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愛の氷獄  作者: cian
5/12

二人の結婚

予告通り過去編です。

日名子と秀史の重たい過去のお話。


 秀史と日名子は、会社の上司と秘書という関係だった。

 主に輸入品を取り扱う株式会社『MIKASA』は、その業界ではかなり名が知られている。そして、その名の通り秀史の一族が経営する会社であり、当時秀史は20代後半にして常務という大役を務めていた。

 有名短大を奨学金で卒業した後、『MIKASA』の秘書室勤務となった日名子とは5歳差。秀史の第一秘書に指導を受けながら頑張る日名子にとって、やり手で年上の男の魅力をもった秀史は最初から眩しい存在だった。そんな日名子の憧れに気が付いていたのであろう。二人が深い仲になるのもそう時間がかからなかった。

 幸せだった。

 日名子にとって秀史は全てで、秀史のためにならなんだってできた。忙しい秀史は恋人に尽くせる時間は多くなかったが、寂しくても一言も愚痴を言うことなく尽くし続けた。

 そんな、ある日。日名子は毎月来てしかるべきものが来ていない事に気がつく。

 まさかと思ったが、薬局で買ってきた簡易妊娠測定キットは陽性。それでも信じられなくて訪れた産婦人科でも妊娠を告げられれば事実からは逃れられない。

 悩み、悩んだ末…日名子は秀史に妊娠を告げる事を決めた。



「妊娠?」

 訝しげな秀史の言葉に、日名子は無言で頷く。その表情は青ざめていた。

 避妊はしていたが万全とはいえない。時折情熱に身を任せて安全日だからと気を抜いていた時もあった。

「病院には?」

「…先週、行きました。11週目だそうです」

 ふるえる日名子の声に、秀史はしばらく沈黙する。それから重い声で尋ねた。

「それくらい前に避妊をせずした覚えはないが…」

「…っ!」

 暗に『本当に自分の子か?』と尋ねられていると知って、日名子は青ざめた顔を更に険しくする。大声を出す事をなんとか我慢して、絞り出すように説明した。

「……妊娠の週の数え方は、最終月経から数えるんだそうです。だから、11週目と言っても実際に宿った日とは半月くらい差があるんです」

「だが、私は安全な日にしか…」

「安全日なんて、本当はないそうですよ。どんなに定期的な人でも、生理の周期はバランスを崩す時はあるんです」

 生理が終わる頃なら大丈夫と考えているものも多いようだが、実際は僅かながらも生理直後でも妊娠する可能性はある。

 どうしてこんな事を説明しなくてはならないのかと、羞恥に耐えながら日名子は恋人の顔を見上げた。

「……お気になさらないでください。面倒をかけるつもりはありませんから」

 弱々しく微笑む。全面的に喜んでもらえるとは思わなかったけれど、まさか疑われるとは思わなかった。それはひどく悲しく辛い現実であった。

「ちょっと待て。それは、堕胎するという事か!?」

「まさか!!」

 秀史の声に、日名子は初めて耐えていた大声を上げた。

 この人にはきっとわからない。生理が来なかった事がどれだけ不安で、夜も眠れなかったか。そして不安ながらも、昨日病院で妊娠を告げられた時、小さなエコー写真にどれほど感動したかも。

「せっかく私の中に宿ってくれた命を粗末にする気などありません!貴方が堕胎しろといっても私は絶対にしない!」

 まだ平らなお腹を抱えて訴える。視界が白く滲んだ。

 目の前の人物を睨みつけるように、そして縋るように日名子は叫んだ。

「MIKASAの力を当てにする気も、貴方に依存して生きていく気もない。相続放棄や証明書を書けと言うならそうする。だから私たちに構わないで!!」

「そんなわけに行くか!!」

 秀史の低い声が部屋中に響き、驚いて日名子は固まった。

 低いため息が聞こえて、少し後に伸ばされた少しごつごつした指が日名子の視界をクリアにしていく。

「君の子でもあるが私の子でもある。私も親としての責任を果たさなくてはなるまい」

「……え?」

「結婚しよう」

 甘いはずの言葉は少しも甘くなく、日名子の心を重たくする。

 つまり、それは子供のための結婚であり、日名子を愛しているからではないという事だ。責任をとるためだけの結婚だ。

「貴方の手を煩わす気などないと言っているでしょう?無理して結婚なんて…してもらわなくていいわ」

「勇ましい事を言ってはいるが、一人で子供を育てられると思っているのか?いくら君が優秀な秘書であっても、それはいささか非現実的だ」

「……そんな、事…」

「わからないほど愚かではないと思うけどね」

 言葉を重ねられれば重ねられるほど、日名子の心は重たさを増していく。涙として外に流しだす事もできない悲しく冷たい水が体全体を濡らしていく。

 ああ、でも。一人で子供を育てていくことがどれほど大変かという事もまた事実だ。母子家庭で育った日名子は、誰よりその事をよく知っていた。

 他の皆のように母に甘えられない、一人きりの事がほとんどな寂しい生活。あんな思いを我が子にはさせたくない。

 結婚しなくてはならない。それがどんなに虚しい結婚であっても、子供には両親揃っていてあげたい。


「…わかり、ました」


 承諾の声は、花嫁に似つかわしくないほど、ただ虚ろに響いた。

 その僅か1ヶ月後、日名子と秀史は夫婦となる。そしてそれは―――けして周りに歓迎されたものではなかった。







すみません…1話で終わりませんでした(汗)ついでに言うと2話でも終わりません…過去編は3話予定です。おそらく(え)


お気に入り登録している皆様本当にありがとうございます!

拙い話ですし、なんだかどんどん話が重たくなっていってますが、精一杯がんばりますのでよろしくお願いします!!

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