


マヒルは心乱れながらも、黙々とプリンを口に運ぶのであった。


「ああ、粛々とやらせてもらうぜ」

二号が一号にしっかりと請け合うと、三号がそこに割って入る。


「そうそう、僕ですね、庁舎の売店の人とちょっと話してみたんですけどね」


一号が三号に頷いて見せると、三号は仔犬っぽく眼を輝かせた。

「えっと、やっぱり。最近、便サンの入荷が減ってる実感あるって言ってました。とりあえず、今は在庫があってしのいでるらしいけど」


一号は黙って耳を傾けている。


「その店はですねぇ。あれなんですよ。他省庁の売店にも支店出してて。『西山履物』ってとこなんですけど」


「お。文科省(ウチ)の売店に入ってるのも、西山さんだよ」

二号は弁当を食べ終えて、タッパーの蓋をはめ込んだ。


「そうそう、だから全体的な動向として、かなり一号の読み通りな感じなんですよね」

三号は妙に自慢げである。


「……三号、『西山履物』の支店のリストアップ頼めるか?」

一号が黒革の手帳を開きながら言う。三号は、すぐさま甲高い声で返事をした。


な、なんだろう……。

友の会の主導権が、完全に一号の物になりつつあるような。

ま、まあいいのよ。ボスってのは、基本的に人を使って何もしないものなのよね? 

うむ。一号はわたしの参謀ってポジションって感じなのよ。

そうよ、だから、ともかく、一言は何かいっとかねばね。


「で、一号、あんたはなにするわけ?」

満を持して一声、発してみたマヒルに、一号は軽く視線を向けはしたが、何も答えなかった。


む、無視かよ……。


一号はコーヒーの空き缶を、バグパイパー佐藤さん(仮)の横のくずかごに入れると、そのまま茱萸坂方向に歩き出した。


「ちょっと、一号! まだ会は終わってないよ」

マヒルはベンチから腰を上げ、仁王立ちになり、ぴりっと姿勢の良い一号の背中に向って叫んだ。


その音量は、バグパイプの音量にも決してひけをとっていなかったはずだった。

周囲二、三十メートルにいた一号以外の人間全員が、一斉にマヒルを振り返ったほどだったのだから。


しかし、一号はそのまま、振り返りもせず国会前庭園から出て行ってしまった。


……むかつく。


マヒルは、その場のサンダリスト達に八つ当たりすることにした。

「ちょっと、二号も三号も。ほいほい一号の指示に従って。何なのっ? あんたたちは」


三号は露骨にイヤそうな表情を浮かべて、二号の方を振り向いた。


二号とは言えば、女子のヒステリーなど慣れっこといった風情った。

さすが、嫁と子供のいる身は違う。

いや、各省庁でも女子率のひときわ高い文部省、三種入庁の長い職歴は、さすが半端じゃないと言うべきか……。


「あのさ、会長。一号を『サンダリスト一号』としてスカウトしたがってたのは、あんたじゃないかよ? オレたちが、やっこさんに一目おいて、何が悪いわけ?」


二号が飄々と言うと、続いて三号が、やや責めなじるような響きの、あの癇にさわる甲高い声で続けた。

「そうですよ、大体、一号から三号までいるのであれば、一号を筆頭と考えるのが建制順ってものでしょう」


マヒルのおでこが、ぴくりと痙攣した。

「あーっそ? へー。三号、あんた自分が末席だっつうことは、自覚してるワケね」


二号が、三号に向かって口をへの字にしてみせた。

意味するところは「三号、ばかだな、お前」であろう。


その時、三号の胸ポケットで携帯が唸った。

続いて、二号の尻ポケットの携帯からも、ちゃちなクラシックの着メロが流れる。


二人が、一様に携帯を開いた。

すかさずマヒルが、双方の画面を覗き込む。


――今ははっきりとは言えないが、他にも気になる事項あり。調査を進めておく。もう少し裏を取ってから、詳細を報告する――


「一号からじゃん! なんなの。そうならさっき、そう言ってくれればいいんじゃん? しかも、なんで二人にだけメールで……」

携帯画面を覗き込みながら、マヒルは三号の耳元で金切り声を上げた。


と、二号が、マヒルの肩を人差し指で叩いた。

「いやさ、会長にもCCされてっけど? ほら」

と二号が自分の携帯を指さして言った。


三号が非難がましく口を開く。

「そもそも会長。なんで携帯、携帯してないんですか?」


そう、携帯不携帯は、マヒルの得意技であった。


ふう。

と溜息をついて、マヒルは、ふたたびベンチに腰掛けた。


……そう。大物は、あまり怒らないものよ? 自分に言い聞かせながら。


「気になる事って、何ですかね?」

三号がめずらしく低めの声でつぶやいた。


「……ま、時期が来れば、言ってくれるだろう? 一号は」

ニ号はあっさりとしたものだった。


こういう時の二号ってのは、チームプレーで非常に『良い仕事』をしてるなあと、マヒルは思ったりする。

不安をあおらず、考慮すべき優先順位をつける。

なんか、なんとなく「ああ、そうかな?」と思わせられる説得力もあり……。


「ところで……。会長? 一号って何者なんです?」

マヒルの思索を、三号がくだんの甲高い声で中断させた。


「何者って……」

マヒルは答えに窮した。


そう……。

一号との運命的な出会い。「友の会」開設への劇的な運命。

その詳細は、サンダリスト達にも未だ語っていなかったのだった。


「うーん。まあ、あれよ。ちょっと今はあれなんだけどさ。まあ、N田町駅で『運命の出会い』っていうの? まあ、そんな感じでさ」


なんか、いざ話すとなると照れちゃうわね? 


「運命的出会いとかは、別に、どうでも」

二号がすかさず口を挟んだ。


「そうですよ、僕が聞きたいのは、一号ってどこの所属の人なんですかってことで」


ああ。それね。うむうむ。それは実は、わたしも気になってたのよ。


「いつも、あれだな。帰りは、衆議院方向に坂を上がってるよな」

二号が冷静にコメントする。


「衆議院? 事務局ですかね。それとも法制局?」

三号が性急に言葉を継いだ。


マヒルは二号と三号の推論を、しばし黙って聞いていたが、やがて、くっくっくっと、月影千草のような笑いをもらして言った。

「甘いわね、二人とも。おききなさい、二号、三号。あんたたちはね、種類は違えど、どうみたって、Kヶ関臭をぷんぷんさせてるわけよ」


「Kヶ関臭ですって?」

三号がさも不服そうに口を挟んできた。


「なんか、加齢臭みたいだな」

二号は頭を掻いている。


「ま、似たようなもんよ」

と、マヒルは言い置いてから続けた。


「ともかく。一号には、それがないの。N田町駅で出ていく出口方向からすると最高裁ってことも考えられるけど、あれは絶対、司法じゃないわ、うん。かといって立法府の匂いもしないのよねぇ」


「立法府の匂いっていうのも、何だよ、それ?」

二号の問いに、マヒルは眉を引き上げた。


「あのね。立法府と便所サンダルっていうのはね。実は、Kヶ関よりは、かなり親和性が薄いの」


話の見えない二号と三号は、ぽかんと口を半開きにしている。


マヒルは、人差し指を立てて、三回舌打ちをしてみせた。

「ほら。役人サイドだって、議員根回しで会館周りする時なんかは、ビシッとして行くでしょ?」


「別に、僕は、いつもビシッとしてますけど」

三号は、不服げである。


「でも、『便所サンダル』は履いて行かないでしょ?」


「まあ……確かに大抵のヤツらはそうだな。でもそれが何だよ?」

二号は、部分的には賛同したが、微妙に歯切れが悪い。


「あのね。院内ってのは、議員を頂点としたヒエラルキーの中心よ? そして時期により多寡はあれど、常に議員が居るわ。つまり、よほど議員に縁のない末端にでもいない限り、便所サンダルで赤絨毯の上は歩けないってこと」


「ああ。それで、この間、一号が『国会にはあまり卸していない』って」

二号が納得する。


「せいぜい、固定的な需要は、衆議院のプールのトイレに置くくらいってとこね」


「え? 衆議院ってプールなんかあるんですか」

三号はとことんまで非難がましい。


「ま、屋外だけど」


三号の文句たれにも大分、免疫のついたマヒルは、一号よろしくさっくりと締めくくってやったのであった。

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