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愛の氷獄  作者: cian
10/12

危機

 一体秀史の中で何が起こったというのだろう。


 その日、日名子はシャワーを浴びながらあまりに強烈だった昼の事を思い出していた。

 あれから直ぐに花木が来て、秀史との話はあのまま終わってしまった。あやふやな状態で置き去りにされた居心地の悪さを感じると共に、それでよかったとも思う。

 連絡先だと渡された現在の名刺は、帰ってきてすぐゴミ箱に捨てた。あのまま秀史の話を聞き続けていたら自分自身がどうなっていたか、日名子にはわからない。

 シャワーを頭から浴びて、今日の出来事を全て洗い流したいと願うのに、どれだけ水を浴びても秀史の言葉は、彼のうつくしい笑みは、彼女の中から離れてくれなかった。

 苛立ちに勢いよくシャワーの蛇口を閉める。長い髪から水気を絞ってバスルームから出ると、疲れた顔をした鏡の中の自分と目があった。

 体型は、年の割には崩れていないと自分でも思う。でも、その表情はとてもじゃないが30になったばかりの女とは思えない。

 心労が重なっているからだ、とため息を吐いた。徹夜が辛くなってきてはいるけれど、ついこの間までの自分は鏡の中でも自分が誇らしく思えるほどエネルギッシュだった。

 忌々しい。

 心身の全てをかけて彼に対抗しようとしているのに、秀史は日名子の決意をあざ笑うかのようにあっさりと彼女を揺さぶる。

 

 どうして、彼は自分を放っておいてくれないのだろう。


 憎まれる筋合いなんかない。

 子どもが欲しいのであれば、他のもっと若い女に産ませればいいではないか。あれだけの地位と財力を持ち、魅力的な秀史だ。子どもを産みたがる女は山ほどいる―――そう、例えばエリのように。

「子ども…か…」

 できるならば、日名子とてもう一度子どもを産みたいと思う。母子家庭であった日名子は母親という存在を心の底から尊敬していて、いつかあんな母親になりたいと思っていた。ああやって、子どもを全身全霊で守り、愛してあげられる母親こそが、日名子の小さい頃からの夢だった。

 だから今でも子どもは産みたい。けれどそれは秀史の子ではないはずだ。

 秀史でないのならば、誰の子だろう。魁人だろうか。けれど、魁人はまだ社会人になったばかり。新任の高校教師として頑張っている彼にはまだ結婚の話も子どもの話も早いだろう。

 結婚……

 そういえば、あの時秀史は『私のもとに戻ってきてもらう』とは言ったが、『結婚』の二文字を使わなかった。

 ふと気付いた事実に、日名子は皮肉な笑みを浮かべる。

「ホント、どこまでも卑劣な男ね…」

 自分を望んだ秀史の顔が思い出された。暗い―――昏い瞳。共に過ごしていた頃、彼のあんな瞳を見た事はない。

 彼もきっとこの7年間で変わったのだろう。より強く、より残虐に。

会社を、自分が心身を尽くして創刊を望んでいた雑誌を人質に捕って、子どもを産めと望んで。

 与えるのは愛人の地位というわけか。

「さて…どうしようかな……」

 魁人に相談するべきだろうか。けれど、魁人に相談したところで何か事態が変わるとは思えない。玲佳にしても同じだ。

「どうしようかな…」

 独り言は虚ろに響く。

 知らず、頬を涙がつたった。



 重たい心を抱えた翌日、鳴り響く携帯に日名子は叩き起こされた。

「~~~~~…っ」

 久々のまともな休み。魁人も今日は仕事らしく丸一日フリーだ。そんな貴重な日の朝のまどろみを邪魔されて、日名子は不機嫌なまま携帯を探る。

「はい、本庄です」

『ああ、本庄くん。休みなのにすまない』

「…部長?」

 寝ぼけていた頭が急速に冷めていく。

 仕事ならば休みを邪魔されても仕方がない。そう思ってしまうほど日名子にとって仕事は大事なものなのだ。

 しっかりと身体を起こして部長の話を聞いているうちに、日名子はどんどん面持ちを険しくしていく。

 やがて、相槌を加えながらも全ての事情を聞き終えた後、日名子の声は震えていた。


 会社が買収される――――?


 花木が言うには、大手出版社が日名子の会社を吸収合併するべく動いている事が発覚したらしい。

 もともと大手の出版社の中で厳しい状態ながらも頑張ってきた会社だ。けれど、買収されるほど経営状態は悪くないと思っていたのに、考え方が甘かったのだろうか。

『三笠社長がだいぶ株を買ってくれたおかげで少し上調子になってきたんだ。だから内々で進んでいた買収の話も一度は立ち消えた。けれど、相手方が強硬手段をとってきて―――』

「…え?」

 秀史が株を買って…なんだって?

 唐突に告げられた事実に、日名子は思わず間抜けた声を出す。

「…経営状態がよくない事を、ひ…三笠社長は知っておられたんですか?」

『どうだろう。でも、なんとなく気が付いているようなところはあったよ』

 そんな会社の株を買ってどういうつもりなのか。秀史の考えている事はわからない。

 困惑している日名子に、花木はとんでもない事を提案してきた。

『本庄くん、三笠社長と知り合いだったよね。こんな事頼んで本当に申し訳ないんだが、買収をなしにするために彼の力と名前が借りたい。どうか、君からお願いしてくれないか』

「な!?」

 出版業界の大手ならまだしも、畑違いの秀史に頼んでどうなるというのか。

 そうは思っても、日名子は直ぐに断る事ができなかった。

 秀史の人脈は広い。

 大学時代の先輩には、今や経済界の帝王と呼ばれる大物もいたはずだ。もしかしたら何とかなるのではないかと思う。

 けれど…頼む、その代償は間違いなく――――

 携帯をギュッと握りしめる。汗がじんわりと浮き出た。

 花木は秀史と日名子が元夫婦で、秀史が彼女を求めてきている事を知らないはずだ。知っていたらこんな無理な頼み事をいう人物ではない。なりふり構っていられない程事態は切迫していて、そして彼は会社を愛しているからこそこんな無茶な行動に出ているのだと想像がついた。


 会社が―――無くなる?

 会社を愛しているのは日名子も同じだ。この7年間、自分を支えてきてくれた仕事。それを成してくれた場。


 ギリギリと携帯を握りしめる手に力がこもる。

 奥歯を強く噛みしめる。

『…本庄くん?』

 電話の向こうで、日名子の異常に気がついた花木が訝しげな声で名を呼んでくる。

 しばらく間が空いて、やがて花木がため息を吐くのが聞こえてきた。

『…すまなかったね』

「……部長?」

『どうやら自分でも予想以上に動揺していたようだ。こんな無茶な願い事を君にさせるわけにはいかない』

 先ほど言っていた事とは180度違う花木の言葉に、日名子は驚く。

『自分たちの会社だ。上の連中らで話し合って、どうにか自分たちだけで頑張ってみよう。休み中にすまなかったね。心配させてしまったけれど、よく休みなさい』

「部長…」

 まるで父親のようにやわらかい声でそう告げて、電話が切られる。

 どうやら、日名子が動揺しているがわかったらしい。もしかしたら秀史に対して何か思うところがあるのだと察したのかもしれない。いずれにせよ、彼は部下を使ってどうこうするより自分自身で何とかする道を選んだ―――部下を守ろうとするように。

 切られた電話を茫然と見つめる。

 日名子はその場から動けなくて、ただ切られた携帯電話を手に考え込む。


 やがて、どれだけの時間が経っただろうか。


 ゆっくりと日名子は動きだすと、ごみ箱の中に手を入れ…先日捨てた、けしてもう一度手にするつもりのなかった紙切れを手に取った。




のろま更新ですみません…


どうもうまくキャラが動いてくれないorz

文章力にもいろいろ思うところはありますが、とにかく頑張って更新します。

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