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愛の氷獄  作者: cian
3/12

昔の男・今の男

更新が遅くなって申し訳ありません…(汗)

 どれだけ時間が経ったのかはわからない。日名子は玲佳が呼びかける声でハッと我に返った。

「…ちゃん?ひなちゃん?大丈夫?」

 よほどひどい顔をしていたのであろう。

 玲佳がとても心配した顔で覗き込んでくる。安心させようと笑顔を作ろうとして…失敗した。

「…すみません」

「無理して笑わなくていいわ。どうしちゃったの、いきなり」

 ちらりと店内に目を巡らせば、元夫はバーの奥にある個室に行ったようだ。こちらからは姿が見えない。ホッと息を吐く。

「どうしたんでしょう。ここ最近徹夜が続いていたから、ちょっと疲れてしまったのかもしれません」

 今度はうまく笑えた事に安堵しながら、日名子はその場を誤魔化す。玲佳には以前結婚していた事は言ってあるが、その相手とどんな生活を送っていたかまでは告げていない。

「そう?そういえばさっきから様子が変だったものね。今日はもう帰りましょうか」

 まだ飲み始めであったため、ほとんど手つかずのグラスを見ながら日名子は躊躇う。本音を言えば今すぐここから逃げ出したい。けれどせっかく玲佳と一緒にいたのにこんな序盤で帰るのは失礼だろう。

秀史が個室に入ったならばしばらくはここで飲んでも気がつかれまい。まあ、気がつかれたところで、向こうは何とも思わないし接触もしてこないだろうが…そう、元妻とはいえ、自分は秀史にとってそんなちっぽけな存在でしかない。自意識過剰が過ぎるというものだ。

気まずいのはこちらだけ。それならば。

「もう少し…この一杯だけ飲んでからにしましょう。それくらいなら、きっと大丈夫です」

 少しだけ気を持ち直して、日名子は薄く笑う。

 そう、ただすれ違っただけだ。向こうは日名子の事なんか気が付いてないし気にも留めていない。

 それは日名子の気を楽にするはずの事柄なのに、なぜか胸がちくりと痛んだ。



「じゃあまた会社でね」

「はい、玲佳さんも気をつけて帰って下さい」

 地下鉄の駅前で玲佳と別れる。日名子は私鉄を使うのでここからもう少し歩かなければならない。

 携帯を取り出すと、魁人からの着信が入っていた。リダイヤルでかけ直す。直ぐに耳心地の良い爽やかな声が返ってきた。

『日名子さん?』

「電話くれてたのね。飲んでたから気がつかなかった」

『そんな事じゃないかと思った。電話してきてるって事は、今は一人?家に帰ったの?』

 お見通しと言わんばかりの魁人に自然に頬が緩む。年下のくせに、本当に世話焼きで心配性だ。

「今、会社最寄りの私鉄に向かって歩いてるとこ」

『…まだ家までだいぶあるね。途中まで迎えに行こうか?』

「大丈夫だって。ホント、心配性なんだから」

 冗談半分で不貞腐れたように言うと、『そんなつもりじゃない』と慌てて釈明するのがおもしろい。先ほどまで元夫の事で落ち込んでいただけに、尚更この雰囲気が優しく思える。

 そう、自分には魁人がいる。尊敬できる上司兼友人もいる。そして何より仕事がある。何も落ち込む必要などないのだ。

 秀史と別れた時、日名子には何もなかった。本当に何もなかった。

 結婚前は仕事に打ち込んでいた時期もあったけれど、いつ元夫と会うかもしれない同じ業種には戻れず、仕事探しも難航した。ようやく就職できた出版社で、日名子は離婚後初めて『自分』の何かを手にしたといえる。

 だから今の自分の基盤は『仕事』で、だからこそそこにかける情熱も思い入れも違う。たとえば今、恋人と仕事とどちらかを選べと言われたら間違いなく日名子は仕事を選ぶだろう。魁人もその事は知っていて、『妬けるけれど、それが俺の好きな日名子さんだから』と言ってくれている。

 自分は今の自分を誇っていいのだと、日名子は心の中で呟く。

『…どうしたの?なんか、ちょっと落ち込んでる』

「……そう聞こえる?」

『うん』

「なんでもないよ。ううん、なんでもない事に、しなくちゃいけないの」

 こんな事でいちいち動揺していられない。

 その言葉選びに、魁人が押し黙ったのがわかる。深くつっこむべきか否か悩んで、結局見守る選択肢を選んだらしい。数秒の沈黙の後に届いた言葉は、とても柔らかい優しさに満ちていた。

『日名子さんがそういうなら、それでいい。でも、何かあったら言って。いつだって俺は貴女の味方だし、何があったって必ず貴女を助けるから。それから、全部整理がついたら教えてくれると嬉しいと思う』

「…ごめんね」

『そういう時は“ありがとう”だけでいいんだよ。俺が勝手に思っているだけなんだから』

「……ありがとう。知ってはいたけど、やっぱり魁人っていい男よね」

『貴女限定でね』

「ふふ、嘘つき。程度の差こそあれど、誰にだって優しいの、知ってるんだから」

 生来世話好きの彼は誰に対しても優しい。その事で今までの彼女の大半を不安にさせてきたし、勘違いされる事も多かったと共通の知りあいから聞いた。弟妹と弟妹に準じる幼馴染がたくさんいて、その面倒を一手に引き受けていたからこういう性格になったのだという。

『でも、貴女が一番だよ』

「……うん、ありがとう」

 花が綻ぶように笑って、日名子は礼を言う。無性に甘えたくなってきて、ふと我がままを言ってみた。

「ねえ、やっぱり迎えに来てくれる?どこまで行けばいいかしら?」

『うーん…いいよ。そこまで迎えに行く。たぶんそんなに時間かからないから。駅のすぐ傍にコンビニあるでしょ?そこで待ってて』

 魁人の家からこの駅までは結構あるはずだが、出先なのだろうか。けれどこの手の話で魁人が嘘をついた事がないので、日名子は素直に頷いた。

 電話を切って、私鉄の駅までの残りの道を急ぐ。

 コンビニに寄るなら明日のパンを買っていこう。自分の分はあったけれど、魁人の分まではなかったはずだ。彼の好きなシナモンロールを用意して…と少しうきうきしながら考える。

そして、目的のコンビニを見つけて入ろうとしたその時――――


 グイっと腕を掴まれて、日名子は思わず声を上げた。







 話の流れを見直しているうちにいろいろ変更があって更新が遅れました。申し訳ありません。

 感想はじめ、誤字脱字、表現の違いなど気がついた点ありましたら報告よろしくお願いします。

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