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ベンジョサンダリスト!  作者: 水城
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便所サンダル友の会、第四回目の会合の日。


開会に際して、『友の会連絡網』利用の必要はなかった。

清清しい秋晴れ。斜めからさす柔らかな陽差し。


ああ。洗濯物を干してくればよかった……。


と悔やみつつ、コンビニのビニールを振り回しながら、バグパイパーのところにマヒルが到着した時には、一号も二号も三号も、すでにベンチに揃っていた。


二号は弁当の三分の二ほどを、既に空にしており、三号はTノ門のパン屋『SWAN』のビニール袋から、カレーパンらしきものを少々のぞかせ、ひと口かぶりついたところだった。

一号は、缶コーヒーだけを手にしている。


「サンダリスト諸君、参集、ご苦労であった」

マヒルは、コンビニの袋を持った右手を揚げて、べンジョサンダリスト達に声をかけた。


「おう」

二号は、顔だけマヒルに向けて短く答えて、直ぐ弁当に戻った。

一号はというと、一瞬目だけマヒルの方を向くと、再び何事かを喋っている三号に視線を戻した。

三号は、会長たるマヒルの「お言葉」を全く無視して、しきりと一号に話しかけている。


……この三号の会長に対する無礼な態度には、非常に気分を害されるじゃないですか。


そこで、マヒルは、三号と一号の間に、「はっ、どっこいしょ」と尻を割り込ませて、着席してやった。

マヒルは腰を下ろすなりコンビニおにぎりのビニールをめりめり剥がし、取り出した海苔の端をバリっと噛みちぎって言った。


「で、みんな?『しくだい』やってきた?」


三号が眼鏡を人差し指で押し上げながら「決め台詞、ですかぁ?」と、若干、甲高い声で言う。


この声、なんか非常な嘲り感を感じるのは、なぜ?

さらに、三号は、なんと鼻で笑って続けた。

「……あんなものは不要ですよ。ねえ、一号? 二号?」


マヒルのおにぎりに海苔を巻く手が、しばし止まる。


「なんですと……?」


「あ、オレ、一応考えてきたぜ」

二号が食べ終わった弁当タッパーを軽く振りながら言うと、三号は、驚きで声も出せないといった顔で、二号を振り向いた。


「いや、ま、別に。どうでもよかったんだけどな?」


二号が軽くいいわけをしていると、今度は一号が、缶コーヒーを両手で持ち、両肘をついたポーズで渋くつぶやいた。

「ところで、もうひとつの懸案に関係してなんだが……」


「『もうひとつ』……?」

マヒルが、思わずリピートすると、二号がすかさずフォローする。

「Kヶ関での便所サンダル普及率の話だろ?」


「自分で言っておきながら忘れるんですね? まったく」

と、横からしゃしゃりでる三号の口調は、どこまでも非難がましい。


「まあ、その数値の件については、もう少し調査時間が必要だが……」

一号は続ける。

「関連して、少々気になることがある……」


一号の口調にただならぬものを感じ、一同はしばし口をつぐんだ。


佐藤さん(仮)のバグパイプが、一声、啼く。


「き、気になることって? 一号」

真っ先に沈黙に耐え切れなくなった三号が、かなり上ずった声で口火を切った。


「一体、何だっていうんだよ? 一号さんよ」」

二号も心なしか表情を硬くしている。


「先週、『マツモト』と『ナカガワ』の工場に立ち寄ったんだが」

一号はポケットから、例の黒皮の手帳を取り出した。


……マツモトとナカガワ、実在してるんだわ。やっぱり。


と、考えながらマヒルも、思わず一号達の気迫に飲み込まれ、固唾を呑んで話の続きに耳を傾けた。


「卸の量が減っているように思えて、ヒアリングに行ったんだ」

一号が手帳をめくりながら続ける。


「なんで、卸の量が減ってるなんて思ったんだよ? 一号」

二号が尋ねると、三号も二、三回大きく頷く。


「街中の小売の動向だ」

一号は手帳から視線を上げて答えた。


「?」

一同の顔面にはクエスチョンマークが浮かぶ。


「小売に出回っているサンダルの量が、この数ヶ月で激減している」

一号が話を続けた。


「減ってるって? たまにチェックしてるけどよ。宿舎の近所の履物屋でも、これまで通り取り扱ってるようだぜ?」

二号が言う。


「庁舎の売店も、特に、前と変わらなく見えますがね」

三号も付けたした。


「ていうか、一号。お前さん、便所サンダル取扱い店舗、結構見回ってチェックしてんだ? 日常的に」

二号が低く尋ねると、三号が声をさらに裏返らせた。


「すごっ。ひょ、ひょっとして『マツモト・ナカガワ取扱店舗リスト』とか維持してあるんですか? 東京城東部とか、城南地区とか、多摩地区とか……まさかね、ははは」


一号の眉間に深い皺が寄り、黒皮の手帳を捲る手がふと止まる。

三号の乾いた笑いも、その瞬間、止まった。


「気になるのが、今年の七月から九月にかけてだ。本来ならば買替え需要の多い時期だ。例えば、学校の新学期が始まって、教諭や職員はサンダルを新調する傾向があるからな」

一号は、手帳の中の記述をペン先で追いながら続けた。


「そうなると卸としては供給量を増やしても良いはずの時期だというのに。今年上半期までに取扱いのあった小売店舗のうち、五%が、この間に取扱いを停止している」


「……五%も?」

二号が表情を険しくした。


「しかも、取扱い店舗の四十三%が、仕入量を一割から三割程度削減している」

ここまで言うと、一号が手帳を閉じた。

二号、三号の間に重苦しい沈黙が流れた。


マヒルとしては、もはやどこにどう驚いていいのか、よく分からないのではあったが……。


えっと……。

………………。

…………………………。


「つまり……それって、どういうこと?」


仮にも、ベンジョサンダル友の会会長であるマヒルのこの問いを、さっくりと無視し二号が言った。

「その五%は、割安感のあるベトナム製なんかの取扱いに流れてるのか?」


三号も問いかけるように一号を見る。


一号は静かに首を振った。

「……いや。東南アジア製品が店頭に増えてきているというデータは、今のところない」


「じゃ、じゃあ?」

三号が、再び、声を裏返らせながら詰め寄る。


「便所サンダル『自体』の店頭販売が減っている印象なんだ。国内外、メーカーを問わずな」

一号が、また眉をひそめた。


「あれだよ、マツモトのオヤジさんが、夏バテかなんかで。ちょっと寝込んでたとかさ?」

深刻さを少しでも紛らわせようとしたのか、二号が努めて明るい口調で言った。


「いや」

すかさず厳しい口調で一号が応じた。


「俺もメーカーの方に何らかの問題が発生して生産が止まってるのかと思って、先週、マツモトとナカガワを訪ねたんだ。だが……」


「……だが?」

マヒルと二号、三号は、身を乗り出した。


「『マツモト』でも『ナカガワ』でも、生産量も問屋に出した量も、特に減らしてないと言うんだ」


「……?」

マヒル、二号、三号全員、まだ一号の話の要点がつかめずにいた。


「つまり……工場からは、通常通りの数量が出荷されているということだ」


「……なっ」

三号が一声上げて、絶句した。


一号がさらに眉間に深い皺をよせながら、シブ―い低音で続けた。

「残念なことだが、近年の便所サンダルの需要は低い。しかし、下げ止まりはとうの昔に迎えている。つまり、言い換えれば、現在の便サンの恒常的な購買層は、本当にコアなところだと言うことだ」


二号がこれまで見せたことのない真剣な表情で頷いて、一号に先を促した。


「だから、今の供給量は、需要とぎりぎりの均衡ということだ。これ以上、小売への商品の流れが滞ったら、それこそ……深刻なサンダル不足の事態を招きかねない」


……しんこくな、サンダル不足、とな。

そ、それは、なんか凄く、重大な事態そうな感じだ。

マヒルは、一号の言葉に微妙に衝撃を受ける。


「なるほど。つまり、お前さんが問題としたいのは、卸から小売の間で、製品がどこに消えちまったかってことだ」

二号が納得したようにつぶやくと、一号も顔をあげ、目線で二号に頷いた。


ええっと。ちょっと、ちょと待てい……。

両手を上下に振りながらマヒルが、声をあげた。

「ていうかさ。あのさあ、一号。なんでそんな大事なことを、メールしてくれなかったのよ? こないだ、せっかく、せっかく連絡網作ったのにさぁ」


「あ、その、連絡網といえばさ。オレ、試しにメール流してみたのよ、先々週。あれからすぐにさ」

二号が突如、いつもの口調に戻っていった。


「でも、会長宛てのだけ、戻ってきちまうんだよなあ? ホントにこのアドレスあってんのかよ?」

二号が、ミッフィーちゃんもどきのアップリケのついたキルティングの手提げ、いわゆるお弁当バッグってやつから、二つに折りたたんだ紙を取り出し、マヒルの方に突き出した。


「なに? このエクセル表の打出し。行、ほそーい。見にくぅ」

ひとしきり文句をたれてから、マヒルは二号から赤ボールペンを借り受けた。


「あ、ここ。これ。アンダーバーじゃなくって、ハイフンだよぉ」

マヒルが声をあげると、一号が手帳を手に立ち上がり、エクセル表を覗き込んだ。


間違っている箇所に、マヒルが乱暴に赤ペンをいれるのを見ながら、一号も自分の手帳を修正する。


マヒルは、訂正し終わった紙とペンを二号に突き戻した。

二号は受け取った紙を眺めると、ボールペンで頭を掻きながら言った。

「あ、なんだ、ここ顔か……メルアドに顔文字なんか入れるなよな、会長」


「え? 顔文字なんかどこにあります?」

三号が声を上げると、一号もが三号の方に軽くのり出し、自分の手帳を三号の方に差し出した。

一号の肩が三号の首筋にかすかに触れた。

その瞬間、三号の肩が痙攣した。


二号も身をのり出すと、さっき頭を掻いていたボールペンの尻で一号の手帳を叩いた。

「ここ、ここ。ハイフン、アンダーバー、ハイフン」


三号が、それでもまだ腑に落ちないようだったので 一号が、空中に大きく図解してみせる。


そこで、やっと気付いた三号は「ああ!」と声を上げ、ゲンコにした右手を左手の手のひらに打ち当てた。


三号。おそらくこの中で一番、歳若いくせに、どこまでもジジくさいヤツであった。


「ともかく。この『供給減』の件については、最優先でチェックする必要があるな」

二号が再び重々しく、一号に問いかけた。


一号は黙って頷き、三号に目をやった。

「協力してくれるか? 三号」


三号は、両手に握りこぶしを作りながら、激しく頷いて同意の意を表明していた。


「忙しいのに、悪いな」

一号は、微かに笑みを浮かべた。


……あら。

なんだかちょっと、かっこいいわね、一号の笑顔。

マヒルは会長の立場を忘れて、若干トキめいてしまった。


一方、微笑みかけられた三号といえば、そこはかとなく頬を赤らめている。


と、三号は、突然、ワザとらしく自分の腕時計と公園の時計と塔の両方を見比べると、もう時間がないので詳細はメールで、とかなんとか言い、急ぎ足で去っていった。


その後姿を一緒に見送っていた二号に、マヒルは問いかけた。

「二号は? まだ、行かなくていいの?」


「あ? ああ、今日は保育園の『おゆうぎ発表会』が二時からだから、半休とってるんだ」


「へー、こももちゃんのやつね?」


「すもも、だ」

二号は即座に訂正をかけた。


そこで一号が、「じゃあ」とだけ言い残すと、茱萸坂の方へと歩き出した。


「おい、一号」

二号が去っていく一号の背中に向かって声をかける。


「さっきの小売と卸のデータ。よかったら送ってくれよ。詳しく見てみたいから」


一号は振り返らなかったが、スラックスのポケットに入れていた左手を出し、高く揚げて一度大きく振ると、そのまま歩き去って行った。


マヒルと二号は、公園の出口付近の木々の間に見えなくなるまで、一号の背中を見送った。


そして、マヒルは二号の方を、ちらりと見上げてみた。

二号もマヒルに視線を向けていた。


二人の目と目があった。


「ナニ? 会長」

二号が、ぼそっと尋ねる。


「え、二号こそ、なによ?」と、マヒルも聞き返したが、二号は黙ったまま視線をそらした。


ぶっ ふぉぉぉぉ と、バグパイプが嘶いた。


佐藤さん(仮)は、一体、何時までここで練習しているんだろう。そして何時から……。

そいでもって、どこの省の人なんだ?


「あのさあ、二号。さっきから、あたし、ちょっと気になってたんだけど」


「おう」


「なんかさあ、三号ってば、さっき、一号にくっつかれた時にぃ」


「おう?」


「なんかさあ。何気に嬉しそうだったっぽくない?」


二号は、なんとも文字表記のしづらいうめき声を発して、しばらく黙り込んだ。

「たしかに……ちょっと顔、赤らんでたよな、あいつ」


「やっぱりぃ?」

マヒルは、二号に向き直ると、両手を顔の前で組んで激しくシェイクした。


「お、おい。あんまり深読みすんなよ。別に、特に意味ないかもだし」


二号は慌ててつけたすと、「あ、保育園行かなきゃ」と、これまた、かなりわざとらしく公園の時計塔を見て、立ち上がった。


別れの挨拶もそこそこに、ガニマタの急ぎ足で去っていく二号のデカい背中を悠然と見送り、マヒルは、こうひとりごちた。

「……オトコの勘、っていうのも、あなどれないからねぇ」


そして、自らも踵を返し、憲政記念館の方に歩き出す。



まあ、三号の一号に対する不毛な恋心の有無はともかくとしても……。


マヒルは、観光バスのたまり場であるS民党横の駐車場の前を、修学旅行の小学生をかき分けて歩きながら考えていた。


「それこそ……深刻なサンダル不足の事態を招きかねない」

一号のシブ―い低音が脳裏によみがえる。


便所サンダルメーカーってものが、そもそも日本にふたつっきゃないなんて。それもちょっとした驚きだったけど。

あの、一号の真剣な口調。

しんこくなさんだるぶそく……って、一体どんな感じかしら。


国会前庭園から戻ってきたマヒルは、職場の窓際の席に座った。


……事は結構、重大ってことなのよね? やっぱり。


しばし瞑想にふけるかのように、というよりは、昼食後の居眠りといった風情ではあったが、マヒルは瞼を伏せて一号の言葉を考え続けていた。


だが、突如、目をカッと見開くと、メーラーを立ち上げた。

緊急発動(スクランブル)! サンダリスト達、指令よ!」


マヒルは『友の会連絡網』、初のメールを打ち始めた。


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