第7話:新しい約束
春が来た。
陽は、桜が咲き始めた公園のベンチに座っていた。新しいイヤホンを両耳に装着し、みなみの最新曲を聴いている。
「Spring Again」というタイトルの、希望に満ちた楽曲だった。
2か月前、陽はみなみのライブに足を運んだ。小さなライブハウスで行われたアコースティックライブ。観客は50人ほどだったが、みなみの歌声は会場全体を包み込んでいた。
「Half Song」も披露された。陽は、その歌を客席から聴きながら、胸が熱くなった。あの歌は、もう二人だけの秘密ではなく、たくさんの人に愛される楽曲になっていた。
ライブが終わった後、陽はみなみに声をかけた。
「素晴らしかった」
「ありがとう。来てくれて嬉しかった」
みなみは、汗を拭きながら笑った。
「次のライブはいつ?」
「来月、もう少し大きな会場でやる予定」
「頑張って」
「陽も、新しい本の企画、頑張って」
お互いの近況を簡潔に交換し、再び別れた。でも、今度は寂しさではなく、温かい気持ちだった。
職場では、陽が企画した音楽をテーマにした書籍シリーズが好評を得ていた。みなみとの再会がきっかけで思いついた企画だった。
「蒼井、いい企画だったな」
高橋先輩に褒められて、陽は素直に嬉しかった。
「ありがとうございます」
「何かきっかけがあったのか?」
「昔の友人に、音楽をやってる人がいるんです」
「そうか。人との出会いって大事だな」
高橋の言葉に、陽は深く頷いた。
公園で音楽を聴きながら、陽は空を見上げた。雲が流れて、青空が顔を出している。
携帯電話が鳴った。画面を見ると、母からの着信だった。
「はい、お母さん」
「陽、元気にしてる?」
「うん、元気だよ」
「よかった。この前帰ってきた時、なんだかすっきりした顔をしてたから」
母は、陽の変化に気づいていた。
「そうかもしれない」
「みなみちゃんとは、会えたの?」
「会ったよ。元気にしてた」
「よかったわ。あの子は、いい子だったから」
母との短い電話を切った後、陽は再び音楽に耳を傾けた。
みなみの「Spring Again」が、陽の心に響いている。これは、恋愛の歌ではない。人生の新しい章の始まりを歌った楽曲だった。
陽は、自分の人生も新しい春を迎えているのだと感じていた。
過去を受け入れ、現在を大切にし、未来に向かって歩いていく。みなみとの思い出は、胸の奥に大切にしまっておく。でも、それに縛られることはない。
立ち上がり、陽は歩き始めた。新しいイヤホンから流れる音楽が、彼の歩調に合わせてリズムを刻んでいる。
左耳にも、右耳にも、豊かな音楽が響いている。もう片方だけじゃない。
陽の表情は、穏やかで前向きだった。24歳の彼には、まだたくさんの可能性が広がっている。
桜の花びらが、春風に舞い踊っている。新しい季節は、いつも希望と共にやってくる。
陽は、その希望を胸に、自分の道を歩き続けていく。
片耳だけの約束は、もう終わった。今度は、自分自身との新しい約束を結ぶ時だった。
(完)




