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Training

作者: Takiri

 コックピットの座席を外して下に潜り込み複雑に絡み合った配線と睨めっこする。

 そして頭にある少ない知識を現状に照らし合わせてサブモニターの不具合の原因を探る。

「こいつが悪さしてんのか。いや、分かんねぇな…」

 パッと見て黒く汚れた配線が断線していないことを確認すると持ち上げたそれを元に戻し、油やら埃やらで真っ黒になった軍手で頬を掻く。

「ま、モニターが映らない訳じゃないしな…断線してるわけじゃないか」

 エンジンに火を入れていない為、明かりがついておらずコックピット内は真っ暗であった。

 なので、持ってきた小さな懐中電灯を口に咥えて作業をしている。

「倉庫の本にここの記述あったかな…」

 そんな事を一人愚痴ると、だんだんとやる気がそがれてきた。

 狭いコックピット内は出入り口が開いていても風の通りが悪く蒸し暑い。

 作業着の袖で汗の流れる額を拭うとやる気すら体から剝がれてしまった。

 一旦作業を止めて休憩にしようと咥えた懐中電灯を手に持ち息を吐くと誰かの声が聞こえてきた。

「松ちゃーん…おーい!」

 コックピットから顔を出すと、幼馴染のアッキーが学ラン姿で学校のバッグを持って開け放たれた格納庫の扉から入ってくるのが見えた。

「ういー。ここだー」

 コックピットから身を乗り出して懐中電灯を持った手を振りながら声をかけるとアッキーはこちらを向いた。

「また朝から作業してるの?」

「まぁね」

 コックピットからそれの胴体に付いた梯子を使って下に降りる。

「よっと」

 ある程度地上に近づいたところで梯子から飛び降りた。

 そして振り返る。

 そこには胸部が開け放たれた状態の人型の大きなロボットが立っていた。

 改めて全体を見ると元々全身に施されていたであろう迷彩塗装が全体的にボロボロに剥がれ内側の灰色の装甲が露わになっていた。

 この状態なら全く知識の無い人間が見てもある程度の年季が入ったロボットだと分かるだろう。

 今の時代、人型の巨大なロボットは世間一般で超大型人形重機「ベルグリッジ」と呼ばれている。

 そして目の前にあるベルグリッジは、最終戦争と呼ばれる先の大戦で初めて実戦投入され大きな戦果を挙げた日本初の戦闘用ベルグリッジの一つである。

 これの正式名称は「二十五式陸上歩行戦闘機ニベ」。

 全高十三メートルほどのそれは、いつ見上げてもその大きさに圧倒される。

「ほら、早く着替えてきなよ。急がないと学校に間に合わないよ」

「あー、もうそんな時間か…」

 作業で凝った肩や腕を軽く回しながら格納庫内の小さ目な壁掛け時計を見やると時刻は七時ちょうどを指していた。

「じゃあ着替えてくるわ」

 アッキーにそう告げて速足で格納庫を後にしようとすると「顔も洗いなよ」とアッキーは言って頬を指さした。

「はいはい。あ、そこに居るならコックピット閉めといて」

 歩きながらニベの横に設置された有線式操作盤を指さすとアッキーは肩をすくめた後、操作に取り掛かった。


 松ちゃんこと「松信旭」は、日本に住む高校二年生の男子である。

 数カ月前から、父親所有の戦争博物館の格納庫に入り浸り二十五式陸上歩行戦闘機ニベの修理を行っている。

 それは、約一カ月後に控えた終戦記念日にて博物館で行われる終戦記念展示に合わせてニベを動かしたいからである。

 動かすと言っても敷地内を少し歩かせることが目標だ。

 少し歩かせるとだけ聞くと何となく簡単に聞こえるものだが、残念ながらニベの修理は難航していた為、約一カ月前にして歩かせるという目標のスタート地点にすら立てていなかった。

 そもそも旭はベルグリッジに関する知識が一般人と同じ程度だったのでそこから、AIを駆使しつつ博物館の倉庫内に保管されたニベの設計図や土木作業用ベルグリッジの修理方法を調べて勉強をしながら修理作業を行っていた。

 なぜ土木作業用ベルグリッジの修理方法を調べているのかというと、戦闘用ベルグリッジの修理方法が書かれている物は一般人が見れる場所に存在しない為である。

 そのため、旭のベルグリッジ修理速度は牛歩より遅いと言えた。

 当然、旭の心には焦りが生まれていた。

 圧倒的に時間が足りないと言う事を理解していたためである。

 父親の所有している戦争博物館は一カ月後の終戦記念展示の終了と共に閉館し、保管されている品は全て他の博物館に寄贈される予定であった。

 残り約一カ月で何十年も前のベルグリッジを動かせるようにしないといけないというのは学校の数学のテストが簡単に見えるほどの難問であった。

 それでも幼馴染でベルグリッジオタクのアッキーの支えもあり旭の心が折れることは無かった。


 ◆


「い…おい松信!」

 次の瞬間、頭部に衝撃が走って世界が揺れた。

 事態を把握するために急いで辺りを見渡すとクラスメイトがこちらを見て笑っているのが見えた。

 目の前には教師がタブレットを持って立っている。

 それで完全に今の状況を理解した。

 自分は授業中に居眠りをしていたのだ。

 それで教師にタブレットで頭部を叩かれて目を覚ました。

 教師は流石に手加減してくれたようで叩かれた場所はあんまり痛くなかった。

「痛ぁ、すんません…」

「最近居眠りしすぎだ。気を付けろ」

 そう言うと教師は教壇に戻り大型モニターを操作して授業を再開した。

 眠気を振り払うように瞼を擦って机の上のタブレットに目をやると、今日の授業の内容が目に入った。

 長々とした説明が写真と共に綴られている。


 ◇宇宙開発とエネルギー革命。

 シンギュラリティを迎えたAIによって発見・解明された大気圏外、宇宙上に存在する一部のダークマターを実体・可視化する技術「TDaMa」、そしてそれをエネルギーに変換する技術「UDaMa」によりエネルギー問題は解決の道を歩んでいる。

 また実体・可視化されたダークマターから効率的にエネルギーを作り出すために地上と宇宙を結ぶ専用の宇宙エレベーターが世界各地に作られている。

 宇宙エレベーター第一号「アメノヌホコ」は日本列島近く、太平洋上に作られた。

「アメノヌホコ」の足元には、エネルギー開発などの研究者やその家族が集う街、「天十崎」が実験的に作られており、そこで新たなエネルギーと人の在り方の※モデル都市として新しい生活が営まれている

 ※モデル都市については、宇宙エレベーター開発未来都市計画ページ参照。


 そこまで読んで腹の底から登ってきた眠気を欠伸で逃がし、窓の外に視線を移す。

 遠くに見える海のその向こう、天空にそびえたつ影が見えた。

 アメノヌホコ…今や日本のどこからでもその姿は見える。

 そして視線を退屈な文字列に戻そうとした時、港に黒い山の様なものが見えた。

 山の正体を明らかにしようと目を凝らしたその時、学校のチャイムが鳴り授業が終わった。

「はい、今日はここまで」

 教師はそう言うとさっさと荷物をまとめて教室を出ていった。

 すると、すぐに教室の中は生徒たちの話し声で騒がしくなる。

 退屈を表現するように頬杖をつきながら港の黒い山の様なものを見つめていると、こちらに向かってくる足音が聞こえた。

「松ちゃん、やっぱり朝から作業するのは良くないんだよ」

 振り向くとアッキーが呆れ顔で立っていた。

「まぁ、分かってんだけどさぁ」

 視線を港の方に戻すと黒い山の様なものはまだそこにあった。

「…何見てるの?」

 アッキーは旭の視線を追うようにして港を見た。

「港の黒い山みたいな奴、あれなにか知ってるか?」

「もちろん、最近のニュースはアレについてばっかりだし」

「フーン」

「もしかして知らない?」

「まぁ、ニュース見ないし…?」

 そこまで言って、しまったと思った。

「くふふ、じゃあ僕が解説してあげよう!」

 そう言ったアッキーは眩しいほどの笑顔で目を輝かせている。

 こうなったアッキーはもう止まらない。

 早々に諦めて話を聞くことにした。

「では、どうぞ…」

「うん。あの港に停泊している黒い山の様な船は世界連合軍所属、第一独立強襲揚陸艦エイム・ダール。特殊遊撃BG部隊エインヘリヤを乗せて世界各地を海から周っているんだ。その目的はBGを使ったテロ活動を未然に防ぐことやテロ活動の早期鎮圧だ。あ、BGっていうのはベルグリッジの略だよ、それは知ってるよね。エイム・ダールの乗船メンバーは世界連合の軍事参謀委員会によって各国の軍人の中から選ばれているから乗っている人間の人種は多種多様なんだ。そしてエイム・ダールの艦長にもメンバーの選任権限が与えられているらしいから民間人であっても認められれば参加メンバーになることができるみたい。夢がある話だよね。だけど今のところ前例は無いみたいだ。エイム・ダールは世界連合軍所属と言ってもあくまで防衛や保安のための組織だから積極的な戦闘行動は禁じられていて、ほかにも…」

 これ以上アッキーを喋らせると頭がパンクしそうだ。

「分かった、続きは放課後にしよう。な!」

「うん、まぁ簡単にまとめるとあれは国際的にすごい強い人たちが乗ってる船ってことだよ。全長や総積載量は」

「分かった、分かったって…」

 簡単にまとめてくれるなら最初からそうして欲しかったことは黙っておいた。

 言ったところで無駄なのは長い付き合いで分かっていたからだ。


 学校が終わって帰り支度をしている際、実際にエイム・ダールを見に行こうとアッキーが興奮気味に言ってきたが一度は断った、一刻も早くベルグリッジの修理に取り掛かりたかったからだ。だがあまりにしつこく頼み込んでくるので仕方なくエイム・ダールが寄港している港に電車で行くことにした。

 電車内ではアッキーが永遠とエイム・ダールや世界連合軍所属の他強襲揚陸艦の話、それに搭載されているベルグリッジの話を語っていたので、電車の椅子に座って心地よい揺れの中、半分居眠りしながらアッキーの話を聞き流していた。

「しかも最新機はフライトユニットが付いているからどこでも」

「うんうん…うん…」


 電車がブレーキをかけて体が傾く感覚がする。

 アナウンスが「桃子駅」という言葉を二度発すると隣で座っていたアッキーが肘でつついて来た。

「ほら、降りるよ」

「ああ、ふわぁ…」

 大きな欠伸をしながら電車を降りると、すぐにバスに乗り換えてそこから約十分ほどの移動。

 そしてバスを降りてようやく目的地の港に着いた。

 寝ぼけた目を擦って辺りを見渡すと、学校では遠くに見えていた大きな黒い山が夕焼けに照らされて目の前に見えた。

 実際にはもう少し距離があったのだが大きすぎるが故に目の前にあるように見えたのだ。

「す、すげえ」

 先ほどまであった眠気は何処かに消し飛んでいった。

「松ちゃん、行ける限界まで近づいてみようよ!」

「あ、うん!」

 それからどれくらいの距離を走っただろうか。

 横っ腹が痛くなってきた頃に、恐らくミリタリーファンの人が集まっている一般人が近寄れる限界を示す仕切りの前までやってきた。

 そこからエイム・ダールを見ると、港なのにもう海が見えないほど視界いっぱいに黒い船の側面が目に入った。

「ああ…」

 開いた口が塞がらないとはこのことだ。

 こんな巨大な船を至近距離で見たのは初めての事で、何となく世界史などで習った戦争で使われたと説明される戦艦などを身近な物に感じた。

 ふと気になってアッキーを見るとどこかから取り出した一眼レフカメラを使って様々な角度から写真を撮っていた。

「うわぁ、エイム・ダールの側面って近くで見るとこうなってるんだ…もっと早く来れば良かった!」

 いや、よくよく思い返せば来る途中も一眼レフカメラで写真を撮っていた気がした。

「やぁ、少年達」

 突然そう声をかけられたので最初は自分たちのことだとは思わなかった。

「あれ、日本語あってるよな…おーい少年達?」

 そう言った人が肩を叩いて来たのでそれでようやく自分たちの事を呼んでいることに気づいた。

「あ、はい」

 声の方に振り向くと長くて赤い髪が特徴的でサングラスをかけた背の高い女性が立っていた。

「松ちゃんの知り合い…?」

「そんな訳ないだろ…」

 そんなことをこそこそ話していると女性は笑顔で、「近くで美味しい物食べれるところ知らない?」と聞いてきた。

「あ、えっと…」

 旭は、港の方まで来るのが久しぶりだったので飯屋の事はあまり分からなかった。

 素直に分からないと言おうとすると「はい、自分分かります!」なんてアッキーが思いっきり手を挙げて言うのであった。

「アッキー…?」

「せっかくこんなスタイル抜群なお姉さんが声を掛けてくれたんだ、逃す手はないよ…くふふ」

「アッキー…」

 そんな訳でアッキー先導で港近くの海鮮天丼が人気らしい店に行くことになった。


 町中を歩くと女性はとても目立った。

 日本人では滅多にいないくらいの高身長と燃え盛る炎のように赤い髪。

 女性は自分に見惚れている通行人の皆に楽しそうに手を振っていた。

「あ、そう言えば自己紹介がまだでしたね!」

 アッキーが歩きながら女性に話しかける。

「僕、千秋涼。アッキーって呼んでください。それで彼は松信旭。通称、松ちゃんです!」

「オーケー、アッキーに松ちゃんね。よろしく。二人は学生?」

「はい、おっととと!」

 アッキーは前を歩きながら後ろを向いて話をしていたので躓いて転びそうになっていた。

「危ないから前向いて歩けよ」

「そうそう、怪我したら大変」

 自分と女性の言葉を聞いて渋々アッキーは前を向いて歩き出した。

 そうなると自然と女性と話すのは自分になるので俄然緊張してきたのだった。

 大人の、それも恐らく外国人の女性と話すのは初めてだったからだ。

「普段はここから少し遠い山上の場所の学校に通ってるんです。今日は何となくエイム・ダールを見に来ていて」

「エイム・ダールを…どうだった?」

 女性がこちらの顔を覗き込んでくる。

 サングラス越しに綺麗な瞳と目があった気がした。

「あ、えと。凄かったです。ニュースで聞いていた以上に…」

「それで?」

「それで…どんな人が乗ってるんだろうとか気になりました」

「ふうん」

 そんなやり取りをしているとアッキーは急に立ち止まった。

「ここです!」

 アッキーは勢いよく店に指を指した。

 丼屋千秋。

「なぁ、もしかして」

「うん、実は身内のお店だったりして」

 アッキーはそう言うと店の扉を開けて中に入っていった。

「伯父さん、三人、空いてる?」

「おぉ涼、久しぶりだなぁ。テーブル席空いてるぞ」

 伯父にそう言われたアッキーはそそくさとテーブル席に座った。

 自分もアッキーに続いてお店に入る。

 何となく知り合いの家に遊びに来たような感覚がしてつい「お邪魔します…」と小声で言ってしまった。

 すると後ろで物が思い切りぶつかる音が聞こえてきた。

「うぐぅ、頭ぶつけたわ…」

 女性が入り口の上部に頭をぶつけた音だった。

 女性は痛そうに額を手で押さえた。

「あ、すみません先に言っておくべきでした」

「いや、アタシのミスだから気にしないで…」

 女性が額を押さえながらアッキーが座っている席の向かいに座る。

 自分はもちろんアッキーの横に座った。

「何にする?」

「あなたのおすすめで」

 アッキーは女性に聞いた後、「松ちゃんも同じでいい?」と聞いてきたので「いいよ」と返した。

「ところでお姉さん、名前は?」

 アッキーは伯父に料理を注文した後、ウォーターピッチャーからコップに水を入れて人数分の水を配ると、水を一口飲んでからそう聞いた。

「あー…まいっか。ヒルド・アップルヤード。呼び方は、まぁ好きに呼んで」

「じゃあじゃあヒルドさんで!」

 アッキーは嬉しそうにそう言った。

「うん、よろしく」

 ヒルドはそう言うとサングラスを外して服の胸ポケットに引掛けた。

 ヒルドは綺麗な金色の瞳をしていて少し見惚れてしまった。

「あ、この歌…」

 瞳に見惚れていると、ヒルドは店内ラジオから流れ始めた曲に反応した。

 流れている曲は昨年の終戦記念日に合わせて作られた歌で天十崎発の歌手「栗花落飛咲野」が歌っている。

 少し悲し気なメロディーに乗せて戦没者の魂を慰霊しながら希望に満ちた未来を祈っている歌だ。

 曲名は…。

「ミライの色、ですよね」

「うん、アタシは日本語の曲ではこれが一番好きなんだよね。心が落ち着くと言うか…」

「分かります。自分もよく聞きます!」

 そうアッキーが身を乗り出したタイミングでアッキーの伯父が料理を運んできた。

 上に、エビ、イカ、カレイ、ホタテ、ついでにしし唐が乗った美味しそうな海鮮天丼であった。

「わあお、写真撮っておこっと」

 ヒルドは小さな端末を取り出して一瞬で写真を撮った。

「SNSにでもあげるんですか?」

「いや、ただ旅の思い出に残しておくだけ」

 アッキーから箸を受け取りながらそんな会話をした後、「いただきます」と言って食事を始めた。

 ヒルドは綺麗に箸を使って天丼に手を付けていた。

 天丼の味はとても良かった。

 残念ながらそこまでの語彙力を持ち合わせていない為、平凡な言葉しか出ないが、本当に最上級に美味しかった。

 食事中、ヒルドを中心に色々な事を話した。

 ヒルドの出身地について、箸の使い方がとても綺麗だということ。それに自分たちが最近、博物館で行っているベルグリッジの修理についても。

 その話をした時が一番ヒルドの食いつきが良かった。

「二人で修理してるの。すごいじゃない!」

「いや、ほとんど博物館にある他のベルグリッジと部品の交換とか油差しをしたりで素人の知識で直してるからちゃんと動くかまだ全然試せてないんです」

 まるでアッキーのように目を輝かせているヒルドにそう言うと「じゃあアタシが見てあげる」とヒルドが言うのでアッキーと自分は顔を合わせて驚いた。

「ヒルドさん、ベルグリッジに詳しいんですか?」

「そこらの人よりはね。今日美味しいご飯を教えてくれたお礼ってことで」


 食事が終わるとヒルドさんは有無を言わさず今回の食事を奢ってくれた。

 それが大人の甲斐性だとか。

「じゃあ今日は帰るけど、明日博物館でまた会いましょう。連絡先、渡しとくね」

 そう言って連絡先が書かれたメモを自分の手に握らせるとヒルドは町中を港に向かって歩いて行った。

「あの、自分たち夕方まで学校なんで!」

 ヒルドに聞こえるようにそう叫ぶと彼女は振り返らずに大きく手を振って応えてくれた。

 大きな声を出したことで周りの人の注意をひいたがそんなことは気にならなかった。

 明日、ベルグリッジの修理が大きく進むかもしれないと考えると居ても立っても居られなくなった。

「ようし、俺達も帰ろう!」

「う、うん松ちゃん急に元気になったね」


 ◆


 翌日、放課後にヒルドがやってきた際に全力を出せるように日課になっていた朝の修理作業は行わずに学校に行った。

 その為、元気が有り余ってまるでピクニックを楽しみにする子供のように、はやる心を抑えられない感じであった。

 昨日自分を殴った教師も「今日のお前は、やる気が凄いな」と言うほどである。

 そうして溢れる活力で授業を全てこなし、放課後を示すチャイムが流れた瞬間に教室を飛び出した。

 アッキーも負けじと付いて来ていたが、途中でわき腹を抑えて足を止めていたのでアッキーを置いて先に博物館に向かった。

 博物館の入り口に着くと、父親とヒルドが何やら話をしていた。

 どちらかというと父親の方がペコペコしている様子だったので、実はヒルドは相当偉い人なのかもしれないと思った。

 ヒルドは昨日の私服姿とは変わって今日は作業着のような服を着てサングラス掛けて大きなバッグを持っていた。

「ヒルドさん!」

 全力疾走で学校から駆け抜けて来たので息を切らしながら父親と会話しているヒルドに声を掛けた。

 ヒルドに声を掛けた旭の姿を見た父親はヒルドに「では」とだけ言って去っていった。

「ハイ、松ちゃん。思ったより早かったわね。あなたたちが来る前に中を見せてもらおうと館長に相談していたところだったのよ。あれ、アッキーは居ないの?」

 全力で学校から走ってきたことやそれでアッキーを置いて来た事をヒルドに話すと、ヒルドは腹を抱えて笑っていた。

「じゃあ、格納庫に案内します」

「ええ、お願い」

 博物館の正面玄関から裏に回り込み、スタッフ専用通路から格納庫に続く道をヒルドを連れて歩く。

「ねえ、もしかしてお父さんと仲良くない?」

「分からないです、あんまり喋らないから」

「そうなのね」

「どうして?」

「あなたのやっていることに興味無さそうだったから」

「あぁ。そういうことか…」

 格納庫前に着くと格納庫の巨大扉を開くボタンを押す。

「今直しているベルグリッジは元々、祖父が乗っていた物なんです」

「へぇ、と言う事は松ちゃんのお爺さんは第三次…じゃなくて最終戦争でパイロットだったのね」

 ヒルドの言葉に頷く。

 その間に格納庫の巨大扉はゆっくりと開いていく。

「祖父はどうやら凄い人だったらしいんですけど、父親はそれが気に入らないみたいなんです。祖父が入院するまで家でよく喧嘩してましたよ。アンタは人殺しの屑だ。なんて言ってるのをよく聞いてました」

「それだけ嫌っていたからこそ、お爺さんのベルグリッジに興味が無さそう、というより触れたくなさそうだったのね」

 巨大扉が完全に開き中の二十五式陸上歩行戦闘機ニベが露わになる。

「さ、入ってください」

 そう言いながら格納庫内に入って行くと後ろからヒルドが「お邪魔しまーす」と言って付いて来た。


「どうです?」

 ニベに火を入れる前にヒルドは大型の昇降機などを使ってニベの全身をチェックしていた。

 時にはニベの関節部や胴体に着いた乗り込み用の梯子などに登ったりして細部も確認していた。

「うん、目立った問題は見当たらない。このオイルドラム…じゃなかったニベって電動式よね。電気入れていい?」

 オイルドラム、ドラム缶の事だ。

 ニベはずんぐりとした胴体と頭部の見た目からドラム缶なんてあだ名がついている。

 それは日本だけの話では無いみたいだ。

「はい、充電済みなんで動くはずです」

 旭がそういうとヒルドは梯子を使ってコックピットに入って行く。

「座席が外れてる!」

「あ、昨日外してたの忘れてました!」

「アタシのバッグ取って、パパっとくっつける!」

 ニベの足元を見るとヒルドの持ってきたバッグが置いてあったのでそれを持ち上げる。

 すると想像以上に重たくて驚いた。

 中身が気になったが、ひとまずバッグを肩にかけニベの梯子を上りコックピットにいるヒルドにバッグを渡した。

「サンクス!」

 そのままヒルドの作業をコックピットの外から覗く。

 ヒルドの動きは一言で言うなら「慣れてる」だった。

「でしょ?」なんて言いながら宣言通りパパっと座席を固定したヒルドは座席に座り起動キーを回した。

 考えていたことが口から漏れていたようだ。

 起動キーを回したことで電動特有の軽い駆動音が響きコックピット内に電気が点く。

「ちょっと狭いわね」

「日本人用ですからね」

「メインモニター異常なし…。サブモニターは…あれ、この子ってなにも装備してないわよね?」

「もちろん、展示用にすべての武装は外されてます。サブモニター、武装装備表記が出ますよね。それ触るとメインモニターの何もない所に火器用のロックオンアシストの表示が出るんです」

「うーん、とりあえず破損診断プログラムを走らせてみる」

 ヒルドは自らのバッグからノートパソコンを取り出しニベのサブモニター裏のコネクタにケーブルを繋げてプログラムを走らせた。

「ああ、サブモニターの不具合の原因、分かったわ。電源が入ってない時に武装を外してそこから武装解除情報を入力しないで色々いじってたせいね。あと三つある内一つの頭部センサーアイが機能停止しているせいでロックオンアシストが誤作動を起こしているみたい。まぁこの子は戦う予定ないし、アシスト切っちゃっていいよね」

「ええ、もちろんです」

 ヒルドは自分のノートパソコンとコックピット内の機体設定画面が表示されたサブモニターを交互に操作している。

 とてもじゃないがそこら辺の人よりも詳しいくらいなんてレベルには見えなかった。

 彼女の動きは専門職の人間そのものだ。

「なんか右脚部の駆動系パーツに問題があるみたい。ちょっと見てくる」

 そう言ってヒルドはコックピットから飛び降りて関節部を伝って右脚部の装甲を開いて中を確認した。

「アー、ハン。ちょっと操縦桿触らないで右ペダルを浅く踏み込んでみてくれない?」

「わ、分かりました」

 ニベに火を入れてペダルを踏み込むのは初めてだったので緊張する。

「できそう?」

「大丈夫です!」

 自分に言い聞かせるようにそう言って、コックピットの座席に座り込み両手付近にある二つの操縦桿に触れないように注意して足元の右ペダルを軽く踏んだ。

 モーターか何かが軽く回る音が聞こえる。

「オーケー、もう大丈夫。一旦電源落としちゃって!」

「分かりました」

 言われた通り起動キーを起動時とは逆に回してニベの電源を落とした。

 電源が落ちたためコックピット内はたちまちに暗くなる。

「アタシのバッグ持って降りてきてくれる?」

「はい、パソコンもですか?」

「また起動したら使うからそれは置いといて」

 ニベに接続されたノートパソコンはそのままにして座席の横に押し込まれていたヒルドの重いバッグを持ってゆっくりとニベを降りていく。

 ヒルドは頼りになる分、人使いが荒い気がした。

「はい、バッグ」

「どうも…。ってこういう時に言うんだっけ?」

「あってます」

「アタシの日本語ももう完璧ね。やっと一朗太に馬鹿にされずに済むわ」

 そう言いながらバッグの中から工具を取り出した。

「一朗太って?」

「アタシの後輩。可愛くないのよ、ほんと」

 大きなため息をつきながらヒルドはニベの脚部部品を少しずつ取り外していく。

「あー、あったこれ。接続部がひん曲がってるのね…。同じパーツがあれば交換だけで済みそうだけど、ありそう?」

「格納庫の奥に工業用ベルグリッジがあるんですけどそれならもしかしたら」

「規格が合うか確かめてみましょうか」

 そうしてパーツを持ってきてヒルドは、規格を確認した。

「バッチリね、あの奥のベルグリッジも相当古い奴みたいで規格が同じだったわ」

「良かったです」

 ヒルドは手際よくパーツを交換すると外した部品を素早く元に直し脚部装甲を閉じた。

「さ、火を入れて正常に動くか確かめてみましょ」

「はい!」

 そうしてヒルドと共にコックピットまで戻り自分はまた外からコックピットを覗いた。

 ヒルドがニベに火を入れてノートパソコンを確認すると笑顔でノートパソコンをこちらに見せて来た。

「見て完璧。もう動くよこの子!」

「まじか!」

 つい素が出てしまうほど驚いた。

 何カ月も掛けて修理してなお全く直っていないと思っていたニベがほんの数十分で動くようになったなんて信じられなかった。

「これだけ早く直ったのは保存状態が良かったのもあるだろうけど、松ちゃん達の努力の成果だと思うわ。アタシは少ししか直してないもの」

「そっか…ついに直ったのか…」

 少し涙が滲んできたので気づかれないうちに急いで拭った。

「そう言えば、そもそもどうしてこの子を直そうと思ったの?」

 ヒルドは使い終わったノートパソコンなどをしまいながらそう聞いてきた。

「元々、祖父がニベのパイロットだったって話をしましたよね。入院している祖父はもう長くないんです。それで祖父は最後にもう一度相棒が動いているところが見たいって、お見舞いに行ったときに俺にだけそう言ったんです。ちょうど今度、この博物館で終戦記念展示をやるんでそのタイミングで動かして見せようと思って」

「…なるほどね。じゃあお爺ちゃんの為にも早速動かしましょう!」

「はい、それじゃあ俺は固定装置外してきます」

「いや、それはアタシがやるわ。外にある有線式操作盤で外すんでしょう?」

「そうですけど」

「松ちゃんはコックピットに乗って動かす準備をして!」

「え!」

 ヒルドはコックピットから飛び出して操作盤を動かし始めてしまった。

「あの!」

「何?」

「動かし方わかんないんですけど…」

「ウソ…本当に?」

「ええ、直すのに夢中で動かす勉強してなかったんで…」

 申し訳なさそうにそう言うとヒルドは頭を掻いた後、覚悟を決めたように頷いた。

「わかった、ここまで来たら最後まで面倒見るわ。松ちゃんに操作方法を叩きこんであげる」

「いや、歩かせるだけで良いんですけど」

「ベルグリッジの操作方法を知ってたらこの先の人生で色々便利よ。土木作業用ベルグリッジの資格を取れば就職にも役に立つわ。日本の就職事情知らないけど。さ、早く乗って!」

 ヒルドの言葉に従ってコックピットに乗り込む。

「操作盤に無線機が付いてるからここから指示を出すわ。無線から声聞こえてる?」

 聞こえてます、と返事をしても向こうから返事が返ってきていないことからこちらのマイクがオンになっていないのだろう。焦って色々なボタンを押してみようとした時にヒルドから無線が入った。

「無線のマイクはオーディオ装置のしたに付いてる一番大きな赤いボタンよ」

 教えてもらったボタンを探して押す。

「あ、あー。聞こえますか」

「バッチリ。焦って適当にボタンを押しまくるのだけは止めてね。新人はよくそれをやって教官から殴られるんだから。実際色々危ないしね」

「分かりました…」

「じゃあコックピットの開閉操作からしましょうか」

 そうしてみっちりとヒルドに様々な操作を教わった。

 腕の動かし方。足の動かし方。頭部センサーアイの動かし方。

 それに歩き方。

「姿勢制御はバランサーAIに任せて、松ちゃんは操縦桿を握ってペダルを踏み込めばいいのよ。あんまり力強く踏み込むと走り出すから気を付けて」

「は、はい」

 一時間ほどそうして博物館の裏にある広い敷地内でニベを動かした。コックピット内は空調が効いていたが緊張で滝のような汗を搔いていた。

「うん、今日はここまでにしましょうか」

 無線からそう聞こえてきた途端に大きなため息が口から洩れた。そして体重を座席の背もたれにかける。

「やっと終わりか…」

 メインモニターに映る外の景色を見ると沈みゆく夕日が見えた。

「ゆっくり格納庫に戻ってきてちょうだい」

「分かりました…」

 その時だった。

 コックピット内にけたたましくアラートが流れた。

「なんだこれ…!」

「ロックオンアラート!?」

 無線越しにヒルドの困惑する声が聞こえて来た。

 するとすぐに無線から聞いたことのない男の声が聞こえてくる。

「今お前をロックオンしている者だ、聞こえているな。無線をオープンモードに切り替えて返事をしろ」

 男の低い敵意のある声を聞いて冷汗が背筋を流れる。

「ヒルドさん…」

「こちらにも聞こえているわ。無線をオープンモードにするには無線機に付いているスイッチの右から三番目をオンにして」

 ヒルドの指示通りに動き無線をオープンモードにする。

「あー。聞こえてますか」

「あぁ、問題ない。今から姿を現す。下手に動くなよ。動いたらミサイルを撃ち込む」

「分かりました…」

 博物館の敷地内にある森を掻き分けて出てきたのは黒色がメインの迷彩が施されたベルグリッジであった。そのベルグリッジは右腕が外れており、左足を引きずっていた。両肩にミサイルポッドが付いているようだ。

「こちらの要求は一つだ。そのベルグリッジを頂く」

 ゆっくりと黒いベルグリッジは近づいてくる。

「松ちゃん、男の言っていることはハッタリよ。あのミサイルポッドにミサイルは無いわ」

 無線のオープンモードを切ってヒルドに質問する。

「なんで分かるんです」

「アタシ、そいつと戦ったもの。武装は確実に何も残っていない。だから話し合いで数分間時間を稼いで。アタシがそいつを倒すわ。それじゃ」

 ヒルドにどうやってと聞き返す前に無線通信を切られてしまった。

 気付けばメインモニターに黒いベルグリッジが目の前まで迫っているのが映っていた。

 依然としてロックオンアラートは鳴り続けている。

「さぁ、死にたくなければコックピットを開けて出てこい。言うとおりにすれば何もしない」

 無線をオープンモードに切り替える。

「…どうしてこのベルグリッジが欲しいんですか?」

 緊張でからからになった喉に唾を押し込み男に話しかける。

 ヒルドの言っていることを信じているのでミサイルで死ぬことは無いと思っているが、ロックオンアラートが鳴り続けている為、ずっと喉元にナイフを突き立てられているような気分だった。

「見れば分かるだろう。無駄話をせずさっさと出てこい!」

「すみません、今日初めて乗ったんでまだ慣れてなくて…降り方も…」

 無線越しに男のイライラが伝わってくる。

 次は何を話そうか…なるべく時間稼ぎが出来る話題は?

 そう考えているとニベの体が大きく揺れた。

「早く降りてこいって言ってるのが分からねぇのか。殺すぞ!」

 黒いベルグリッジが左手でニベを掴んだ衝撃であった。

 息が詰まる。

 相手の言うとおりにして早く解放されたい気分だ。

 しかしヒルドを信じてこらえる。

「てめぇ、コックピットから引きずり降ろしてやる!」

 黒いベルグリッジが左手でニベの胸部を掴んだその時だった。

「おぉぉぉぉぉぉ、なんとぉぉぉ!」

 格納庫から片足を引きずった土木作業用ベルグリッジが飛び出してきて黒いベルグリッジに体当たりした。

 体当たりの衝撃でその場のベルグリッジが全員倒れる。

 ニベが倒れる際の激しい衝撃をコックピット内で耐えた後、突っ込んできた土木作業用ベルグリッジに乗っている人の声に聞き覚えがあることを思い出した。

「アッキー!」

「松ちゃん逃げて!」

 黒いベルグリッジはゆっくりと体を起こしてこちらに近づいてくる。

「まずいまずい、起き上がり方なんて習ってないぞ!」

 慌てて操縦桿をやたらめったらに動かしまくる。

 しかし、ニベはその場でバタつくだけで起き上がれなかった。

 黒いベルグリッジがニベにのしかかってくる。

 それだけでもすごい衝撃でコックピットが揺れる。

「左手だけでもコックピットを引っぺがすことは出来るんだよ!」

「松ちゃん。クソ、こっちも動けない!」

 サイドモニターにアッキーの乗っている土木作業用ベルグリッジが倒れた状態でじたばたしているのが見える。

 メインモニターには黒いベルグリッジがこちらに向かって腕を伸ばしている様子が映っている。

 コックピットの前から軋む音が聞こえてくる。

 コックピットのハッチを無理やりこじ開けようとしている音だろう。

 息が出来ない。

 蛇に睨まれた蛙の気分だった。

「む!」

 無線から男の声が聞こえた。

 次の瞬間メインモニターいっぱいに映っていた黒いベルグリッジが横に吹き飛んでいったのが見えた。

 そしてモニターには空飛ぶ赤色のベルグリッジが映っていた。

 それが着地するとコックピットが開き人が乗り込んでいくのが見えた。

「オッケー、お待たせ!」

「ヒルドさん!」

「遠隔操作でアタシのベルグリッジをここまで飛ばしてもらったわ。後で一朗太に感謝しなきゃ」

 赤いベルグリッジは倒れている土木作業用ベルグリッジを一瞥する。

「アッキーもナイスよ!」

「は、はい!」

 その後、起き上がろうとする黒いベルグリッジに近づき容赦なく左腕をもいで、背中にマウントした斬塔剣と言われる大きな剣を取り出し黒いベルグリッジの両足を切り離した。

「これで逃げられないわね、テロリストさん?」

「クソ!」


 ◆


 その後に辺りがすっかり暗くなってから、騒ぎを聞きつけた地元住民や地元警察、それにエイム・ダールのメンバーが博物館の裏手に押し掛けてとても騒がしくなった。

 どうやら黒いベルグリッジはエイム・ダールがずっと追いかけていたテロ組織の残党であったらしい。

 パイロットの男はエイム・ダールのメンバーに拘束されて何処かに連れてかれていた。


 格納庫の前にて。

「この馬鹿野郎、一時でも民間人に場を任すとは何事だ!」

「しょうがないでしょ、そうするしかなかったんだから!」

「始末書十枚だ!」

「はぁ!?」

 ヒルドは、現場にやってきた上司と揉めているようだった。

「松ちゃん」

「アッキー、どうしてあんな無茶を?」

 アッキーを見ると体に軽く包帯を巻いているようだった。

 エイム・ダールの人に軽く治療を受けているのを先ほど見かけた。

「うん、遅れて格納庫にやってきた時にニベが黒いのにつかまれているのを見て何とかしないとって思ってさ。必死にベルグリッジを動かしたんだけど、アイツ片足が壊れてて。体当たりで倒れた時に体を軽く打ち付けちゃったよ。…まぁもう痛くないけどね」

 そう言ってアッキーは体を捻ると「イタタ…」といって蹲った。

「無理すんな。…あとありがとう」

「うん」

 そうアッキーと話していると、上司との話を終えたヒルドがこちらにやってきた。

「はぁ、お待たせ」

「なんだか大変みたいですね」

「ええ、隊長は頭が硬いんだから」

「そんな事より」とアッキーはヒルドの手を掴んだ。

「エイム・ダール所属のBG部隊エインヘリヤのメンバーだったんですね。ヒルドさん。握手お願いします!」

 そう言いながらアッキーはすでにヒルドの手を握っていた。

「アハハ、やっと気づいたのね。最初は名前でバレると思ったんだけど自分で思うよりアタシ達、個人は有名じゃないみたいね」

 少し悲しそうにヒルドは笑った。

「もしかしてエイム・ダールはもう港を出ていくんですか」

「うん、世間的には補給の名目で寄港していたけど本来の目的を果たしたから明日には出ると思う」

 本来の目的とはテロ組織残党の捕縛の事だろう。

「ごめんね、最後まで面倒見るって言ったのに無理そう…」

「いえ、大丈夫です。今日の事を乗り越えた俺に怖いものはもうありません」

「そう…よかった」

「でも一つ教えて欲しいことがあるんです」

「なに?」

「ベルグリッジって転んだ状態からどうやって起き上がるんです?」


 ◆


 一カ月後ヒルドはエイムダールの食堂にて私物の小型端末を眺めていた。

「先輩、何見てるんですか?」

「うーん、未来のパイロット候補の初陣?」

「なんですかそれ。あ、これ食べないなら貰いますねー」

「あ、最後に取っておいたイチゴ。待て一朗太!」

「残しとくのが悪いんですよ!」

 食堂に置いて行かれたヒルドの端末には二十五式陸上歩行戦闘機ニベが多くの観客に見守られながら博物館裏手の広い敷地内を優雅に歩く様子が映っていた。


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